8月と君が
浴衣、声フェチ、クレーンゲームという3つの単語で短編を書けとの司令が下ったので、書かせていただきました。とある小説家さんのグループに所属させて頂きました。
耳を劈く程の轟音に、耳を慣らしながら、とあるゲームセンターに身を躍らせる。
特に意味もなく、ただただ待ち合わせの時間までの暇つぶし。これといって、得意なものもなく、高校生の自分にとっては、お金を吸い取られるだけの施設なのに、何故こんなにも魅力を感じてしまうのだろうか。
世間は今8月。小中高生は夏休みを謳歌し、夏祭りなども頻繁に行われる。先程もここに来る前に浴衣を来た人を沢山見た。皆の目的はただ1つ、この辺の花火大会なのだろうが。
ため息1つ。暑苦しいのに皆さん元気なこって………。まぁこんな日に外出してる自分もそうなのだが。
ブラブラと適当に、意味もなくクレーンゲームの景品となっている商品を覗いてみる。その度に、取れそうなやつがあると、「やってみよっかなぁ」という気持ちに駆られるが我慢だ。この後、結構お金を使う予定なので、こんな所でお金を使う訳には―――――
「………ん?」
とあるクレーンゲームの景品に目が吸い寄せられる。それは、録音機能付き目覚まし時計というものだった。
人の声を録音して、それを目覚ましのアラーム代わりにできるというスグレモノ。脳内にピコーん!と電球が浮かんだ俺は財布を確認。
ふむ………5.700円か………。
ちらりと筐体を見る。そこには500円で6回………。
やるか。500円で頑張ろう。取れなかったら諦めよう。
チャリン!と軽快な音が響き、愉快なBGMが鳴り響き、アームが点滅する。
このクレーンゲームは橋。2つの棒に目覚ましの時計の箱が乗っている。
これ系の取り方の動画とかを昔見ていたため、撮り方は漠然とだが分かる。しかし、何分初めてなので自信が無い。
とりあえず、記憶を掘り起こすかのように慎重に………慎重に………お?
「そうそう、こんな感じこんな感じ」
箱を傾かせ、橋に乗っている角を一つだけにして、橋と角に隙間を作る。それで、確かアームをあの隙間に入れれば何とか取れそうだ。
「ぐぬぬ………もう…ちょい!」
合計6回のチャレンジ。無事、戦利品をゲットすることが出来た。
「おお………」
取れたことにより、感嘆の息がとび出た。受け取り棚から景品を取り出して、戦利品を確保。備え付けてあるビニール袋をひとつ貰い、目覚まし時計を入れた。
すると、トントンと肩を叩かれた。招待を確認しようと振り返ると、ほっぺたにぷにっ、と指で付かれた。
「引っかかった」
にしし、というふうに笑う浴衣を来ている彼女。イタズラが成功した子供みたいな綺麗な笑みを浮かべている。
「………気合い、入ってるな」
「こら、彼女に向かってその物言いはどういうこと?他に言うことがあるでしょ?」
「……………綺麗だよ。似合っている」
「ん、よろしい!」
そして、ビニール袋を持っていない方の手に抱きついてくる。
「何とったの?」
「録音機能付き目覚まし時計。これに君の声でも録音して、毎朝のモーニングコールにするよ」
「えー!それなら私が毎日起こしに行くよ!」
「君………うちの家と君の家は反対側だろ………」
「やだやだ!私の声に浮気しないでー!」
「浮気て………」
彼女の可愛い横暴にクスリと笑いが出る。残念だ。声フェチな自分にとって、君の声は最高にどストライクな声をしているというのに………残念だ。
「君の声も好きだけど………やっぱり、1番は君自身だよ」
「むー。声フェチに言われても説得力がない」
「ははっ……確かにそうだね」
「だから、はい、証明して?」
人差し指でトントンっと自分の口を指さす。俺はそんな彼女の期待に答えて、その唇を塞いだ。
「んっ………」
一瞬だけ触れる。ここはゲームセンターの中なので、少し自重。
「これで大丈夫?」
「うん。満たされた」
先程よりも強い力で引き寄せられる腕。夏で暑苦しいはずなのに、嫌だとは到底思えない。
「………雨は?」
「さっきは降ってたよ。もー、私が外に出ると降るからやになっちゃう」
「君と出かけたら、よく雨が降るね」
「何?」
「いや、とある歌詞から引用」
ゲーセンの出口を覗くと、確かに雨が降っていた。しかし、いつもの経験上、この雨はすぐに止むので、夏休みが中止になることは無い。
8月。君と歩んだ、特別な夏。
目を閉じて、思い出すのは昔の情景。
今、君はどこにいて、何をして、何を思っているのだろうか。
8月の今日。あの日を思い出す、特別な日。俺は、今日も君に向かって、両手を合わせて思いを馳せた。
昨日まで笑顔で挨拶をしてくれた人が、突然消える。そんなことを経験したことがありますか?