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錫の心臓で息をする  作者: 只野 鯨
第一章
17/144

17話

 

【17】




 坑道から外に出ると、もう日は暮れ始めていた。夕日に赤らむ道を一行が歩き出そうとする前に、テオが鞄の中身を思い出す。


「少しいいか。確認して欲しいものがあるんだ」

「どうしたんだい?」

 

 円座を組んで打ち合わせをした広葉樹の脇に寄り、テオが鞄を下ろす。全員が傍により、テオの動向を見守っていた。


「これなんだが。はぐれた場所の近くに三又の道があったろ。その付近にいたキラーアントの口にぶら下がっていた。食べかすだと思うんだが、奴らの肉ほど固くない。何かわかるか?」

「見せてください」


 ルーカスが布に包まれた肉を受け取り検分する。それをカーラとスヴェンが後ろから覗き込んでいた。

 観察を始めたルーカスを待つ間に、テオが再度口を開く。


「それと、あの奥は行き止まりだったよ。掘り進んでいるような凹みがあった」

「行き止まりか。俺達もそちらへ逃げていたら追い詰められていたな」

「急いで合流しようとしたんだが。逆方向だったな」

「天井を食い破って落ちてきたキラーアントに、そちらへ行く道を塞がれたんだ。ぞろぞろと出てきてな。五体ほどだった」


 ジャレッドが話しながら首筋を擦る。五体と言うと昨日彼らが追われて逃げていた数と同じだ。

 昨日はテオが横槍を入れたが、それがなくとも大分道を引き返せば倒し切ることは出来たらしい。


「内臓ではないと思います。ここに小さいですが骨が見えます。あまり太くない。大型から中型の生物であるなら、恐らくどこか手足の末端。小型のものなら腹の内臓を避けた位置。背から首、もしくは腰にかけて辺りなら胴も有り得ます」

「本当に“食べかす”なんだろうね。皮膚がろくに残っちゃいない」

「はい。細かい骨が数本入ってるから、間の肉が食べにくかったのかも。扇状なのかな。こう、広がってる。やっぱり手足の可能性が高いかも」


 ルーカスが肉の端から端までを、指で線状になぞりながら言った。くるくると回しながら観察を続けるルーカスは、放っておくとずっとここに座り込んでいそうである。


「となるとゴブリンやオーク? 蝙蝠や鼠ならこんな大きさや厚みにはならない。何処から持ってきてるんだろう。全然腐ってないし、あそこそんなに寒くもないから冷蔵状態でも……」


 ぶつぶつと考え込んでしまったルーカスを、ジャレッドが担ぎ上げる。しかし慣れたものなのか、ルーカスは米俵の様に担がれたまま手にした肉の観察を止めることは無かった。


「どちらにせよ一度ギルドに報告せねばなるまい」

「そうさなあ。じゃあ行くかい」


 促すジャレッドの言葉にカーラが頷き、移動を始める。

 鉱山から降りて街に戻る頃には担がれていたルーカスも満足したのか、自分の足で立って歩くようになっていた。


 昨日と比べて半分の重さになった鞄の紐を指で弄りながら、テオは四人の後ろを歩く。

 ふと視界の端に薄暗い路地を見つけ、テオは足を止めた。


「悪い。先に行っていてくれるか」


 前方を行く四人に声をかける。カーラが頷いたことを確認し、テオは細い路地に入った。

 目立たない横道の端に座り込む、薄汚れた青い布を頭から被った子どもに近づく。すっぽりと布におおわれているため、顔が見えず少女が少年か判別がつかない。


「君、大丈夫かい? 親はどこに?」


 テオは子どもにそう声をかける。

 もう夕日も沈んでいる。こんな時間に地面に座り込んでいては冷えるだろう。

 はぐれたのか、道に迷ったのか。腰を屈めて問い掛けるも。返事はない。


「ねえ、大丈夫?」

「……問題ない。親はいない。眠いだけ。放っておいて。助けはいらない」


 帰ってきたのは温度がない、しかし酷く気怠げな少女の声だった。

 心の底から億劫そうなその声は、テオを突き放すように返事をする。


 親がいない。その言葉に、テオは思い当たる節があった。

 ここは最前線の街ポーロウニア。そして現在も防衛戦が繰り広げられている城壁の外には年々数が増える魔物が蔓延っているため、その向こうの小さな村や町が襲われることは珍しくなかった。


