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錫の心臓で息をする  作者: 只野 鯨
第二章
60/144

60話 見知らぬ男1

 

【60】見知らぬ男1




 階段を下る足音に、テオは顔を上げた。最後の一段を下る前に足を止めた男が、自らを見やるテオを見つめ返す。


 青みを帯びた鉛色の髪の下で、同色の瞳が胡乱気に細められている。年の頃はテオよりもやや上だろうか。膝裏を隠すほど長いコートは多少汚されてはいるものの、まだ真新しいようだ。付着した砂埃と比べて、解れや傷みが異様に少ない。


 腰に差した長い細剣が、コートの表面を撫でる様に揺れていた。テオには見覚えがないが、その男は冒険者なのだろうか。そうでなくとも、護身用にしては質のいい武具を堂々と装備している様子から、武術を生業にしているのは間違いが無いようだ。


「……どうも」


 怪訝な顔のまま言葉少なに会釈をしたコート姿の男に、テオは黙って目礼を返す。

 ゆっくりとした足取りで階段の最下段を降りたコートの男へと、アイリーンが朗らかに声をかけた。


「あら、レジーさん。お出かけですか?」

「ええ。少し外を見て来ようかと思って」


 レジーと呼ばれたその男は、にこやかな顔を貼り付けてアイリーンへと返事をした。ぴんと伸ばした背筋の後ろで長いコートの裾が揺らめく。


「リオは上にいます。アイザック達が話し相手になってくれて、とても楽しそうだったので、子ども同士の楽しみを邪魔しても悪いかと」

「そうだったの」

「ええ。ですから、ほんの少し散歩でもしたら直ぐに戻ります」


 天井越しに上階を見上げてレジーは言った。テオも釣られるように天井を見上げる。小さな子どもの足音が、ぱたぱたと響いては止まった。


「ああ! そうよ、レジーさん。こちらがテオドールさんですよ。ほら、お話していたでしょう?」


 アイリーンが隣に腰かけたテオを手のひらで指し示して言う。突然水を向けられたテオは首を傾げて、レジーとアイリーンの二人を交互に見た。


「貴方が?」


 片眉を跳ね上げたレジーがテオに問いかけた。レジーの鉛色の瞳に、疑念の色が僅かに滲む。その様子を怪訝に思いながらも、テオは椅子から立ち上がり、笑顔を作って右手を差し出した。


「テオドールです。良ければテオと」

「ああ、私はレジー。お話は聞いています。なんでも聖教をあまり好いていないとか」


 差し出されたテオの右手を握り返しながら言うレジーの言葉に、テオは思わず顔を顰めた。


 またその手の話かと辟易する。

 大抵の場合において肯定される聖教だ。それを否定する人間は珍しいと同時に、良く思われることが少ない。時として浴びせられる罵倒は、彼らにとっては正当性があるらしい娯楽のようだった。


 アイリーンの手前、“お行儀よく”挨拶をしたものの、無駄だったかもしれない。

 そう脳裏で悪態を吐いたテオは、未だに握られたままだった右手を乱雑に振りほどき口を開いた。


「ああ、そうだよ。でも、それが何かしたか?」


 いっそ刺々しく言うテオの額にうっすらと青筋が浮かぶ。それを知ってか知らずか、レジーはアイリーンに見せたような愛想笑いとは異なる、どこか幼い笑顔を見せた。


「お会いしたかった! 貴方の話を聞きたくて探していたんです!」


 更に口を開こうとするレジーの薄い背中を叩くようにして、テオはレジーを宿の裏口へと誘導する。

 テオの乱暴な誘いに抵抗するでもなく、レジーは裏口への廊下へと足を進めた。


 テオが去り際にアイリーンへと軽く頭を下げれば、アイリーンは困ったような曖昧な笑みを返した。


「彼もね、その、悪い方じゃないと思うの。気を悪くさせたみたいでごめんなさいね」

「いえ。こちらこそ、気を使わせてすいません。少し失礼します」


 言葉少なに言い残し、テオはレジーの待つ裏口へと向かった。扉の内側で待っていたレジーが、ちらりちらりとテオの顔を覗き見る。その視線を受けて顔を顰めたテオは、猫を追い払うようにレジーへと手を振った。


「外で話そう」

「分かりました」


 テオの言葉に頷いたレジーを連れて、テオは裏口扉から外へ出た。


 隣接する家屋に囲まれた五メートル四方程のちょっとした空間に、夕暮れになりかけた日差しが、建物に遮られて微かに影を落としていた。

 アイリーンが育てている小さな花の鉢植えの横には風に倒されたバケツが転がり、その傍では半ば乾いた洗濯物が風に揺れていた。


 細い路地が通じており、路地の続く通りで客引きをする若い男の声が時折聞こえてきた。

 洗濯物がはためく音と客引きの声、風に打たれてかたかたと揺れる隣家の立て付けの悪い窓の音に混じって、微かに子ども達の笑い声が降り注ぐ。どうやら宿二階の窓が開いているらしい。


 テオは黙ったまま、宿の外壁へと背を預けた。ぼんやりと宿の二階の窓を見上げていたレジーだったが、テオが自分が寄りかかる壁の横を軽く叩いた音を聞き、はっと視線をテオへと戻した。


 促されるままテオの隣へと寄りかかる。レジーの腰で揺れた細剣が壁を叩いて乾いた音を立てた。




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