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錫の心臓で息をする  作者: 只野 鯨
第二章
117/144

117話 変容1

 

【117】変容1




 テオが少女ベルと共に帰っていった後のことだ。ミンディはギルドの裏口から建物裏へと、レジーとリオの二人を連れ出した。


 他の建物から囲まれているために暗く、中庭程度の広さのあるそこは、ホゾキのものぐさのためもあり掃除が行き届いていない。唯一、通りへと続く細い道も、今では腐った木箱が山と積まれて、壁かと見まごうほどである。


 どこからか吹き込んできた枯れ草と砂埃、冒険者が暴れて壊した物品の残骸が粗雑に積まれている。

 その中心にある古臭い井戸は今でも現役で、ギルドの裏口から井戸に繋がる道だけはそれと分かる程度に埋没から免れていた。


「お話だったっけ」


 どかり、と井戸の縁に腰を下ろしたミンディが言う。人が二人ほど寝ころべる距離を置いてそれに向かい合ったレジーはミンディの言葉を無視し、自らの隣に黙って付き添っていたリオを見下ろした。


「どうすんの、リオ」

「聞きたいことがあるからレジーはちょっと待っててね。必要があれば頼るから」

「分かった。どんと任せるがいいさ」


 リオの言葉にレジーが酷く素直に頷く。仁王立ちで腕を組んだレジーは、ふんす、と胸を張った。


 二人のそんな様子を見守っていたミンディが息を吐く。やっぱりだ。やっぱり、こいつらは“リオ”のほうが主導する。“レジー”はそれを守護する立場、もしくは実行役に準ずるものだろう。


 ミンディはモニカより教えられた情報をもとに、自らの認識と目の前の光景を再確認する。


 そう、モニカだ。

 あの女が言っていた。聖骸がこの街に逃げてきたのだと、そうミンディへと告げたのは聖骸狂いの錬金術師だ。


「ミンディさん、あなた、私たちのことをどこで知ったんですか」


 レジーの隣から一歩前に踏み出したリオが尋ねる。その質問に、ミンディは小馬鹿にしたように鼻を鳴らすことで返した。


「答えてください」

「やーだ」

「答えろ」

「いーや」


 馬鹿にした態度でミンディが突っぱねる。だが、リオは特に気にした様子もなく、それならばと細い腕を組んで考え事をはじめた。

 当初のリオの言葉の通り、レジーは“頼られる”のを待っているらしく、同じように腕を組んだまま落ち着きなく上半身をゆらゆらと揺らしている。


 そんな二人と向き合いながら、ミンディは自らの知っている情報を今一度、整理することにした。


 ミンディにとっての始まりは、ちょうど一週間前の夜、モニカから世間話のついでと言わんばかりに伝えられた情報だった。


 王族に連なるものが一人、聖骸を攫ったらしい。


 それはこれまでに比べ、一時期に目覚める聖骸があまりにも少ないという問題が叫ばれる中のことだった。今代、三名の聖骸が目覚めたが、その内の一人、聖骸の女が、王族の一人により王都にある聖教教会の本部から無断で連れ出されたらしい。


 巷で噂の欠片もたっていないそれは、モニカが独自のルートより手に入れた情報だと言っていた。特定の拠点を持たず、壁の向こうを放浪する聖骸ミダスとすら縁のある彼女のことだ。聖骸にまつわる事であれば、どんな小さな情報も見逃さないよう、細かな網を張っていたのだろう。


 聖骸と呼ばれる救いの象徴を、あまつさえ国の君主の血筋が奪ったというのは、酷く外聞が悪かったはずだ。ゆえに国か、もしくは教会か、彼らは情報規制を敷いた。そのため、この一大ニュースは市井の人々に認識すらされず今に至っている。


 聖骸セオドア。

 ひと月ほど前、城壁でその権能を披露した聖骸。文字通り、迫り来る魔物の波を端から端まで切り裂いた彼の能力は、恐らく遠隔での斬撃なのではないかとミンディは考えている。

 押し寄せる魔物の大群を壁の上から一太刀で切り捨てたその力は、逼迫した防衛戦では縋るに足る奇跡だ。


 しかし、その男が戦場デビューを果たして半月と経たず王都へ帰って行った。満を持してと言いたげにもたらされた大盤振る舞いの奇跡は、大慌ての役人によって回収されたのだ。

 常に防衛戦に参加していたミンディは、ペナルティ依頼を受けて後方の鉱山に篭っていたテオと違い、その様子を目で見て耳で聞き、知っていた。


 ではなぜ、聖骸セオドアは王都へと帰ったのか。


 たった三人の聖骸。

 それらの拮抗が崩れたのだろうとモニカは予想していた。教会の見立てではセオドアを表に出し、残りの二人で賄えたはずだったバランスが、内一人の聖骸の誘拐により崩れたのだろうと。


