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錫の心臓で息をする  作者: 只野 鯨
第一章
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2話

 

【02】




 その日の仕事を終えて報告へと戻ったテオは、日の出直後の朝日を背負いながら、軋んだ音をあげる木製のスイングドアを押し開けた。


「あ、お、お疲れ様」


 気だるげな動きで中に入ったテオに向けて、薄暗い室内から低い声がかかる。


 壁にかけられたランプの中身を交換していただろう声の主は、針金のような体躯が特徴的なホゾキという名の男だった。


 ホゾキはその長い足で跨った脚立の上から、入口で足を止めたテオを振り返る。頭の上でモップの様な黒い頭髪が揺れ、その隙間から覗いていた黒い目を覆い隠した。


「今日は、ど、どうだった?」

「特に変わりはなかったです。発生していたのは五体ほどで、新しいものは三体でした。場所も疎らで、群れを作ってもいなかったです」

「じゃあ、このペースなら、見回りは少人数でも、よ、良さそうだね。うん、うん、うん」


 ぐらぐらと危なっかしく頭を揺らしながら、ホゾキは満足気に頷いた。頭髪とおなじく黒い服に身を包み、同色の前掛けを煤と埃で汚している。


 木造のこの建物は冒険者と呼ばれる良く言えば便利屋、悪く言えば地に足のつかないゴロツキ達に仕事を斡旋するための組合だ。ホゾキは一般的にギルドと呼ばれるその組合の職員の一人だった。


 体に見合わず重たげなその頭には、その日取り扱われている依頼から末端の冒険者の靴の傷の具合まで、このギルドに関する情報が詰まっている。

 テオも以前、靴底の摩耗具合から依頼外の遠出を言い当てられた事がある。その時は僅かばかりぞっとしたものを感じたテオだった。


「報酬だね。すぐ持ってくるから、ま、待ってて」

「はい」


 脚立から降りたホゾキが、受付カウンターの向こうへと消える。立ち姿のままテオはそれを見送り、入ってきたスイングドアを挟んで受付の反対に位置する、薄暗い酒場を覗き見た。


 荒仕事の多い冒険者向けに併設されたこの酒場は、普段なら朝日の登るこの時間でも飲み潰れた輩が寝転けていたりするのだが、珍しくこの日は人影のひとつもなかった。


「……はあ」


 テオは一つ溜息を吐いて、先程長身の男に跨がれていた脚立に視線を戻す。手慰みに肩を回せば、腰に提げていた四十センチほどのナイフがかたりと音を立てた。テオのここ数日ほどの相棒とも言える物だった。


 テオが受けていた今回の仕事は、先月封鎖された鉱山にある坑道の見回りだった。封鎖された原因は落盤事故で、領主お抱えの魔術師団により、先週の頭頃には危険のない程度に補強された。


 しかしその落盤のせいで、坑道の所々が以前は発見されていなかった空洞へと繋がってしまったらしい。


 魔物の巣もあるその空洞は、現在ギルドが人手を集めて調査をしている。調査は昼に行われるが、どこに隠れていたのやら、落盤事故に巻き込まれた死者や、それ以前から空洞内にいたと思われるアンデッドが、夜が来る度に活動を始めるようになった。


 それらのアンデッドが街へ降りないよう、昼の調査とは別に夜間の見回りが新たに行われることとなった。

 出入り口を見張る番兵は既にいたが、その番兵が相手をしきれないほどの数が一度に流出してしまえば、街までアンデットが降りて来てしまう。

 それを防ぐためにも、坑道内部を見回り、発見したアンデットを適宜制圧する必要があったのだ。


 しかし人を雇うのも安くない。ましてやそこは、夜は不活性化しているとはいえ魔物の巣と繋がる仄暗い坑道だ。狭い、暗い、さらには臭い。相応の危険もある。


 冒険者以外を雇えないが、昼の調査にも費用がかかる。依頼主は少しでもコストダウンを図りたいらしく、夜は最低限の人員で請け負わねばならなくなったと、テオはホゾキから聞かされていた。


 そこで、どの程度の人員、どの程度の実力があれば最低限維持できるのか。テオはその調査を兼ねての巡回依頼を受けていた。ホゾキの先程の様子から、今日までの調査で必要最低限の水準がわかったようなので、正式にギルドから依頼が出る事だろう。


 それをどこかのパーティなりソロなりで活動している冒険者が受ければ、テオからそちらへ引き継ぎになる。


 と言っても、報酬を出し渋られた仕事を好き好んで受ける手合いは多くない。ましてや大体の冒険者は戦闘を含む依頼を受ける際、特定の仲間とパーティを組んで挑むことがほとんどだった。

 そんな依頼に人数制限をかけて募集すれば、暫く受け手は見つからないのではないかとテオは考えていた。


 そもそもテオがこの件を受けたのも、先日ギルドに併設された酒場で飲んでいた際、うっかり起こした騒ぎの罰と破損した物品の弁償のためだった。

 ただでさえ払いの良くない報酬から壊した分天引きされるので、テオの懐に入る分は雀の涙だ。


 受け手の無い仕事を押し付けられた部分に関しては、貧乏くじを引かされたと思わないでもないが、元々がテオの自業自得でもある。

 酩酊時の自分ほど信用ならないものは無い。何故あんなことになったのか。尽きない疑問に頭を振る。


「顔色が、わ、悪いねえ」


 受付カウンターから現れたホゾキが、一人首を振るテオに声を掛けた。右手に持った革張りのトレーに乗せられた銀色の二枚のコインが鈍く光る。

 反対の左手には、湯気を上げる木製のカップが二つ、持ち手をまとめて掲げられていた。


「少し、お、お茶をしていかないかい? テオ君」


 ホゾキの低い声が、二人きりの室内に転がった。





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