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錫の心臓で息をする  作者: 只野 鯨
第二章
46/144

46話 食堂にて1

 

【46】食堂にて1




 テオとアーニーの二人が入ったのは大衆向けの定食屋の一つだった。テオがよく来ていると話したその店は、昼時ということもありテーブルの殆どが埋まっていた。


 運良くそのひとつに座れたテオとアーニーが、メニューを片手に注文を済ませて一息ついた。グラスの水をちびちびと飲むアーニーが、向かいに座るテオに向けて問いかける。


「変なことを聞くようだけど、この世界の人間って飛んだり出来るの?」

「うん? 人間が飛ぶ?」

「魔術でさ、炎や水や氷や土や風が出てきたのは僕も見たんだよ。でも人間が空を飛んでるところは見たことがないんだよね。魔術を使って飛べたりとかしないの?」

「いやあ、どうだろう。見たことも聞いたこともないけど」


 魔術を知らなかった人間が純粋に疑問に感じた様に、アーニーはテオに質問を投げかけた。


 しかし質問を投げかけられたテオは、魔術というものに対して適性がない。どう転んでも自分自身が使いようもない技術である故に、詳しいことに関してはあまり興味が無かった。


 戦場で見かける以上に魔術について知っている事が無いテオは、アーニーの質問に上手く答えることが出来ず困ったように首を傾げる。


 その様子を見たアーニーが手にしたグラスをテーブルに戻し、頬杖を着いて愚痴るように言った。


「だってさ、テオ。この世界の人間は、とっても早く走るし、すっごく高く跳ねる。それに、手のひらから人を吹き飛ばすほどの風だって吹かせるじゃないか。なのに飛んでる人は見たことないの?」

「ないなあ。壁伝いになら五十メートルくらい跳ね上がる奴はいても、宙を飛ぶ奴は確かに見たことがない」


 吹き飛ばされている、という意味でなら宙に打ち上げられている輩を眺めることも、実際自分が飛ばされる事もテオには経験はあった。

 しかしアーニーが聞きたいのはそういう事では無いだろうと、その件に関しては除外する。


「全然見た事ない?」

「記憶にある限りはな。そもそも俺は魔術に適性がないし、そんなに興味もなかったから、あまり詳しくない。魔術師は後方から手を出すから余程の事がない限り激しく動かないし、誤射しないなら固定砲台と大差ないもんで……」

「随分な言い様だ。君ってやっぱり前衛の人?」

「ああ。俺は一応前衛の物理火力職、になるのかな。人と組まないからあんまり気にしたことないけど、俺は長物が……」


 テオがそこまで言いかけた所で、エプロン姿の女性店員が新たな客を隣の席へと案内するために近寄ってきた。

 視界の端で近寄る店員と客の姿を確認したテオが、喉を引き攣らせる様に息を飲み、歩いてくる客達から全力で顔を逸らす。


「テオ、どうしたの?」

「……や、その、ああ、いや。……なに、……うん、なん、なんでもない……」

「なに? なんだって? そういうのもっと上手くやってくれないと気になって仕方ないんだけど」


 既に注文を済ませた二人には無用の長物になっていたメニューを立て、背中を精一杯曲げてテーブルに伏したテオが、しどろもどろになりながらアーニーに向けて首を振る。

 そんな目の前の男を、不審なものを見る表情でアーニーが見下ろした。椅子に腰かけているとは言え、少女よりも目線の低くなったテオは苦しげな表情を浮かべ、隣に座った二人の男性を覗き見る。


 店員に案内されて隣の席に着いた二人の客は、ルーカスとジャレッドだった。二人は仕事用の装備と比べて幾分かラフではあるものの、それでもだらしなさを感じさせない服装に身を包んでいた。


 鉱山の巨大蟻討伐に関して、結局詳しい日程を聞きそびれていたテオは歯噛みする。どうやら決行は今日からではなかったらしい。

 普段から仲が良いらしいルーカスとジャレッドはどうやら連れ立って昼食を摂りに来たのだろう。こんな所で鉢合わせるとは思ってもみなかったテオは、あんまりな偶然に頭を抱えたくなった。


 どれだけ身を縮こませようと、大の大人の体格は隠しようがない。テーブルに張り付いて冷や汗を流すテオと、その向かいに座り呆れた顔を隠さないアーニーの奇妙な二人組を、ルーカスとジャレッドは不思議そうに見比べた。

 それでも黙ったまま席に着くジャレッドに習い、ルーカスも椅子に座る。


 昼時に混雑するこの店は、より多く客を取り入れる為に店内に所狭しと席が並べられている。自然とテーブル同士の間隔も近く、テオとアーニー、ルーカスとジャレッド、それぞれのテーブルも例外ではなかった。


