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錫の心臓で息をする  作者: 只野 鯨
第二章
132/144

132話 開示1

 

【132】開示1




 酒場の店主に礼を言われたテオが宿の自室に戻ると、そこには既にレジーとリオか待っていた。アーニーが勧めてくれたのだろう、もともとテオが用意していた椅子に静かに座っている。


 鉛色の髪を萎びさせ、随分と緊張した面持ちのレジーが膝を合わせて背筋をぴんと伸ばしている。その隣、横並びの椅子の上でレジーの腕に寄り添うようにしたリオが座っていた。

 随分と待っていたのか、もしくは夜も遅いと言える時間に入りつつあるからか。緊張した面持ちのレジーと異なり、リオのほうはこくりこくりと船を漕ぎ始めている。


 アーニーはそんな二人の不思議な対比に苦笑いをしながら、窓から差し込む月明かりで読んでいた本を閉じて口を開いた。


「おかえり、テオ」

「悪い、遅くなった」


 アーニーとテオのやりとりに、弾かれるようにリオが目を覚ます。ぐしぐしと目元を擦るその隣で、レジーがぎくりと肩を震わせた。


 そんな二人の姿を横目に、テオも残った椅子に腰掛ける。リオの隣にはレジーが。アーニーの隣にはテオが。それぞれ付き添うように腰を落ち着けた。


 本来は一人で朝食を食べる程度にしか使わない小テーブルを無理矢理に四人で囲ったためか、もしくは夜の暗がりと異様な空気の重さがそうさせたのか。それはどこか不気味な宗教の集会を思わせた。


 どかりと椅子に腰掛けたテオは、ようやく眠気から脱したリオと、不安げに眉尻を下げたレジーとを見比べて口を開いた。


「待たせたか?」

「いえ、今来たところ、じゃ、ないけど、うん。少しだけ、待ちました」

「悪かった。少し呼ばれてたんだ」

「もう大丈夫ですか?」

「大丈夫」


 愛想笑いの一つすらないものの、ほんの少し落とされたテオの視線に、レジーは一人、ほっと息を吐いた。気に掛けられているというのは、どうしてか不安の輪郭をにじませるものだ。


「話って」


 レジーの微かな安心を遮るように、テオはそう切り出した。テオのその言葉に対し、レジーは初めから悪くない姿勢をさらに正して口を開く。行儀よく膝の上で揃えられた両手は、同時にその腰に携えられたままの細剣の柄に近いままだった。


「これからのことと、これまでのことについて」

「ああ」

「あなたには、ちゃんと話しておかなくちゃと、思いました」


 そう言って、レジーは話を切り出した。

 緊張した面持ちのレジーを支えるように、その隣に座したリオの手が背中を撫でる。その小さな手に押されたのか、意を決したように息を吸ったレジーが口を開きかける。


 しかしその勇気を持った一言目は、白金の少女の横槍によって止められた。


「その前にさ」


 腰を下ろした椅子の上、床につかない足を座面に立てて、片足で三角座りをしたアーニーが不遜に言う。自らの立てた膝の上に頬を寄せたその少女は一つの提案をした。


「自己紹介をさせてほしいんだ」


 ぴん、と指を立てながら、アーニーはそう言い放った。少女の細い指先が、ゆったりとした動作で天井を向く。


 普段の少女ベルと比べ、目の前の少女の態度はどうだろう。何かが、どこかが、微かにずれている。そんな輪郭のない違和感を抱いたレジーは、微かに眉を寄せて思わず反射的に疑問を口にした。


「自己紹介を、今更?」

「今更だけど、でも今更って言っちゃいたくなるくらい、まともに話してこなかったじゃないか、僕たち」


 あっけらかんとアーニーが言い放つ。出鼻をくじかれ、きょとんとした顔でそれを見ていたレジーは、助けを求めるようにテオの顔色を伺った。


「……したいならしたらいいんじゃないか、別に」


 レジーの視線に気付いているのかいないのか、テオは瞬きが二回できるくらいの時間をたっぷりと黙り込み、いっそ無愛想なまでにそう言い捨てた。


 そうして拗ねたように眉を寄せたテオは、言い出しっぺを蹴飛ばして前列に押し込むように、アーニーに対して顎をしゃくる。

 テオの不機嫌とも見える横柄な態度から、しかし許しを得たと受け取ったアーニーは、酷く緩やかな動作で立ち上がり、口を開いた。


「では。レジー、そしてリオ。あらためまして、僕の名前はアーニー。聖骸アーニーだ。よろしく」


 手を差し出すわけでもなく言い放ったアーニーに、しかし今しがた名乗られた間延びした名前に一切の聞き覚えがなかったレジーとリオは微かに目を見開いた。


 まともに話してこなかった。

 少女ベルとして認識してきた眼前の人間の言わんとしたことを、二人はここにきて理解した。

 こくりと一度息を呑んだレジーが口を開く。


「それは偽名、ですか。もしくは、ベルっていうほうが」

「いいや。僕自身はアーニーで偽りないし、この体の呼称はベルで問題ない。実のところ、こちらも相応に事情が立て込んでいるんだよね。一人一人、丁寧に全員で挨拶をするのは難しいから、取り急ぎ代表として僕が対応させてもらう」


