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錫の心臓で息をする  作者: 只野 鯨
第一章
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6話

 

【06】




 人々の間を縫うように通り抜けたテオが、ギルドの前まで辿り着く。

 慣れた手つきで手押し扉を開き、日に照らされた通りと比べて薄暗く感じる室内へと足を踏み入れた。


 依頼書を見ようと掲示板の前に張り付いている浮き足立った冒険者の後ろを通り過ぎ、受付へと向かう。

 ちょこん、と椅子に腰かけるメリルと目が合った。


「おはよう、メリル。ホゾキさんはいる?」

「いますよ! ホゾキさーん! テオさん来ましたー!」


 テオの問いかけを受けて、メリルはカウンター奥へと向かって大きく声を掛けた。


「ごめん! ちょっと、ま、待っててもらえるかな!」


 どうやら呼ばれたホゾキは忙しいらしく、返ってきた答えにメリルとテオの二人は顔を見合わせる。

 仕方がないので隅で待とうとしたテオをメリルが呼び止めた。


「そういえば。昨日のお昼頃なんですけど、テオさんにお客さんが来てましたよ」

「お客さん?」

「はい、このくらいの小さな女の子でした」


 メリルはそう言いながら、自らの胸の前に手のひらを倒した。平均的な女性の体格と比べても小柄なメリルより、さらに小さな女の子なのだと言う。


「心当たりがないな」

「そうなんですか? でもその子しっかりと、テオドールさんを探しています! って名指ししてましたけど」

「よくある名前だからなあ、人違いもありえるけど。ああ、その子の名前は?」

「すいません。聞きそびれちゃいました」


 あはは、と乾いた笑いを零しながらメリルが言う。テオにとって知り合いと呼べるほどの子どもなどアイザックくらいしか居ない。

 わざわざギルドにまで足を運んだくらいだ。テオが冒険者をしていることも知っている相手なのだろう。


「それで、今日はもう来ないよー、って教えたら、どこに住んでいますか? って聞かれました」

「宿の場所教えたの?」

「私、テオさんの住んでる場所知らないです。ホゾキさんもいなかったから答えられなくて。多分明日来るよって話したら、じゃあ明日また来ます! って言ってたのでまた来ると思います」

「そうか、分かったよ」


 また来ると言うならそのうち会えるだろう。

 そんなに気にすることでもないかと、テオが頷きを返した時、奥から一枚の紙を手にしたホゾキが顔を出した。


「ごめん、ま、待たせたね」

「いえ。大丈夫です」

「じゃあちょっと、こ、こっち来て貰えるかな」


 細枝のような指に付着したインクを、煤けた前掛けで拭いながらホゾキが促した。

 示されたのは冒険者が打ち合わせのために使う小さい丸テーブルで、受付カウンターと掲示板の間に置かれている。

 テオとホゾキはそのテーブルを挟むように席に着いた。


「それで調査の件なんだけど。どうだろう、う、受けてくれる気になった?」

「はい。やれるだけやってみます」

「よ、良かった……。テオ君に断られたら次は誰に声をかけたらいいのか、こ、困ってたんだよ」


 毛量の多い頭を抱え、ホゾキが脱力する。

 その様子に“現状手の空いているソロの冒険者”の顔ぶれを思い出し、テオは苦笑いを零した。

 しかし、その中に自分よりも余程素直に話を聞いてくれそうな相手がいたことを思い出す。


「俺が駄目でもミンディがいたんじゃないですか?」

「ああ彼女は城壁の方に、で、出払ってるんだよね。一応もう声は、か、かけてたんだけど」


 どうやら結果は芳しくなかったらしい。困ったようにホゾキが笑う。


 ミンディというのは、テオと同じくポーロウニアで活動しているソロの冒険者である。会う度にお腹を空かせている少女のように小柄な体躯の女性だ。

 肩ほどの長さの蜂蜜色の髪に、紅茶のような色をした大きな瞳。ものを食べている間の輝くような愛らしい笑顔。何よりも、まともにコミュニケーションが取れるところが非常にテオの好みであった。