 実際そう言った場所から、壁に守られ、屈強な兵士や冒険者の集まるポーロウニアへ逃げ込む人間は多い。

 ここに留まらずとも、どこか別の街へ移動する際の一時的な拠点にもなる。そしてその中には、家族や恋人、友人を失ったものもいる。

 当然、親を亡くした子どももだ。


「こんな所じゃあ寒いだろう。せめてどこか屋根の下に。いや、保護してくれるところを紹介しようか?」


 両親を魔物に奪われ、他人事では無かったテオは、この手の話にはどうしても苦い気分になる。

 最近こういう事が多い。何をしてもしなくとも、昔の出来事が脳裏をよぎるのだ。


「……寒い? 寒い? 寒い、寒い」


 頭からすっぽりと布を被っているせいで全く顔が見えないが、どうやら少女が首を傾げていることだけは分かった。

 顔が見えないから判断が難しいが、初めの断りの言葉から、寒いという言葉が分からない歳でも無いように思う。

 けれど、どうやらこちらの意思が伝わっていないようだし、少し言い方を変えようか。そう口を開きかけたテオだったが、その前に少女の口が言葉を吐き出す。


「……そう、寒い、のかも。その上着、暖かそうね」


 そう言って、少女の細い指が始めて布の中から出てきた。まるで死人のように白い指だ。余程体が冷えているのか。


「ああ、そうだね。ぼろで悪いが、よければ使うといい。俺もお古で貰ったものだ」

「ありがとう。その内ね、返すわ」


 テオが上着のポケットが空であることを確認し、それを脱いで少女に手渡した。

 ほんの少し触れた指先があまりにも冷たい。


「もし困ったらギルドを尋ねるといい。あそこの道を左に曲がって真っ直ぐにある木製の建物だ。大きいからすぐわかるよ。親身になってくれるから」

「…………困ったらそうするわ。おやすみ」


 酷く不服そうな声であった。

 しかししっかりと泥で汚れたカーキ色の上着は手放さない。テオが直前まで着ていたので、体温が移って暖かいのかもしれない。

 頭から背中までは被った布で、足元から肩口までの前面は上着で防備した少女は、遠目から見るとずた袋と変わらなかった。


「……おやすみ」


 心配ではあったが、テオはその場を去ることにした。いつかの自分がそうであったように、寄るべき所を頼れない人間もいる。

 そもそもあの少女は声を掛けたテオのことを鬱陶しいと追い払おうとしたほどだ。切羽詰まってはいないのかもしれない。どうしても気になるなら、明日も様子を見に来ればいい。


 そう考え事をしながら振り返ったテオの目の前にスヴェンがいた。いると思わなかった人物が、予想外の近さにいたことにテオが驚きの声を上げる。


「ぎゃ!」

「うるせえ」

「わ、悪い」


 テオの声とやり取りに、背後の少女が迷惑そうに低く唸り声を上げる。

 元々布で見えなかった顔まで上着を手繰り寄せ、背を丸くして隠れてしまった。小さく間から出された手が、しっしっと、追い払うように振られる。


 その様子を見たテオとスヴェンは一瞬顔を見合せ、苦笑いしながらも少女の邪魔にならないように路地を出た。並んで歩くスヴェンに対して、テオが口を開く。


「先に行かなかったのか、スヴェン」

「報告はカーラとルーカスがいれば十分だしな」


 そこで会話が途切れる。

 こういう時スヴェンは何も言わない。少女に上着を渡したことも、結局彼女を置いて帰ることになったことも。半端な行動をスヴェンは咎めない。


 もしテオからスヴェンに聞けば答えるだろう。けれどその答えを求めていないテオはスヴェンに問わない。

 そうして曖昧な沈黙が落ちる。テオはこの沈黙が嫌いではないが、今回は少し気後れした。


「それでどうよ。今日は」


 スヴェンが杯を煽る動作をする。その声に顔を上げたテオが、頷きそうになる首を抑えて、苦笑いをこぼした。


「暫くやめとくって言ったろ。今日行ったら意志薄弱が過ぎるじゃないか」

「厚くて強いのがいいとは限らねえぞ。俺は薄くていいから酒の相手が欲しい」

「パーティの誰かと飲んだらいい」

「ルーカスも暫く飲まないってよ。ジャレッドは元から頻繁に飲まない。先週飲んだし当分は無理。カーラとサシはきつい。説教くらいたくて酒飲むんじゃねえっつーの」


 頭の後ろで手を組んだスヴェンが愚痴る。

 あまりねちねちとするカーラの姿が想像できないが、付き合いが長いと色々あるのだろう。仲間にしか見せない姿というものかもしれない。


「悪いが一人酒で頼む。ギルドには行くけど、すぐに帰るよ」

「さっさと折れろよ。一人で飲みたい気分もそろそろ終わっちまう」

「お前なら他に相手もいるだろ?」

「騒ぎたいわけじゃねえ」


 珍しいと思った。ここまでスヴェンが食いついて来る事はあまりない。大概最初のやり取りで身を引くのだ。


「また今度な」


 結局、そんな体のいい言葉でテオはスヴェンの誘いを断った。

 歩いているうちに辿り着いたギルドのスイングドアにテオは手を掛ける。夜の帳が降りた今、月明かりが冷たく降り注ぐ反面、ギルド内の灯りがとても暖かく見えた。


 押せば開くこの扉のように、自らの心も開け渡せたならば、きっとずっと分かり易いだろうに。

 テオは自らの面倒さに自嘲し、室内の灯りの下、ホゾキと話をしていたカーラ達三人の元へと足を進めた。





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