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錫の心臓で息をする  作者: 只野 鯨
第二章
129/144

129話 遣い2

 

【129】遣い2




 山裾の林に隠れた花畑からテオとアーニーが宿へと戻ったのは、昼時を過ぎた頃だった。

 レジーと約束をした夜までは時間があったので、混乱する頭のクールダウンを兼ねてテオは不貞寝を決め込むことにしたらしい。テオがそうして予想以上に爆睡していた間、手持ち無沙汰になったアーニーはジルから借りた本を読み進んでいた。


 窓から差し込む明かりが段々と角度を変えてアーニーの手元を照らす。もそもそとテオが目を覚ました頃には、あっという間に夕日が落ちる時間になっていた。


「……おはよ、ござ、ます」

「ああ、起きた? おはよう」


 目覚めたテオが水分不足でがらがらの喉を鳴らしながら、億劫そうにベッドから起き上がる。しかし頭痛が酷いらしく、起き上がった途端にごろりとシーツの上に逆戻りした。

 それでも何とか目を開き、すっかりと日も傾いて夕日が注がれる部屋を見渡す。


 やってしまった、寝過ごした。テオは思わず頭を抱えた。ここ数日、色々と考えることが多かったせいだろうか、眠りが浅かったツケが来たようだ。


「……すごい、ねた」

「寝たねえ。気分はどう?」

「……きぶん、とは」

「悪そうだね」


 ぱたり、と読んでいた本を閉じたアーニーが苦笑いで答えると、テオは丸まろうとする体を猫のように精一杯に伸ばした。

 そこにアーニーが水の入ったカップを差し出すと、テオはのろまな手つきでそれを受け取る。眠気で開ききらない目を細め、ちびちびと水を飲んだテオは、しかし寝ぼけたせいで誤嚥したのか軽くむせた。


「……けほ、……け、かふ、……うん、はい」

「君、寝起き悪いんだね」

「……あたま、と、みみ」

「うん」

「……ぬまのなかで、こうずいなる」

「そっか。おかわりをどうぞ」


 その顔に少々の呆れをこぼしたアーニーは、テオの大きな手にすっぽりと収まるカップに水差しからおかわりを注ぐ。

 ふらふらと揺れる水面をピントの合わない目で眺めたテオは、たっぷり十秒固まったあと、ようやくカップに口つけた。


「……レジーは?」

「まだ来てないよ」

「そ、か」


 空になったカップをアーニーに手渡して顔を覆ったテオが頷く。深く溜息を吐くと、テオは意を決してベッドから立ち上がった。腰に手を当てて上体を後ろに反らし、背中を伸ばす。


 きっと地面が揺れている。ぐずぐずの三半規管の反逆に顔を顰めたテオは、深く深呼吸をすると反らした上体を戻して前屈した。

 柳のように前にしなだれた姿勢のまま動かなくなったテオを、アーニーが心配する面持ちで見上げた時、ふと呼び鈴の音が聞こえてくる。


「何? この音」


 こてりと首を傾げたアーニーがそう呟く間にも、その鈴の音は鳴り続けた。かきん、かきん、という安っぽく響きの少ない音だ。宿の玄関ドアのものとは異なるそれに気が付いたテオは、ぴくりと首をもたげて体を起こした。


