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錫の心臓で息をする  作者: 只野 鯨
第二章
130/144

130話 遣い3

 

【130】遣い3




 店主に断りを入れたテオは店内に踏み込んでまず、対象を観察した。暴れている冒険者はパーティなのだろう。四人いる。

 全員が奥側にいる大柄の男に意識を向けているため、入口から入ってきたテオに背を向けている形だ。


「通してくれ」


 小声で声を掛けると、暴れる冒険者には嫌気がさしていたであろう同業者が、テオの登場に目を丸くしながらも黙って道を明け渡す。


 何が原因でこうなっているか、果たしてきっかけがどちらであるかは特段テオの興味のあるところではなかった。


 問題点はただただシンプルだ。彼らは場所を選び損ない、剣士の男は手段を誤った。その手が魔物殺しの道具に掛けられているという事実だけで、制圧対象は決定する。

 床に血のワックスを引く趣味を持ち合わせているは最前線の街であろうと数少なく、それをしかねない業者は叩き出されても仕方がないのだ。


 ゆえにテオは、剣に手をかけた剣士を含んだ冒険者四名に制圧対象を絞った。


 片付けるべき相手は四人と決まったので、一人が一人ずつを運べば足りるだろうから、半分である二人は意識が無くてもいい。

 手短にそう判断したテオは、暴れている冒険者パーティ、その中でも手直にいた魔術師の肩に手をかけた。

 同業者であろうとも他人にそれなりの興味が無いテオにとって、その男がリーダーであることは、優先する理由にも除外する理由にもならなかった。


「こんばんは」

「は、テ……ッ!?」


 とんとん、と肩を叩いたテオを魔術師が振り返る。その顔を見て驚いた魔術師が声を上げる前に、テオは魔術師の顎を打って意識を奪った。

 呆気なく目を回した魔術師が膝から崩れ落ちそうになるので、テオはその胸ぐらを掴んで引き止める。まるで脱いだジャケットを摘むかのような乱雑さでテオは魔術師の体をぶら下げた。


 前衛ではない魔術師は軽いから運びやすいし、仲間を運ぶ側として残してもきっと苦労する。それを真っ先に狙ったのはテオなりの気遣いだ。


 それに魔術師はできることが多い分、残しておくと困ることが多いのでできるだけ早く無力化したい相手でもある。

 テオにできるのは腕と足で振る舞えることのみなので、火の輪くぐりができたとしても消火はできない。店主に呼ばれたのは被害を抑えるためなので、そういう意味では魔術師は厄介だった。


「へ、あ、おま」

「静かに」

「……がッ!」


 ひと足早く魔術師が倒れたことに気が付いた斥候が振り返ったので、テオは魔術師の胸ぐらを掴むのとは反対の腕で同じように顎を打って意識を奪った。


 斥候は気配に敏感だし耳がいい。二番目に狙うには最適だ。なにせ勝手に気が付く割に打たれ弱い。いくら比較的身軽で足が早いと言ったって屋内でのこととなるとたかが知れる。


 残っているのは重戦士と剣士だ。人を運ぶには困らない面子が残ったようで何より。テオは魔術師と斥候が倒れる際に音を立てないよう、胸ぐらを掴んだまま、ゆっくりと床に下ろした。


 重戦士と剣士は前衛を張るから前にいることが多いので、後ろから襲うと自然と運搬に困らない面子が残ってくれる。

 片付けまで考えて介入しないと一人で四、五人を運ぶ羽目になるので、そういう段取りも重要だ。テオはいい加減に慣れてきた自らの手腕を思い返し、密かに一人、満足気に頷いた。


 静音性を重視して制圧したお陰か、大柄の男に絡む剣士と重戦士はテオに気が付く様子はない。しかし立ち位置的にテオを視認できてしまう大柄の男は、驚いたように目を見開いていた。


 これでは剣士と重戦士にさとられるのも時間の問題だろう。自分の存在に気が付かれる前に動いたほうが面倒がなくていい。


 そう判断したテオは、足元に落ちていた酒瓶の破片を拾い、大柄の男に絡む剣士の背後へと一足飛びに近付いた。


 その長い腕をくるりと剣士の首へと絡ませ、背中から抱きつくように密着する。驚いたように息を詰まらせた剣士の隣で、テオの顔を見た重戦士が顔を青くした。


「んだテメェ! 邪魔すんじゃ! ッあ、え、お、おまえ、テオ」


 テオに肩を組まれた剣士が犯人の顔を見ようと振り向いて、しかし隣の重戦士と同じように顔色を悪くした。

 テオの灰色の瞳が虚ろな空気を纏い、振り向いた剣士の目をゼロ距離で覗き込んでいたからだ。色素の薄いその瞳は、距離が近いせいで影がかかり、よりその奥の機械的な不動さを覗かせた。


