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錫の心臓で息をする  作者: 只野 鯨
第二章
128/144

128話 遣い1

 

【128】遣い1




 その日、とあるパーティに属する剣士の男は非常に鬱々とした気分だった。


 他三人のパーティの仲間と共に、酷く落ちくぼんだ雰囲気で酒場のテーブルを囲む。周りの冒険者たちはその立ち込める空気からか、ほんの少し椅子を引いて距離を取り、顔を逸らして剣士たちのパーティから目を背けていた。


「どうする。これから」


 剣士の男が口火を開く。その短い言葉に押し出されるように重い溜め息を吐いて顔を覆ったのは、このパーティのリーダーである魔術師の男だった。


「どうしようもないだろう。廃業だ」

「新しいの探して育てれば」

「今からか? この時期からこんな所に来る新人にまともなのがいるとでも?」


 首を横に振った魔術師が言う。それにつられて、小柄な斥候の男が酷く背中を丸めて頭を抱え込んだ。言葉もなくそれらのやり取りを見守っていた重戦士の男が言葉を飲み込むようにジョッキの酒を煽る。

 まるで諦めと逃避の表出のような二人の態度に、しかし剣士は諦めきれずに言葉を続けた。


「聖職者なら人柄はある程度保証されてるようなもんだろう。他のよりは“まし”じゃないか」

「本気で言ってんのか」

「だったらなんだよ! 廃業するったって簡単に言うけどな、俺らみたいなのが他で食っていけんのか!」


 呆れ声で剣士の提案をはじいた魔術師に、剣士は怒鳴りながらテーブルを叩いて立ち上がった。


 彼らは今日、戦場にて聖職者の仲間を失った。

 死んだ聖職者は彼らにとって気のいい仲間とは言い難かったので、一応形式的に酌み交わした追悼の献杯もそこそこに、彼らは今後の方針について話し合う流れとなった。


 中堅も過ぎた彼らにとって、収入のグレードダウンは痛手だ。それは直接的に生活の質の低下へと繋がる。毎日浴びるように飲む酒の量も、惰眠をむさぼる宿の質も、すべては財布の厚みの上に成り立つものだ。


 とはいえ仮に新しい聖職者を適当に迎え入れ直したとして、最前線の冒険者パーティはそれだけで簡単に回るものでもない。彼らはあくまで人間としての寄り合いであり、歯車を入れ替えたからくりのようにはいかないのだ。連携訓練から新人固有の育成まで、積み上げる必要があるものは多過ぎる。


「他のところから引き抜いてでも」

「馬鹿を言うな。それこそ人盗りに見られながら冒険者として食っていけるものか」


 それまで黙っていた斥候が口を挟むも、リーダーの魔術師はすぐに首を横に振った。苛立ちを飲み込むように酒を煽った剣士と入れ違いで重戦士がジョッキをテーブルに置いて口を開く。


「一度内地へ戻って人を雇い直してはどうだ。その後、ある程度慣れてから戻れば」

「その頃にはこの街は更地になってる。次はどこで戦う? 王城の護衛か?それこそ逃亡兵への罰則なんつうもんが出てきちまう。国と心中するつもりはお前らにだってないだろうがよ」

「それも、そうだな」


 魔術師の言葉に重戦士の男は静かに頷いた。大きく溜め息を吐いた魔術師が茶の入った杯を煽る。酒で気を紛らわせたくとも酷くそれに溺れるには今後の懸念事項が多過ぎた。思考を鈍らせない程度に飲酒を控えた魔術師の男が杯をテーブルに戻し、再度頭を覆ったところで背後から肩を叩かれる。


 振り返ればそこには見知らぬ大男がいた。

 明るい茶髪に緑色の目。重戦士と並んでも同じくらいの背丈の男だ。嫌に質のいい生地の服と靴。街歩き姿で隠してはいるが身分が低くないか懐が厚いかのどちらかを思わせた。


「なんだ、お前」

「少しお伺いしたいことがありまして」

「見えねえのか。今、弔い酒の最中だ。他を当たれ」


 鼻を鳴らした魔術師の言葉に、しかしその大男は首を傾げた。


「どなたかお亡くなりに?」

「うちの聖職者が死んだ。獣の餌にするには贅沢な肉だったな」

「うちの、と言いますと冒険者の。それは大変でしたね。しかしその聖職者、死体は」


 大男の言葉を遮るように重戦士が立ち上がる。目線の並ぶ身長でそれを見た大男は改めて首を傾げた。最前線の街において、いっそ珍しいほどにぼんやりとした態度の大男に、魔術師の男は席から立ち上がることなく口を開く。


「他を当たれと言っている。今は酔狂の観光に付き合う気分じゃない」

「あ、私、仕事で来ておりまして」

「歯を折られねえと減らず口閉じれねえか」


 そう言って片手を振った魔術師の合図に、重戦士の男がその丸太のように太い腕を振り上げた。初めは威嚇のつもりだったのだろう。狙ったのは大男の肩口、その中でもより腕に近い部分であり、その拳がぶつかったところで強い力で突き飛ばされる範囲を超えるものではなかった。