 人の思惑を図るのが苦手だと自覚しているミンディは、モニカのその予想に、まあまあ適当に頷いた。分からないものは分からないし、知らないものは知らない。興味が無いというのが最も近く、だから何? といった世界だった。


 拮抗だ、バランスだ、などというのはよく分からない。戦わせて勝ったほうを生かすか、やらせて失敗しないほうに従えばいいのだ。


 だからミンディはモニカにその話を持ちかけられた時、世間話のついでに過ぎないと思っていた。ここ最近の職場の雰囲気の悪さとか、ぎゃあぎゃあと喚く面倒な輩の愚痴とか、そういった関心事の外側の話だと思っていた。


 テオが関わっていると知るまでは。


 モニカの研究所兼自宅で出された菓子を貪り、そんなモニカの予想とやらを聞きながらあぐらをかいていた椅子の上。


 そんな誘拐犯と被害者が、テオを探してるらしいよ、なんてモニカが言うものだから、ミンディは驚いて机を叩き、その足を二本へし折ってしまった。


 モニカは壊れて倒れた机を気にする様子もく、このままだとテオは巻き込まれるが構わないかな? なんて言うものだから、ミンディはそれはもう派手に頭を抱えたのだ。


 構わないか、なんて言われたって人探しだなどと繊細なコミュニケーション能力を必要とされる作業、絶対できない。道行く人間を追い掛けて、片っ端から脅して回るわけにいかないのだ。


 そうして頭を抱えるミンディを、モニカは何か分かったら教えてくれとだけ言って部屋から追い出した。

 なんだ、今日は泊めてくれるって言ったじゃないかと追いすがるミンディに、モニカは折れた机の足を投げつける事で答えた。机を壊したことは別に許されていなかったらしい。


 そんなミンディが仕方なしに普段より一層、テオのそばをうろつくことを決意して間もなく、奴が現れた。仕事終わりの夕方に焚き火にあたっていたテオの隣にいたレジーという男。


 絶対、こいつだ。

 ぽっと出のくせにテオの隣に我が物顔で、僕、彼の後輩ちゃんですう、いじめないでえ、と言わんばかりに陣取ってた、いけ好かない優男。

 しかも夕食に混ざりに行ったら、あいつの甥とか名乗っている子ども、リオもいた。タイミングがドンピシャ過ぎた。絶対にこいつらだ。


 どちらかが聖骸。どちらかが誘拐犯の王族。攫われたのは女の聖骸。

 ミンディはリオこそが聖骸であり、誘拐犯はレジーのほうだと結論づけた。


 リオほど体が幼ければ性別は誤魔化せる。甥として名乗っていたのはフェイクだろう。追っ手をまくには自分の情報は偽証するに限る。


 それに、リオにかいがいしく世話を焼かれて飯を食うレジーは天才肌だが世間知らずだ。王族だというくらいだ、箱入り息子だったのだろう。そもそもレジーは魔術師だ。魔術なんていう小面倒くさいもの聖骸が使うものか。聖骸セオドアがやったみたいに派手に薙ぎ払ってしまえばいいのだ。


 それに聖骸とは直接話したことは無いが、あれだけ祀られた存在なのだからきっと優れているのだろう。なら頭のいいリオが聖骸に違いない。逃走ルートの確保など、奥まった城で守られる側の人間がそうそう考えるものか。


 誘拐犯と被害者。

 モニカがそう例えた対象は、しかし奇妙なことに和気あいあいとした関係性を築いているように思えた。先程のやり取りだってそうだ。頼り、頼られる間柄。それを当たり前と許容する関係。


 ははん。つまり、そういうことか。


 この誘拐、きっと合意だ。

 ミンディの勘が告げていた。正直に言えば、先ほど宿でのリオの言葉を聞くまでは、別にそれ以上の根拠はなかった。


 誘拐だなんだって、あんなに仲が良さげなのはもう駆け落ちみたいなものだろうが! そんなもんに巻き込むんじゃない! 鬱陶しい!


 テオとの関係が思うように進まない不満もあり、ミンディはいっそ短絡的なまでに腹に据えかねた感情を不快感として顕にした。そうしてミンディは彼らの排除を試み、今に至っている。

 ランデブー気分で想い人のトラウマをほじ返されるのは気分が悪くて仕方がなかった。


 ふん、と鼻を鳴らしたミンディが腕を組む。不機嫌を隠さない威圧的な態度に、レジーは不愉快そうに片眉をはね上げた。


「あんたさあ、自分の立場、分かってんの?」


 軽薄でありながらも苛立たしさを隠さない声でレジーが言う。それに対し、あっかんべえ、と舌を出してミンディが応戦した。


 ついに堪えきれなくなったレジーが一歩踏み出したその時、リオの手が上げてそれを制止した。


「英雄ケネスを知っていますか」


 十二を超えた程度のか細い子どもの声で、リオは一つの問いを口にした。




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