 時折テオが菓子を上げると本当に喜んで食べるのだ。可愛がり甲斐がある、と言えるのかもしれない。


「虫もいいですけど、あっちの方が“美味しい”んです! って話してたよ」

「ああ、そういう」


 確かにとテオが頷く。

 敗北と街の陥落がイコールで繋がっているだけに、城壁の防衛の方が報酬が良かった。

 一人納得顔をしたテオに対して、ホゾキは呆れた顔を見せる。


「テオ君はミンディに夢を見ているところが、あ、あるよね」

「そうですか? 素直で可愛いらしいじゃないですか、あの子。それにいつもお腹空かせているの見ていられなくて……」

「多分だけど彼女、き、君のことを歩くティースタンドかなんかだと思ってるよ」

「なんてことを言うんですか」


 シンプルに悪口であった。

 じとりとテオがホゾキ睨む。哀れなものを見る目で受け止めるホゾキだったが、本題を思い出して姿勢を正した。


「それで調査のほうの話なんだけど。鉱山で落盤事故が起きて崩れた坑道の一部が、ま、魔物の巣と思われる空間と繋がった事は知っているね」

「はい。巨大蟻の魔物が出ているという話は聞いています」


 ホゾキの言葉をテオが肯定する。

 甲殻を持つ魔物だ。手持ちのナイフでは心細かったので、心許ないながらも対策はしてきた。


「今回発見されたのはキラーアントと言って、あ、蟻型の魔物の中でも特に肉食を好む部類のものなんだ。単体で野外に発生した場合はそれほど脅威ではないんだけど、ち、地中に群れを作られると厄介でね。母体となるマザーアントを倒さない限り、ど、どんどん増え続けるから駆除が難しいんだ」

「今回発生しているのって……」

「そう、鉱山の中だね」


 ホゾキが厄介だと言う“地中の群れ”だ。複数のパーティが携わっているにも関わらず、すぐに解決できない理由が分かった。

 テオは頷きながら、話の間にずり落ちた鞄を背負いなおした。


「実の所、ま、まだ巣の場所は正確に特定できていない。これだけの数の巨大蟻が群れを作っているのだから、ち、近くに巣があるだろうと予想している段階だ。群れを作ったキラーアントは母体に餌を持ち帰るために、あ、あまり遠出をしなくなる。少なくとも、か、活動の中心となる巣が鉱山の内部にあることは間違いないと思う」


 ホゾキの細長い指がテーブルの上に組まれる。インクの汚れの残った指先を擦り合わせながら、ホゾキは話を続けた。


「そこでまずは巣の正確な場所を、わ、割り出したい。場所も狭いから多人数で固まっていても一斉には戦えないので、か、各パーティはそれぞれ別の道の探索を進めることになってる」


 そこでだ、とホゾキは人差し指を立てて見せた。髪に隠れた視線がしっかりと向かいに座るテオを捕える。


「テオ君には巣に繋がると思われる本命のルートを探索するパーティの、ほ、補助に入って欲しい。恐らくそこが一番、き、キラーアントからの襲撃を受けることになる」

「分かりました」


 テオが頷くと、ホゾキは持ってきていた紙をテーブルに広げた。絡まった毛糸玉を転がして判にしたような地図だ。


「ちなみにこれがマップ。これこのまま持って行ってね。凄いよ、ほ、ほら」

「また落盤しそうですね」

「本当にね。補強のために魔術師団を送り込むにも、や、やっぱりある程度安全の確保が必要だから」

「その前に俺たちが生き埋めになりそうですけど」

「気をつけてね。衝撃とか、あ、あんまり加えないように」

「巨体と戦うってのに無理を言う……」


 テオは思わず頭を抱える。

 地図を良く見ると、いくつかの道が書き込みの途中で終わっている。この奥は未調査という事なのだろう。

 むしろ調査の終わった範囲でこれなのだから、これまでの調査班の苦労が計り知れない。


「それで、なんだけどね」

「どうかしましたか?」


 長い指をひょろひょろと縮こませたホゾキが苦い顔を俯かせる。

 不思議に思ったテオが聞き返すと、意を決したホゾキが顔を上げた。


「一緒に行ってもらうパーティなんだけど、る、ルーカス君の所なんだ。上手く、やってね」

「……どうして」


 現在最高に相性の悪い自覚のある相手の名前を告げられたテオは吐き出しそうになった悪態を堪え、豪快にテーブルへと突っ伏した。





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