「こんばんは。良い夜だったな」


 淡々としたテオの言葉に剣士が息を呑む。普段から重い武器を振るうテオの腕は力強く、剣士の首を緩やかに圧迫するに困らなかった。


「あー、なんだ。ええと」

「ひッ……」

「知ってるか? 怒りは六秒持続しない、らしい。俺もさっき聞いたんだ。本当かな?」

「そ、それは、い、いや、ど、どどど、どう」


 先程までの威勢はどこへ消えたのか、酷く狼狽した剣士が目を泳がせる。剣呑に輝くテオの瞳から逃れようとした剣士の目に、首に回されたテオの手に割れた酒瓶の欠片が握られている様子が映った。


 ぎらり、ぎらり、と照明に反射するそれは、テオの手にかかればナイフと変わらない凶器へと変貌する。これまでの五年でテオが起こした数々の騒動、その断片を耳に挟んだことのある剣士は、思わず恐怖して息を詰めた。

 しかしそんな剣士の様子にも関心が無いのか、テオはまるで気にした様子も無く首を傾げて口を開く。


「どうって、そのまんまの意味だけど」


 その手に十二分な凶器を手にしていながらも特段気負う様子の無いテオの姿に、今この瞬間、己の命を握るのは誰か、剣士はそれを明確に理解した。先程までの威勢はどこへいったのか、まるで尾を丸めた犬のように、剣士の男は縮こまる。


「俺、さっきまで気持ちよく寝てたんだ。美味い飯を食って、あったかい毛布に潜って、いい心地でうとうとしてた。なのになんだかうるさくて。何だったんだろうな。それで、起きて。だから、とても、ああ、とても眠い。ベッドも暖まっていい頃合だったのに。残念だ。酷く気分が悪い」


 ぐたり、と肩を抱いた剣士に寄りかかるように体重をかけるテオが、抑揚の無い声ででたらめを言う。


 今日食べた飯の味は気が散りまくってろくに覚えてないし、眠って気分がいいかと言われると決してイエスとは言えないくらいに頭痛が酷かった。けれどもテオが自らの不機嫌を偽装したのは、一種の脅迫のためだ。


 お前のせいで機嫌が悪い。だからお前が気に食わない。酷い話ではあるが、こんな場末ではそんな理屈も十二分な脅し文句となるものだ。


 ソロで前衛を務めるテオの筋肉質な体は決して軽くなく、その重さと威圧された恐怖心に剣士の男は微かにたたらを踏む。


 感情を感じさせまいと抑えられたテオの声音が、逆にその奥に隠された怒りの輪郭をなぞるようで、剣士と重戦士は身を縮ませた。

 蛇が蛙を睨んでいる。この状況に何か言葉を当てはめるのならそれが妥当であった。


「ち、ちが、ち、ちげえんだ、テオ。はな、話し合おう、な!?」


 声を裏返した剣士のまとまらない言葉を遮るように、テオは手にした酒瓶の破片を剣士の首筋へと押し当てる。

 テオの口が、縦、縦、横、と開かれたのを見て、咄嗟に剣士を助けようと動きかけた重戦士が足を止めた。


 黙れ。


 眉間に皺すら寄せないテオの暗い瞳が、音も無く告げられたその言葉を物語る。その言葉の示すところに気が付いた剣士と重戦士はそろって口を引き結んだ。


 冒険者としても、この街に来てからも、決して日が浅くない二人は、普段からミンディに隠れがちなだけで、テオだって十分に不明瞭な暴力性を持っていることを知っていた。


 分かりやすい例が、テオが所属していた三つのパーティのその後の惨状だ。


 一つ目のパーティは文字通りテオがその手で壊してしまった。中堅としても浅くない人間のそろった、決して弱くはない冒険者が四人。それらが雁首をそろえても、活動を始めて間もないルーキーに手も足も出ずに敗北したのだ。

