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錫の心臓で息をする  作者: 只野 鯨
第一章
20/144

20話

 

【20】




 最悪な夢だった。

 歯抜けになった記憶を音階に分けて作ったオルゴールを、更に早回しで無理矢理手回した様に不快だった。


 黙っていても、何かをしていても、ちらちらと夢の内容が脳裏をよぎる。何か別のことでも考えて頭を埋めたかった。早く目覚めてしまったせいで、時間も余計にある事が脳の暇に尚更拍車をかけた。


 寝起き早々嘔吐を済ませたテオは、数年前に購入していた黒い上着を羽織って、だらだらと道を歩いていた。


 夢の残滓を遠ざけるため何か考えることを探していたテオは、そう言えばと思い出す。

 昨日少女に渡したカーキ色の上着は、テオが師匠の元を出る際に兄弟子の兄弟子から、要らないからと譲られた物だった。

 正直に言うとその時初めて顔を見た相手だったし、あげる、というその一言くらいしか聞いていないので、もう録に顔も声も覚えていない。故にあの上着自体にも思い入れはなかった。


 むしろ今着ている上着の方が愛着がある。師匠の元にいた時代に、自分で初めて稼いだ金で買った物だ。

 それでも普段あちらの上着を着ていたのは、少々悔しい事ではあったが、あちらの上着の方が頑丈だったからだ。


 兄弟子の兄弟子は冒険者として活動して長かった。お古とは言え、使っているものは良かったのだ。実は防刃素材が使用されていたりする。大型の狼型魔物に噛まれた時には牙の貫通を防いだ程だが、衝撃や圧は殺せないので普通に骨は折れた。


 とは言え、独り立ちして冒険者を始めて五年。いい加減古くなっていたので買い替えを考えていた頃だ。良いお別れの機会だったのだろう。

 むしろああして手放さなければ、なあなあで使い続けていたかもしれない。仕事柄、性能が良ければ身嗜みなど二の次だが、あまりぼろのまま使い続けていざと言う時役に立たないのも困る。

 この仕事が一段落したら新しいものを探しに行こう。


 悪夢を振り切るように歩きながら、そう決意したテオは、待ち合わせ場所に指定された坑道入口近くの広葉樹へと辿り着いた。

 初日にここで打ち合わせをして以来集合場所となっている。遠目に見える場所には採掘用の道具を仕舞う小屋もあるが、そちらは鍵がかかっているため使用できない。そのため、木陰を求めた結果自然とこの広葉樹が選ばれた。


「おはよう」

「おう。おはようさん」


 先に来ていたスヴェンと挨拶を交わす。

 まだカーラ、ジャレッド、ルーカスの三人は来ていないようだ。少し遠目に他のパーティのメンバーと思われる冒険者が、ちらほらと目に付く。


「しかし、合同作戦か」

「ああ。今度こそ辿り着くと良いんだがな」


 テオの呟きに、スヴェンが疲れたように返事をする。

 調査への参加が三日目のテオと違い、スヴェンはもう一週間以上連続で地下に潜っている。いい加減気が滅入り始めていた。


 巨大蟻の食事の痕跡の件をギルドに報告した所、現在調査に参加している三パーティ全てを纏めた突破作戦を提案された。

 昨日調査した三又の別れ道付近で、今まで見つからなかった巨大蟻の食糧事情の足取りを掴めたことから、その周辺に重点を置いて調査を進めることとなったのだ。


 今日は行き止まりの道を除いた残る二つの道の内、中央の一本を調べる。

 そこに着くまで、またそこから奥に進むにしても。今までの一パーティ単位で散開したやり方では、五匹以上の群れに遭遇した場合撤退をしながらの対応が避けられなかった。

 そこで迂回が不可能な敵を発見次第、パーティ毎に群れを陽動し別の横道に引き込むことでルートの確保を図ることになった。


 陽動を行うのはカーラのパーティを除いた二つのパーティだ。その二パーティが敵を引き付けている間に、テオを含むカーラ達のパーティで奥を探索する。

 選抜の理由は、痕跡を発見した功績を考慮しての事もあったが、他パーティに比べてカーラ達のパーティが最も進行速度が早かった為であった。


「でも、巣の場所が分かって初めてスタートラインなんだろ。その後、討伐隊に移行しての殲滅作戦があるんだし。そう言えば、どうなんだ。君のパーティって参加するのか?」

「まあ参加するだろうなあ。実際に中を見てるパーティの参加は不可欠だし、うちが巣まで辿り着いたら、むしろもう降りれねえよ」


 スヴェンが首を鳴らしながら言う。

 それもそうか、とテオが頷いていると、カーラ達三人が歩いてくる様子が見えた。こちらに気が付いた三人と挨拶を交わす。

 そこで自分のパーティの斥候の様子に気がついたカーラが、爽快に笑いながら口を開いた。


「なんつう顔してんだい、スヴェン」

「いい加減広い場所で仕事がしたい」

「この間は、もう広野はうんざりだ、とか言ってなかったかい」

「もう鉱山には飽き飽きだ」

「口が減らないねえ」


 スヴェンの愚痴を慣れた様子でカーラが受け流す。

 スヴェンは人の文句に文句を言わない代わりに、フラストレーションが溜まると自分が文句屋になる。

 いつも自分の愚痴を聞いてもらう代わりに聞き手に回ることもあるテオとしても、今回の文句の理由には乾いた笑いしか出なかった。


「カーラ。リーダー同士の打ち合わせを始めるそうだ」

「あいよ。今行く」


 ジャレッドがカーラを呼び寄せ、二人が揃って打ち合わせ場所へと歩いていった。パーティの中でカーラと並び冒険者歴が長いジャレッドは、副リーダーを務めているので補佐のために着いて行ったのだろう。


