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錫の心臓で息をする  作者: 只野 鯨
第二章
116/144

116話 タイムオーバー3

 

【116】タイムオーバー3




「ミンディさん、外へ。いいですね」

「……あー、そうね、悪かったわよ。急に邪魔して」

「そんな言葉どうでもいい。外へ出ろと言っている」


 苛立ったように足を鳴らして言い放ったレジーは、外へ繋がるスイングドアに向けてあごをしゃくった。その隣に並び立つように寄り添ったリオは、レジーの長いコートの裾を握りながらも止めることはない。


「……レジー?」

「テオさん」


 レジーのあまり見ない苛立った態度に困惑したテオを遮るようにリオが声を掛ける。保護者に当たるレジーがいながらも不安げなリオの声に、テオはすぐさま、リオへと体を向けて床に膝を着いた。


「リオ、どうした」

「テオさんは、僕達が邪魔ですか?」

「え?」

「教えてください。僕達はあなたの邪魔になっているでしょうか」


 真っ直ぐとテオを見上げたリオが問うと、テオの背後にいたミンディは小さく息を吐いた。


 ミンディにとって、テオが彼らを邪魔だと言ってくれるのならば、それほどまでに素晴らしいことはなかった。世は全てこともなしとは行かずとも、少なからず思い通りの角のない丸い現状が手に入る。


 けれど、もしそうであるならば、そもそもミンディはこうしてここにいることはなかった。


「邪魔なんかじゃないよ。そんなこと気にしなくていい。君は君のいたい場所にいていいんだよ、リオ。怖い思いをさせてしまってごめんね」


 ミンディの希望とは異なり、やはりテオはリオの丸い頭を撫でながらそう答えた。


 ミンディであれど分かっていたのだ。彼がそれを肯定しないことくらい、彼女にも分かっていた。

 そうであるからこそ、ミンディはテオを他と隔てた特別としたのだ。


 テオは好き嫌いの激しい人間だ。誰にでも優しくするわけでもない男だ。そのくせ、どうでもいいものにこそ、酷く甘い態度を取る人だ。

 けれど、その一見して芯のある八方美人の外側で、大事にされているんじゃないかと錯覚する。その快楽は、譲れない。


 ミンディは小さく息を吸い、そして吐き出した。一歩、レジーと呼ばれた無愛想な男へと近付く。いつかミンディから舌打ちを放たれた男は、まるで仕返しのように顔を顰めて舌を鳴らした。


 一触即発の二人を遮るよう、リオが握りしめたレジーのコートの裾を引く。ひくり、と反応したレジーは、一歩踏み出しかけた足を引いた。


「……いえ、大丈夫です。ありがとうございます。取り急ぎ、それで構いません。ごめんなさい、テオさん」


 コートを握る手と反対で、頭を撫でるテオの手を取り、握手をするように指を重ねたリオが答える。心配そうに眉尻を下げたテオの顔を直視できず、リオはそのほんの少し下、テオの首元あたりを見つめていた。


 悪意のほうがずっと踏みにじりやすかった。リオは自らの選択の礎にそういった軽視があることにも気が付いていた。だからこそ、こうも善意のように繕われては、居心地が悪くて仕方がない。


 先程のことを知らないテオがリオの返事に首を傾げるが、その疑問を口にする前にミンディが遮るように会話に割り込んだ。


「それで、“お話”があるって? 分かったわ。行くわよ。外ね。テオは帰って」

「そうですね。テオさんは帰ってていいですよ」


 すくりと立ち上がったミンディにレジーが賛同する。それに目を丸くしたのはテオだ。唐突に告げられた爪弾きの言葉に、驚いて立ち上がる。


「帰れってそんな」

「帰ろう、テオ」

「ソ……、ベル」

「もういいよ、帰ろう」


 食い下がろうとしたテオの上着の裾をソフィアが握り、引き止める。それを見下ろしたテオと目を合わせたソフィアは、言い聞かせるように同じ言葉を繰り返した。


「もういいんだよね、リオ」

「うん、もう大丈夫。ありがとう、ベル」


 ソフィアの確認にリオが頷く。しかし、蚊帳の外にされたまま、何がどうしてこうなったのか欠片も知らないテオは、未だに後ろ髪が引かれていた。


 最終確認としてテオがレジーとミンディを見比べる。すると、ミンディは小さく肩を竦めただけですぐに顔を逸らした。話すつもりはないらしい。

 仕方なしに、テオはレジーへともう一度向き直った。


「レジー、本当に」

「明日の夜に話しましょう。お願いします。だから今日は帰ってください。今はあなたと話したくない」

「……分かった」


 しかし返されたのは、テオの言葉を遮ってまで明確に告げられた拒絶だ。レジーの意思表示に、テオは小さく頷いた。

 テオの上着をソフィアの小さな手が引く。深く被ったフードの下で、薄緑色の瞳が見上げた男を催促していた。


「テオ、早く」


 ソフィアの言葉にテオが答える寸前、そよ風になびいた糸が頬をくすぐるような感触がする。力ずくでない何かが足ごと体を吊り上げる感覚。テオは覚えのあるそれに、思わず引きつった声を上げた。


「分かっ、た、ちょ、ま、待て、待ってくれ」

「待たない、早く、早く」


 テオの手を取って引くソフィアが言う。いつか坑道の中でそうしたようにテオの体を“操作”したソフィアが、まるで自らをリードさせるよう誘導し、テオをギルドの外へと連れ出した。


 ソフィアの手により操作されたテオの手がスイングドアを押し開けて、無邪気に伸ばされた少女の手を取る。家路に着く兄妹とも親子ともつかないその姿は、一見して和やかなようでいて、その本質はどこまでも、無関心に基づいた人形遊びの域を出ることはなかった。





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