泣き叫ぶ声
人魚がしくしくと泣いていると、優しい蟹が傍にやってきて話しました。
「もう大丈夫だよ。でも、このあたりには来ない方がいい。君が泳ぐには、汚れすぎているからね。ほら、水面を見てごらん。昔は透き通っていたのに、油が浮いているだろう。それに、ガラクタだって。海蛇の兄さんは、ある日突然、家に、センタクキ、が落ちてきたそうだ」
「どうして、そんなものが?」
人魚がしゃくりあげながら尋ねると、蟹は水面を指さして言いました。
「人間だよ。海にそういったものを捨てるんだ。きっとこう思っているんだろうね、自分一人がごみひとつ捨てたところで、大したことないって。ほら、海は広いからってさ」
蟹は人魚の涙を拭いてやりながら、続けました。
「こないだ、浜辺で日向ぼっこをしている時に、ごみ拾いをしてくれている少年が言っているのを聞いたんだ。ひとつくらい、これくらい拾ったって海は元に戻らないって」
蟹は悲しそうに言いました。
「彼らは気づいちゃいないのさ。ひとつくらい、これくらい落としたってなんも変わらない。そう思ってこうなったのなら、ひとつくらい、これくらい拾えば、どうにかなるってことに」
蟹はそう言うと海面を指しました。
「ほら、見てごらん」
人魚が顔を上げると、そこには防波堤の波打ち際に、無数の透明な何かが浮いておりました。蟹はそれを指して言います。
「ペットボトル、ビニールガサ、ビニールブクロ。全部人間たちが捨てたものだ。わざとか偶然かは知らないけれど、きっとみんな、これくらい平気、これくらいなら仕方ない、そう思っていたんだろうね」
けれど人魚はその話を聞いた途端に、顔を真っ青にしました。蟹がそれに気がついて心配します。
「どうしたんだい、お嬢さん」
人魚はその問いかけには答えようともせず、一目散に泳いでどこかへ行ってしまいました。
人魚は泳ぎました。傷ついた尾ひれの痛みも忘れて泳ぎました。あまり速く泳ぐので、つけていた真珠の髪飾りもほろほろとこぼれ落ちていきます。
海亀が、食べていたクラゲ。私はなんて馬鹿だったんだろう。どうして気づいてあげられなかったんだろう。
人魚はようやく懐かしの愛しい海亀の姿を、海の向こうに見つけました。よかった、無事でいてくれている。そう思って人魚は喜びましたが、彼に近づいた時、彼女の世界から音は消えました。
海亀は力なく両のひれを垂らし、波に押されて浮いておりました。
人魚がもう動かない友人に手を触れようとしたその途端、向こうから音がしました。人間の乗る船が、やってきたのです。そして彼らは海亀を見つけると、船に引き上げました。
まって。最後に、お別れを言わせて。謝らせて。助けてあげられなかった。
人魚は両の目に涙を溜めて震える手を伸ばしましたが、船は船跡をのこして去っていきました。その船跡は海面にうつる月を、崩し、それが落ち着くと、月は再びその形を取り戻しました。
その日の明け方、海亀の死を知った鯨のなき声が、世界に響きました。叫んでいるような、泣いているような、かん高くて奥深いその声が、海をも超えて、当たり前のように建物の、部屋の中まで響きました。その声に驚いて、人々は寝床から、起き上がるほどでした。
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