 テオが座る側にジャレッドが、アーニーが座る側にルーカスが座り、奇妙な沈黙が流れる。

 黙って席に座り表情から感情の伺えないジャレッドと対照的に、ルーカスはテオのあんまりな怯え具合に苦笑いを零していた。


 癒術師と聖骸リリーの接触を避けるようにジルに言われて間もないのに、早速癒術師が来てしまったとテオは歯噛みする。


 テオとしては、鉱山のことを考えても、目の前にアーニーがいることを考えても、そのまま互いに放置して何事も起きないまま飯を食って店を出たくて仕方が無かった。


 だが、テオとルーカスの間で“何事もない”という事柄の認識が異なったのか、単に大きな図体を萎縮させたテオの姿を見るに見兼ねたのか。アーニーと同じ側の席に着いたルーカスが、自然と自分が座る椅子を少女のそばに寄せて声を掛けた。


「ええと。こんにちは、テオさん」

「……こ、こんにちは。ルーカス」


 声をかけられてしまった以上無視をすることも出来ないテオが、立てたメニューを静かにテーブルに倒し渋々と挨拶を返した。

 テーブルの天板に張り付いていた体を起こし、焦茶の髪を心無しか萎れさせたテオは、ルーカスの向かいに座るジャレッドを盗み見る。


 沈黙を保ったままの重戦士の大男は、メニューを見るでもなく、テオを睨むでもなく、向かいに座るルーカスとその側の白金の少女を眺めていた。


「テオさん、怪我をされたと聞きましたが大丈夫でしたか?」

「あ、ああ。大丈夫。治った。元気」

「それは良かった。僕にも力になれることがあればいつでも仰ってくださいね」

「あ、ありがとう。大丈夫。困ってることはない。無問題」


 ぎくしゃくと答えるテオの姿を、向かいに座るアーニーが不審そうに眺める。

 何事も無かったかのように、にこやかに接するルーカスに対して、あんまりな態度を取っている自覚はテオにもあった。


 ルーカスとテオの口論を知らない少女からすれば、それはそれはおかしい光景だっただろう。テオとしては大変言い訳がしたい限りである。


 初めに困ったように下げられていた眉は既に見る影もなく、柔らかく下げられた目尻がルーカスの心配を表していた。

 優しく、良い人、なのだと思う。けれどどうしてもテオにとって、ルーカスのその態度は苦手とするものである事に変わりはなかった。


 意識的なのか無意識的なのかは分からないが、ルーカスの態度に敵意は無い。しかしそれは、ルーカスという人間に対して悪い感情だけを持つ事が出来なかったテオの心の罪悪感を加速させてしまう一因となった。


 あの日の鉱山、その道の半ばで。無遠慮に彼に向けた強い言葉を、テオはどうしたって撤回できない。そしてそれは尾を引いて、テオのルーカスへの態度を落ち込ませた。

 お前は許されるばかりで許すことが出来ない人間だと、そう突き付けられたような感覚は、テオにとってルーカスから目を逸らしたい理由として十分な重みだった。


 沈黙を貫くジャレッドの様に無関心か不干渉を貫いてくれれば、テオはその方が良かった。同じように黙っていればいいからだ。知らん振りをすれば、互いに気を揉む必要が無い。


 自己嫌悪の思考に沈みそうになるテオの意識を拾い上げたのも、また原因となった青年の声であった。


「そちらの子は? テオさんって、確か、その、独り身でしたよね?」

「あ、ああ。この子は預かっているんだ、しばらくの間なんだが」


 ルーカスの質問に答えたテオの言葉を、ひょこりと顔を出したアーニーが拾う。


「私、ベルって言います。初めまして、ええと」

「僕はルーカスです。よろしくね、ベルちゃん」


 事前に取り決めた通り、アーニーはベルの名でルーカスに名乗った。

 昨夜のアーニーがテオに話したように、姿と口調、名前をある程度揃えれば六人の人格を内包する聖骸リリーは、少々浮き沈みの激しい程度の一人の少女に擬態できる。

 テオと会うまではリリーの名前を使っていたアーニー達だったが、ここに来てテオがその名前の使用を拒否したため、主人格であるベルにその名前を統一することにしたのだった。


「ルーカスさんですね。よろしくお願いします。私、テオさんの所で暫くお世話になることになったんです。住んでた家が壊れてしまって、その、魔物が……」

「ああ、それは……。大変だったね」


 暗い表情で小さく俯く“少女ベル”に対して、ルーカスは沈痛な表情を浮かべて頷いた。

 ポーロウニアには、種から生まれ押し寄せる魔物達に村や住処を追われた人間がよく流れ着く。アーニーが擬態する少女ベルが濁した事情も、決して珍しいことではなかった。


「はい。だから、お父さんが迎えに来るまでテオさんの所で待つことになったんです」

「そうなんだね。お父さんと離れて不安かもしれないけど、困ったことがあったら言ってね。僕にできることなら力になるよ」

「はい、ありがとうございます!ルーカスさん!」

「ルーカスでいいよ。敬語も大丈夫。よろしくね、ベルちゃん」


 人懐こい笑顔を浮かべた少女に、ルーカスは穏やかな笑みを返した。そうして互いに自己紹介を終えたアーニーは、ここに来るまでの少年らしさはなりを潜め、愛らしい少女の様相をしていた。




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