 残ったのは未だに渋い顔を隠さないスヴェンと、それを半笑いで受け止めるテオ、そして寝不足なのかややぼんやりした様子のルーカスだった。とろりと閉じかけるルーカスの赤土色の目が気になったテオが口を開く。


「眠れていないのか?」

「えあ? あ、いえ。ちょっと休むのが遅くなっただけです」

「寝癖、ついてる」

「ふえあ!?」


 テオの指摘にルーカスがすっとんきょうな声を上げた。

 慌てて自分の頭を撫で回すルーカスだったが、いかんせん寝癖があるのは現在その手が撫でている登頂部ではなく、ずっと下の後頭部だ。

 果たして一週間と少し前に胸ぐらを掴んでしまった自分が触れていいものかと迷ったが、一向に寝癖が直りそうもない様子に、思わずテオも手が伸びた。


「ここ」

「うえ!? ご、ごめんなさい! ありがとうございます!」


 指先で寝癖をつついて場所を教えるテオに、ルーカスが頭を下げる。

 律儀と言うか、生真面目というか、都度礼をするのは人が良い思うが、あまりゆっくりしていると人が集まって注目を集める。早く直した方がいいのではないかと思うテオであったが、既に焦っている人間をこれ以上焦らせても裏目に出そうだと黙っていた。


「お前ら。どっちかでもどっちもでも女の子になれよ。うっとうしい」

「殴るぞ」

「いってえ! 蹴った! こいつ蹴りやがった!」


 絶賛ご機嫌斜めになっていたスヴェンが愚痴るので、テオはノータイムで脛を蹴飛ばした。

 文句くらいなら聞くが、茶化しや冷やかしにまで付き合う気は無い。日が当たるところで仕事がしたいなどと知ったことか。子どもじゃないんだから我慢しろ。


 ホゾキにこの仕事を紹介された際ごねた自分のことは棚上げにしたテオは、面倒そうに考える。二人とも似たり寄ったりであった。


「あー、痛ってえ。しかし、今回は何でそんな寝不足なんだよ」

「ああ、ええと。昨日の食べかすを見て、やっぱりどこか外から餌を取ってきているんだろうなと思ったんです。あの中に鼠や蝙蝠より大きい体格の生き物っていませんし。それで、周辺の地形を調べてたんです。でもこの辺りって土砂崩れとか洪水とか、大きな災害が多かったみたいで。しかも地図の管理がまた結構緩くて。実際の地形に則したものを探すのに苦労しました……」


 スヴェンの問いかけに、苦い顔をしたルーカスが答える。疲れた様子で、目の下を揉んでいた。暖色の目に対して、その下の色合いは少し青い。


「実際の地形に則してない地図って、何か意味あるのか」

「うーん、一応古い地形の記録を残すって意味ではありますけど。歴史資料としての価値ですね。僕達が使う様な実戦とは違う分野になります。あーでも、そもそもは二十年くらい前に起きた洪水でこの辺りの地図を管理していた事務所ごと流されちゃった事が原因みたいなんですよ。情報が滅茶苦茶になっていたのはそのせいですね。集められる物だけ確保して逃げ出したらしいんですけど、地図はほとんどなくなっちゃったみたいで」

「ふうん。大変だったんだな」

「そうですね。あとは特に整理も何もしてなかったようです。時代も時代ですから、丁度その辺りの開拓を始めたばかりで、他に控えとかもなかったって。しかも結局そのあと洪水で計画が頓挫して開拓は白紙に。結果地図の更新もおざなりになったと。各地域の地図の作成は領主の管轄なので、そこでしっかり作成して管理していてくれれば良かったんですけど。ほら二十年前ってこの辺りでも魔物の活性化が始まってきた辺りでしょう? 使わない地域の地図管理まで手が回らなかったんですね」

「ええと……。大変だったんだな、本当」


 うっかり疑問を零したテオに、ルーカスが怒涛の勢いで説明を始めた。

 こうして語っていること全て、昨日帰ったあとに調べたのだろう。それは寝不足にもなる。全く同じ言葉を違う温度差で吐くテオだったが、ルーカスの熱は止まらない。

 息継ぎをして再度口を開きかけたルーカスの頭に、背後から大きな手のひらが降ってきた。


「そこまで。落ち着きなさい、ルーカス」

「楽しそうだったねえ。邪魔して悪いが集合だ。切り替えなよ」


 手の主のジャレッドと、その隣に並び立つカーラが言う。

 打ち合わせが終わったらしい。続々とばらけていた冒険者達が集まっていた。その列にテオ達五人も続く。総勢十五名の冒険者が並んでいた。


 ギルドであれば時折集まっているのを見る人数でも、完全武装で並んでいれば重圧感があった。探索場所に向かないため槍や弓を持つものこそいないが、それぞれが剣や斧や槌、杖などの独自の装備を手にしている。


 十二名の冒険者の前に各パーティのリーダーが並び立った。その中央には、覇気を纏ったカーラが仁王立ちしている。


「今日こそあの蟻共の巣を突き止める。今まで散々手を焼かされたが、奴らが我が物顔で闊歩できるのも今日までだ。ここが一体誰のものだったのか、あの小さい脳みそに叩き込んでやれ!」


 拳を突き上げ、腹の底から声を出したカーラが鼓舞する。

 呼応した冒険者達の雄叫びが、朝の鉱山に木霊した。





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