 外聞は悪く、プライドの高い彼らはその屈辱に耐えられなかった。そうしてそのパーティはやがて散りじりとなり、自然解散という形で幕を閉じた。しかし、ぎこちないままで活動を続け、戦場で死体を晒さなかったのは彼らの判断の賜物であったのかもしれない。


 二つ目のパーティは構成メンバーが比較的若かったものの、そのリーダーの手腕からか、外から見た実力以上の実績を上げていたようだった。しかしそんな彼らもまたパーティ解散という結果に終わった。

 テオとミンディにより叩き潰されたそのパーティメンバーは、リーダーの魔術師とテオが抜けてもなお活動を続け、そして残る全員が死亡した。ブレインであったリーダーの男から逃げられた彼らは引き際を誤ったとしか言いようはなく、そのつけは取り返しの付かないものとなった。


 そして三つ目のパーティ。あまりにも経験が浅く、テオが入るまでは大した実績すら無かったそのパーティは、とある日のオルトロスの襲撃により半壊した。生存者はテオとそのパーティの聖職者しかおらず、聖職者はそれを機に内地へと出戻り、テオはそれでもなお冒険者を続ける道を選んだ。


 たった一年という短い期間で疫病神のごとき結果を残したテオは、そうして周囲から腫れ物扱いを受け、同時にソロとしての活動を始めるようになった。


 ソロとなったならば。

 しかしテオは早死すると思われていた。


 前衛職を名乗るには護りの薄い装備。引くべき時にすら踏ん張ってしまう引き際の悪さ。そしてなにより、冒険者に限らず、戦場のいう現場を足場にするために必要不可欠な情報収集能力の欠如。


 周囲から見たその当時のテオは、一人で生きていくための能力に欠けていた。


 しかしそこを補う人間がいた。


 怪我をしては治すジルという癒術師。

 進むべき道と引き時を指し示すエイダンという戦士。

 不足した情報を察しては刷り込むホゾキという管理者。


 そしてなにより。

 テオがこの街に来る以前から、中堅以上のパーティが束になっても敵わないような上澄みを主な討伐対象として活動していた、ミンディという名の斥候志望。


 それらの全てがテオというソロとしての不完全な存在を生かし、そして今日に至るまで研磨した。


 テオのことをミンディの下位互換などと揶揄する輩もいるが、それはとんだ間違いだろう。あれらは方向性が似ているだけで種別が異なると剣士の男は考える。


 周囲の冒険者から見て、瞬間的に沸騰してキレて回るミンディと違い、テオは一拍置いてキレることのほうが多い印象だったのだ。そのためか、テオは理性的な説得で落ち着くタイプの感情を争いごとに持ち込むことが比較的少ない。


 一度落ち着いてから暴力を選択したテオは、ミンディのように殴り飛ばしてすっきりしたから止める、ということをしない。ミンディが爆弾ならテオは泥である。


 どこまで殴れば分かるかな。ここまでやれば大丈夫かな。心配だからもう少し殴っておこう。まだ足りないかもしれない。次が無いように念入りにしておこう。もう少し、あと少し。


 そんなもの、やられたほうはたまったもんじゃない。人間はサンドバッグではないのだ。そのしつこさは本来、冒険者や兵士、傭兵のような類の人間ではなく、拷問官や密偵の持つべきものだろう。


 そういう時のテオは本人の中では整合性のあるらしい理屈を握り直してから殴りかかってくる分、言葉でもって宥められる可能性は低く、それを止めるにはテオを上回る暴力でもって制圧する以外に選択肢がなかったりする。


 そしてそれができる人物はここにはいない。その役を担うのは大概、ホゾキとエイダンのどちらかだ。

 怒髪天のジルにケツを引っぱたかれて追い回されることがあっても、それは単に普段から世話になっている分、頭が上がらないからであって純粋な力関係によるものではない。


 たとえ誰かの力を借りて生かされ、育てられた過去があったとしても。それでもなおソロとして四年生き延びている事実は伊達ではないのだ。年々、激化を辿る最前線の街なら、なおさらである。


 少なくともパーティとして活動をしている剣士と重戦士の二人に、テオを力で抑え込むことは不可能だった。


 まして、今のテオは言外に理由ある不機嫌を表明している。怒ろうと思って怒りにきたのだ。説得のできるフェーズはとっくの昔、感知することすらできないタイミングで過ぎてしまっていた。




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