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錫の心臓で息をする  作者: 只野 鯨
第一章
24/144

24話

 

【24】




 結局カーラ達が戻って来たのはルーカスが泣き止んだその後だった。

 怪我がなくてよかった、と微笑むルーカスの目元が赤く染まっていたので、ルーカスが泣いていたことはカーラ達も気がついているだろう。


 坑道から外に出て、待機していた他パーティと合流する。

 巣の場所を突き止めたことを報告すれば、皆一様に喜んだ。やはり連日狭く暗い場所で戦うのは堪えるのだろう。


 ギルドの酒場で打ち上げだ、と揚々に帰路につく一団の最後尾についたテオを、更に後ろから呼び止める声があった。声の主は、少しばかり疲れた顔で腰の剣の埃を払うカーラだった。


「テオ、少しいいか」

「ああ。問題ないが」


 答えたテオとカーラは二人、冒険者達の喧騒が過ぎ去る鉱山に残る。待ち合わせに使っていた広葉樹の下にどちらともなく足を進めた。大木に背を預けて二人が並ぶ。


「アタシ達のパーティは城壁の防衛戦から手を引くことにした」

「……それは。だからここの調査を受けたのか? もしかして、これからずっと? 一体どうしたんだ」

「どうしたって、ね。アンタがあの日酒場で言ったこと、ルーカス以外の仲間達で話し合ったんだよ」


 日が暮れて冷たくなった風が頬を撫でる。立っているだけで体温が奪われるような冷たさだった。俯いて自分の足元を眺めるテオが指先をこすり合わせる。


「あの場所に、いや。聖骸セオドアって名乗ってるあの男が見える場所に、ルーカスを置き続けることは良くないだろうって。そう結論が出たのさ」

「いいのか、それは。ルーカスは納得しないんじゃないのか」

「そこは上手いこと言いくるめたさ。あちらも安定するだろうから、暫く別の手が足りてない場所の仕事を受けようとか。これまでの消耗が激しかったから別を探したいとか。言いようはいくらでもあったからね。ルーカスもね、割とあっさり頷いたんだよ。構えてたこっちが肩透かしくらう程にさ」


 剣の柄を指で撫でながらカーラが言う。その様子は穏やかだった。しかし、この街にいるというのに城壁の防衛戦に参加しないというのは、割のいい仕事が目の前にぶら下がっているのにそれを無視し続けることと変わらない。


 それでもいいと他でもない彼らが決めた事だ。テオが口を出すことではない。テオだって、パーティを組めばずっと効率がいいのに、それをしないことを他人にとやかく言われるのは嫌いだった。


 話を聞きながら、テオが嫌に冷えた指先に吐息を吹きかけて暖を取ろうとしても、付着した水分が余計に体温を奪っていく。


「しかし、何故それを俺に?」

「……あー、アンタの境遇さ。悪いがホゾキに少し聞いたよ。姉の事は気の毒だったとは思う。アタシらはルーカスとは違って敬虔な信徒でもなんでもない。だけど聖骸に関してはね、正直言うと必要な犠牲だと思っている」


 その言葉に、テオが顔を上げる。爛々と輝くテオの灰色の目が、隣に佇む女を見詰めていた。


「はん。犠牲だって?」

「そう睨むな。お前も城壁にいたんだ、分かるだろう。この戦いは聖骸なしに耐えきれない」


 カーラの言葉に、城壁で見たルーカスの兄、聖骸セオドアの姿が脳裏に蘇る。

 弟と同じ灰と灯りの色の髪、赤土色の目。スラリと伸びた背筋から、一歩踏み出す立ち居振る舞いまで。よく似ている兄弟だった。


 そして同時に、恐ろしい力だったと思う。

 数十の冒険者が決死の覚悟をして立ち向かう軍勢が、瞬きの間に吹き飛んだのだ。それ以前にもテオは聖骸の権能を目にする機会はあったが、あれほどまでに純粋な暴力に特化したものなど他にあるだろうか。


「そう、だな」


 認め難くとも、それは思い知らされた事実だった。あの力が無いままに人が種を砕く機会など望めない。ただの人間であるからこそ、聖骸の権能には羨望を寄せてしまう。

 ずるずると大木に沿ってテオはしゃがみこんだ。俯いて、膝に肘をついて頭を抱える。


 あの日、あの城壁で。


 結局のところ、テオも聖骸を求めてしまったのだ。

 あの力を目にした瞬間に、それが振るわれる未来を期待した。それを認めたくないがために、ここ最近ずっと言い訳を探して思考が空回っている。


「まあ、そうさね。アンタは一昨日、ルーカスに対して謝りはしたがな。あの日アンタが言ったことが全部間違いだなんて、アタシ達は思ってない。もし何かあれば、アタシ達を頼っていいんだよ。それで、まあ、だからってんじゃないが。アイツ、ルーカスのことも、あまり悪く思わないでやってくれないか」

「また、急だな」

「なんて言うかね。似ているじゃないか、アンタらは。出来れば仲良くしてくれれば嬉しいよ、アタシはね」


 心の内を見透かされているようで居心地が悪い。けれど、否定のしようがないことでもあった。全く同じことを、先程自分で考えてしまっている。

 テオとルーカスには心に同じ壁がある。牢獄か、防壁か。ただその解釈だけが異なるままに。

 テオはしゃがみこんだまま、ぐしゃぐしゃと髪を撫でてかき混ぜた。


「難しいと思う。さっきも話を聞いてやれなかった」

「いいんだよ、そんなの。ばぶばぶ抱っこしてやってほしいわけじゃない。そういうのはこっちの仕事さ。それにね、ルーカスは弱くない。アイツは案外、跳ねっ返りが強いんだ。こっちがびっくりするくらいにね」


 俯くテオの肩をカーラがばしばしと叩く。大振りな剣を振り回す彼女の力は強く、少し痛んだ。


「まあ、気が向いたらでいいんだ。よろしく頼むよ。ああ、それと。酒場ではジャレッドが殴っちまって悪かったね」

「いいよ。丁度良かったんだ。止まれなくなってた」

「そう言ってくれると助かる。まあ、なんだ。そのうちアタシとも酒を飲もう。スヴェンもアンタが相手してくれないから拗ねてたしね」


 最後にそう言い残し、カーラは街への道を一足先に下っていった。

 取り残されたテオが、一人重く息を吐く。

 俯けた首が、もう一度上がることはなかった。





ブックマーク、評価ありがとうございます。

初めて感想を頂けて感激しております。

よろしければ、これからもお付き合いいただければ幸いです。


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