「ああ、暴力はいけません」


 しかし、振り下ろされた重戦士の拳は大男の肩を打つ前にその大きな手へを吸い込まれた。鈍い音を立てて重戦士の拳を受け止めた大男が首を横に振る。


 その背後で店主の男がいそいそと外へと飛び出して行った。それを横目に捉えた魔術師が顔をしかめる。


 人を呼びに行ったか。であれば早く事を終わらせるべきだろう。この辺りは面倒な番人の寝床かいささか近い。


 そう判断した魔術師が席から立ち上がると、その動きに呼応するように隣の斥候が手近な酒瓶を手繰り寄せた。


「それでですね。お伺いしたいことが」

「歓談する空気じゃねえだろうが! 頭湧いてんのかてめえ!」


 重戦士の拳が止められたことを知った剣士が反射的に立ち上がる。椅子を倒した勢いを殺さないまま、剣士は装備で固められた足を振り抜いた。鋭い回し蹴りが大男の顎を狙う。しかしその爪先が首の骨を打つ直前、やはり大男の手がそれを受け止めた。


「で、ですから暴力は」

「おためごかしなら場所選んで言えや!」


 受け止められた足を引き戻し、次撃の踏み込みへと転じた剣士が怒鳴る。掌底のように手首を突き出した剣士の一撃は、しかしまるでデジャブのように大男から受け止められた。


「わ、私が言いたいのは場所を選んでということでして」

「てめえから説教垂れられる謂れはねえんだっつうの!」


 突き出した拳を引き戻して距離を取った剣士ががなる。入れ違いに重戦士が掴まれた腕ごと体重をかけた体当たりを見舞った。長年組んだコンビネーションがものを言う。一呼吸の間すら置かずに剣士と入れ替わった重戦士により胸を強打された大男は、しかし鈍く響いた音とは裏腹に倒れ込むことなくそれを支えきってみせた。


「い、一度落ち着いて話し合いましょう。私は人を探してこの街に」

「それで死体の話か。悪趣味が過ぎる」


 重戦士の体を目隠しとして視線を遮った剣士が、斥候が差し出した酒瓶を受け取った。いくばくか減っているものの、まだ中身の残るそれはまるで振り子のように先端にその重さを乗せている。普段から長細い鉄の塊を振り回す剣士の腕は、まるで脱いだ長靴を振り回すようにその酒瓶を回転させた。


 周囲の冒険者がせめて巻き込まれないようにとわずかに椅子を引く。重戦士の苦言に対し、きょとんとしたまま何を言うでもない大男の様子に、異様な沈黙が酒場を支配した。まるで重苦しく見えたそれさえも気にした様子のない大男は、うんうんと何かを考えるそぶりだ。


 せめて退出する動きすら見せないかと剣士が唾を吐き捨てる。その動作につられてか、その大男は軽快な動きでぽんと手を合わせた。


「ああ、そうだ。名乗り忘れておりした。私、実は」


 その言葉は最後まで紡がれることはなかった。がちゃん、と遮るように割られた酒瓶が剣士の手の中で酒気を漂わせた液体を滴らせる。首から折れた酒瓶を投げ捨てた剣士は、下卑た笑みを隠さず、ゆったりとした動作で腰に携えた剣の柄に手を伸ばした。


「木偶の坊、有り金置いていきゃあ許してやる。痛い目にあいたくなけりゃあ、ケツまくってさっさと失せろ」


 鍛えられたまめだらけの指がその柄を握りしめた瞬間、使い古した防具の上を這うように、一本の腕が剣士の首に巻き付いた。


「んだテメェ! 邪魔すんじゃ……! ッあ、え、お、おまえ、テオ」


 啖呵と共に振り向いた剣士の視界が薄灰色に埋まる。酒臭い自らの吐息を反射するほど近く突きつけられたのは、肩を叩いた男の眼球。その瞳孔の開き具合すらもつぶさに観察できるほど近く埋められた視界の端に捉えたのは、いつのまにやられたのか床に無様に伸びている仲間の魔術師と斥候だ。


 焦げ茶の癖毛の合間を抜くように覗いた男の背後には驚きに体を固めた重戦士の姿が見える。普段から落ち着き払った仲間の焦燥を隠しきれない表情が現状の逼迫を剣士に感じさせた。


「こんばんは。良い夜だったな」


 剣士の首に腕を巻き付けた男があまりにも感情の篭っていない声で言う。その淡々とした声音と裏腹に、剣士の首は段々と強くなる腕の力にじわじわと締めあげられ始めていた。


 招かれざる乱入者。

 それは宿街の一角で実質、番人となった男だった。


 寝床として構える宿と周辺の通りの静けさは一線を画している。なにせ、騒げばまず出てくる男の質が悪いのだ。この街において活動歴の短くない冒険者ならば彼の顔はよく知っていた。


 この街において死に損ないが改めて死に直すには十二分なまでに長過ぎる四年間という月日。それを無謀にもソロを歌い、たった一つの体を五体満足のまま保ちきり、生き延びた冒険者。


 それがテオドールであった。




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