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錫の心臓で息をする  作者: 只野 鯨
第二章
112/144

112話 少年少女9

 

【112】少年少女9




 吸血鬼、そう呼ばれた者の中には人間と争うものもいたのだろう。脅かすものと脅かされるもの、初めにどちらが牙をむいたかは知らない。

 それでも、少なからず、それらを同胞と数えないほどに、確執の深い時期が存在した。

 この時代においては多少なりとも理解が進み、体質としての呼び分けをするようになったものの、国境を跨げば亜人とすら呼ばれる場所もある。


 いずれにせよ、ミンディに対して、周囲の人間、この場合で言うスヴェンが恐怖を感じるのは無理もなかった。

 臓腑より撒かれる魔力の質に本能が怯えるのだ。


 それでも微かな手の震えを無視するようにミンディをなだめるスヴェンの姿を見て、リオは微かに息を詰めた。冒険者だからそうなのか、それともスヴェンが個人としてそういう者との付き合いを心得ているのかは分からない。それでも、異質とされる者に対して対話での接触を選べる人間は稀だ。


 特に、ミンディのように“制御の甘い”者なら、なおさらだ。相対する相手に、より強く恐怖を刻み付けてしまう。


 獣と食卓を囲むのに、二脚の椅子を用意する人間はどの程度いるだろう。

 牙と爪で生き血をすするものだと勘違いした人間が、四つ足の机の上に、二人分の皿とカトラリーをわざわざ並べるだろうか。

 獣の食事を暖める必要性をどの程度まで考える。舌の上の塩と糖を楽しむ嗜好をどれだけ想像する。


 二本の腕と足、一つの頭とつながる胴体。

 同じ姿かたちであるはずのものに対する認識を、魔力という不可視の感覚的資源はどの程度までゆがめるのだろう。


 スヴェンと言い争うミンディを見て、リオの中性的な顔に浮かぶ砂金色の瞳が細められる。その奥に隠されたのが羨望であることに、ただ一人、ソフィアだけが気が付いていた。


 少女独特の細い指がリオの手を握る。ひんやりとしたその感触に、リオがふと顔を上げた。その砂金色の瞳に、こてりと首を傾けたベルの顔が映る。


「リオ、落ち着いた?」

「うん、だ、大丈夫」

「じゃあ行こっか」

「へ?」


 くん、とリオの手が引かれる。気の抜けた声を置き去りにするように、リオの手を取ったソフィアは大通りに向けて駆け出した。


「は!? ちょ、あんたら、待ちなさい!」

「駄目駄目! 待てって! 後からテオに睨まれんの嫌だって!」

「知らないわよ、そんなの!」

「情けないことを言うが、俺は奴にチクれるぞ! いいのか!」

「よくない!」


 走り去る二人にいち早く気付いたミンディが追いかけようとするが、スヴェンがそれを引き止める。

 地団駄を踏むミンディの腕を掴むでもなく言葉で止めたのは、力で引き止めたところで自分が無駄に怪我をする未来しか見えなかったからだ。

 ここ最近のルーカスの機嫌の悪さを思い出したスヴェンは、たとえ自分の所属するパーティの一員だとしても、その聖職者にプライベートで関わるのはちょっとばかし避けたかった。


「逃げられるじゃない!」

「逃がしてんだよ!」


 そんなミンディとスヴェンのやり取りを背中に、リオとソフィアは走り出した勢いを殺さぬまま、大通りへと突入した。




 ──────────




 日暮れの大通りは食事処から流れる香ばしい肉のにおいや、踊るような足取りで帰路を急ぐ人々の陰で満ちていた。祭まで一週間を切り、出店の類も増えている。それでも前年までを思えば、その数は少ない。

 種の侵攻により一年後を望めない街。やがて魔物の足の裏に潰される山。いつかの昔、壁の向こうにもあったはずの街並みを放棄したように、この街の寿命は短く見積もられ、既に諦められた殿となった。


 それでも、いまだこの街に残る人間の顔つきは暗くはない。暖かなスープの湯気が立ち込める食事処へと誘う客引きの声は道の向こうまで届くようだ。祭で死者を送るための笛が並ぶ屋台は、カラフルな様相を見せている。そこここを行く人の視線は足元の土ではなく、そういった営みにこそ向けられていた。


 そんな夕時の街を二人の子どもが駆け抜ける。それはまるで夕飯に間に合うよう、帰路を急ぐ姿に似ていた。リオとソフィア、その二人はギルドを目指し、先を急いでいた。


「あ、もう来た」


 呑気な声とともにソフィアが後方を振り返る。その視線の先には、人混みをかき分けて駆け寄るミンディの姿があった。

 撒いたのか、はたまた気絶でもさせたのか、そこにスヴェンの姿は無い。無骨な装備の重さを思わせない軽やかな足取りが、酷く器用に人々の間を縫って駆ける。


「き、来たの? どこ!?」


 ソフィアの声に釣られて後ろを見ようとして、リオの足が止まりかける。減速しないよう強くその手を引いたソフィアは、リオの手を握らないほうの手を小さく振るった。


「リオ、止まっちゃ駄目」

「で、でも、もう見つかってる!」

「だって彼女、斥候だもの。人探しなんてきっと朝飯前よ」


 リオの手を手放さず、風に攫われそうになる鼠色のケープのフードを被り直したソフィアが言う。薄い緑色の瞳は、彼女がいつでも権能を遣える状態であることを示していた。

 大通りの反対側へと抜けたリオとベルに向けて、ミンディが足を踏み出す。それを確認したソフィアは、意を決するように深く息を吸い込んだ。


「リオ、前だけを見て走るの。いい?」

「わ、分かった!」


 体力がないリオは足をもつれさせながらも、ソフィアの言葉に必死に頷いた。後ろを見ることを止めた砂金色の瞳がギルドへと続く広い道を見据える。


「魔法をかけてあげる」


 深く被ったフードの下の長い髪を、薄緑色へと変化させたソフィアが呟く。耳ざとくその呟きに気がついたリオが、共に走る少女の顔を深く被ったフードから覗いた。


「ベル、何を」

「走って! リオ!」

「あわ、わわ!」


 繋いでいた手から振り回される様に道の先へと押し出されたリオは、転びそうになる足を奇跡的に留めてギルドへと続く道を走った。

 その後ろに着くようにしたソフィアは、小走りで器用にも人を避けて近づくミンディを視界に捉える。


 硬いブーツの底が地面を蹴る。薄く開いた口が酸素を取り込む。人を避ける際に自然と体重を傾ける。視界を広く保つために視線を大きく振りすぎない。そんなミンディの動作ひとつひとつを、その筋肉の動きを、ソフィアであれば手のひらで転がすように理解が出来た。


 間に何があろうとも関係ない。ここは開けた空の下。道のさなか。

 であれば、この程度の距離、既に射程圏内だ。




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