 そう言って、アーニーは一度言葉を切った。立ち上がった姿勢をそのままに、その白金に偽装された瞳が隣に座るテオを覗き込む。それでもなお沈黙を守ったテオに対し、アーニーはへらりと一つ苦笑いをこぼした。


「やあ、そろそろ機嫌直してよ、ハニー」

「真面目にやる気がないならつまみ出すぞ。あんたは少し自省しろ。俺はまだ少し怒っている」

「ごめんなさい」


 地を這うように声を低くしたテオの叱責に、アーニーは素直に頭を下げた。その拍子に白金の髪がさらりと揺れて丸い頬を撫でる。


 テオという人間がここまで明確に他人に苦言を呈すのは珍しい。レジーはテオに出会ってからの数日で抱いた印象から、目の前で繰り広げられた二人のやりとりに思わず首を傾げた。

 放任主義と言えば聞こえの良い無関心が普段の柔和なテオの態度の根本にあることは、レジーもなんとなしに理解していた。だからこそ、この一週間、形ばかりが不格好なお仕着せの善意を装ったようなその不干渉に甘えられたのだ。


 しかし、そんなことに構っていては話は先に進まないと割り切ったのか、レジーはすぐさま抱いた疑問を口にする。


「その体の呼称っていうのがベルだっていうなら、あなたはどうして今になってアーニーを名乗るんですか? 普通、名前って元の体の持ち主のものを使いますよね。偽名でないという意味も分からない」

「僕、もともとは違う体に入っていて、事情があってこっちに移ったんだよね。僕を初めに受け入れてくれた聖骸アーニーもこの体の子と同じくらいの年頃の男の子だったんだ。だから僕はアーニーで間違いない。だけどね。僕の他にも、そんなふうに本来別の聖骸に宿った人間がこの中に五人いる」

「ご、にん?」

「そう。僕の他に五人。つまりは六人」


 自らの頭をリズミカルにつついたアーニーの言葉に、レジーはひくりと顔を引き攣らせた。明らかに顔色を悪くしたレジーとは対照的に、アーニーはくすくすと笑って口を開く。


「怖がらなくていいよ。取って食ったりなんてしないさ。君が悪さをしないなら、僕だって権能六つも使って弱いものいじめみたいなレイド戦なんて仕掛けない。約束する。ああ、レイド戦って分かる?」

「分かりますよ、そんくらい。これでもゲームは好きなんです。デジタルも、アナログも」

「ならよかった。親しんだサブカルは近しいみたいだ」


 そう言って、アーニーはどかりと椅子に腰掛けた。

 六人分の聖骸。アーニーが語ったその力を、レジーは軽視しなかった。権能六つ分のレイド戦とはそのままの意味なのだろう。アーニーと敵対すれば六人の聖骸を相手取ることになる。そんなものに、たった一人で立ち向かう分の悪さは軽くない。

 それは言外の脅迫だったが、レジーは正しく理解していた。


「不安なら指切りでもするかい?」


 アーニーが細い足を組み、ぴんと立てた右手の小指をレジーに差し出す。それは本来皮肉じみた脅迫だったのだろう。

 それを怖々と見つめたレジーは、しかし意を決したように自らの小指を差し出した。


「約束です。嘘ついたら針千本ですよ」

「わあ、本当にするんだ」

「します。だから、あなたも決して裏切らないで。私が悪いことをしないなら、あなたが敵になることはない。そうでしょう」

「……そうだね。君の勇気に敬意を評し、明言しよう。僕はきちんとこの約束を守る。君が悪さをしないなら、僕は、“僕たち”は君に敵対しない。指切りげんまんしたからね」


 アーニーはそう言って、レジーと小指を絡ませて小さく二回上下に揺すった。ついと離れる二人の手がそれぞれの膝元へと戻る。

 互いの手が離れてもなお、大人しく椅子に座ったままのレジーを見て、アーニーは思わずと言った様子で小さく笑った。


「レジー。君は頭がいいね。きっと長生きをする」

「皮肉を言わないでください」


 アーニーの言葉に、レジーがふんと鼻を鳴らして答える。そんなレジーの態度に、アーニーは小さく苦笑いをこぼした。


「私からもよろしいでしょうか」


 次に口を開いたのはリオだった。

 誰に促されるわけでもなく、レジーの隣に座っていたリオがおもむろに立ち上がる。


 ほんの少し長さの余るカーディガンの裾をスカートのようにつまみ上げ、片足を引いて膝を曲げる。真っ直ぐに背筋を伸ばしたまま、金髪の髪を垂らしたリオは深く頭を垂れた。


「聖骸アーニー様。挨拶が遅れたこと、深くお詫び申し上げます。私の名前はロサリオ・オグレ・ヴァシレウス。この国の王家の血筋、その末席を汚す者にございます。御身への謁見に与れたこと、光栄に存じます」


 指の張り、微かな息遣いさえ抜け目のない礼。それは美しく、洗練された所作だった。国土の半分以上を侵食された崩壊寸前の国で、それでもなお高等な教育を受けたことを思わせる。


 リオの砂金のような瞳がついと上げられる。

 幼げで、中性的な顔立ちの、その小さな口が開かれた。


「死にたくなくなったので、この子と一緒に逃げてきました」


 あっけらかんとしてレジーの手を握ったリオの言葉に、テオとアーニーは小さく息を詰めた。




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