「ちょっと行ってくる」

「どうしたの?」

「アイリーンさんが呼んでるんだ」


 催促するように再度その呼び鈴が鳴らされる。目に見えない音を指さしたテオは、いそいそと上着に腕を通し始めた。

 喉の調子を確かめるために二度ばかり咳払いをしたテオは、すっかり目を覚ましたらしい。しゃっきりとした目をしたテオは、思い出したようにアーニーを振り返った。


「そうだ、アーニー。ガラの悪い輩から聞いたら怖い雑学とかあるか。格好悪くないのがいいんだ。最近ちょっとネタ切れで」

「うーん。怒りは六秒以上持続しない、なんて話を聞いたことがあるけれど。でもそれ何に使うの?」

「殴る前に脅す」

「へ?」

「行ってくる。そんなに時間はかからないと思うけど、レジーが来たら伝えといてくれ」

「……あ、うん、はい。え、どゆこと?」


 脳内がクエスチョンで埋まるアーニーが首を傾げる。しかしテオはそれを気にする様子もなく、アーニーを置き去りにして、とっとと階下へと降りていってしまった。




 ──────────




「アイリーンさん、お待たせしました」


 ぱたぱたと足音を立てて降りてきたテオが、受付に座るアイリーンへと声を掛ける。見ると、近所の酒場の店主が息を切らして立っていた。

 店主はアイリーンが女手一つで切り盛りするこの宿を案じてか、何かと良くしてくれる相手だとテオは記憶していた。

 テオは無愛想に見える眠たげな顔を、すぐさま愛想笑いに切替える。慣れない営業スマイルは若干ひきつっていた。


「テオ君、実は」

「うちで冒険者が暴れているんだ、止めてくれるか」

「ということなの」


 へたり、と眉を下ろしたアイリーンが笑う。酷く疲れた表情をした店主の肩を、テオは励ますように叩いた。暴れているのが冒険者なら、損害は小さくなかったのだろう。

 被害損額を思ってか、はたまた他客への影響を思ってか、いまだうなだれたままの店主へとテオが声を掛けようと口を開いた。


「よく見る顔でしたか?」

「冒険者のほうは見たことのある顔だったが、絡まれてるほうは知らない。最近になって来た輩だと思うんだが」

「分かりました。行きましょう」


 そう言って、テオは店主を促した。アイリーンが小さく手を振って見送ってくれる姿に頭を下げて、店主の酒場へと急ぐ。


 最近では防衛戦が激化しているためか、冒険者の流入が増えてきていると聞く。無いよりはマシだが、それでもこんな時期になって来る者の多くは、王都が吊り上げた防衛費用から出される稼ぎが目当ての輩が多く、ろくな者がいないのが現状だった。


 アイリーンの宿の用心棒として居候しているテオは、そうして増えた暴れん坊を黙らせるため、こうしてたまに“出張”することがある。


 アイリーンの宿はテオの寝床として知られているためか、テオの実力を知る冒険者達によって不可侵の区域として扱われている。そのためか、実のところテオが居着いてから数ヶ月程で暴れる輩は途端に数を減らした。


 けれど周辺の店や宿までもを含めればそうもいかず、普段からアイリーンが世話になっている人間がこうして助けを求めてくることもままあるのが現状だ。


 助けを求めてきた店主とテオが現場にたどり着くと、そこは本来であれば酒場が持っているであろう賑やかさに蓋をしたように異様な静けさに包み込まれていた。そうしてそれを時折、破り捨てるように男の怒号が飛び出してくる。


「あれだ」


 酒場の扉から中を覗き込むようにした店主が室内の一角を指さした。その指先を辿るようにテオも店内を覗くと、四人の冒険者らしき男達が見える。今もなお、店の外まで聞こえる怒号はその中の一人、恐らく剣士であろう男が出処なのだろう。


 手入れの悪い武具と、撒き散らされた料理、割れた皿と酒瓶。分かりやすく暴れたらしい。

 周囲には迷惑そうにしながらも手出しをしない同業者と、怯えたように身を低くする一般人がちらほらと見えた。


「奥のやつが絡まれてたんだ。まだ怪我人は出てないみたいで良かった」


 安心したように息を吐く店主。その視線の先には、大柄の男が冒険者と対峙していた。困ったように眉尻を下げながら、がなる冒険者を落ち着けようと説得を試みている。絡まれていた新顔の男とは彼だろう。


 明るい茶髪と緑色の瞳。並べばテオよりは大きい体は、筋肉質であり引き締まっているため、何かしらの理由から鍛えているだろうことが伺えた。

 身を包むのは綺麗に手入れされた衣服だ。冒険者のそれとは違い、質のいい生地で仕立てられているが、その腰には武器も防具も見当たらない。

 それでもテオは、その男が冒険者のように争い事を生業にしていないと断じることはできなかった。


 腰が低い態度でありながらも、怒鳴り声をあげる冒険者を油断なく見つめる瞳や、隙のない足運びが証明している。

 祭に来た客なのだろうか。見ただけではそれ以上の素性は分からない。


 テオが店の中を観察していたその時、がしゃん、とガラスの割れた音が鳴り響いた。どうやら先程から怒鳴り散らしていた剣士が酒瓶を割ったらしい。


「片付けてきます」

「いつも悪いね。頼むよ」


 テオの背中を軽く叩いた店主に見送られ、テオは店内へと足を踏み入れた。


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