宣言しました
「お姉様。私、決めましたの!」
「あらあら。レディがそんな大声を上げてははしたないわ」
家族全員が集まった朝食の後、8歳のお姉様が優雅に食後のティータイムを嗜んでいるところへ突入する。
さらりと窘められていても、今の私に大切なのは夢に見た内容なの。
「お姉様が悪者にならないように、頑張ります!」
「わるもの?」
今朝視た夢のことだ。お姉様が知らないのも無理はない。
私は少し興奮気味に今朝視た夢の話を伝える。
「お姉様がある夜会で、王子様にお別れを告げられる夢をみましたの。学園にいる間によってきたシ……シル……そう、シルビエ様という方に王子様が惚れてしまって、とある夜会で『婚約を……えっと……破棄? させてもらう』と言われてしまうのです!」
お姉様はうんうんと頷いて、一区切りつくまで私の話を聞いてくれた。
夢の中で言っていたことは正直私には難しい言葉ばかりだけど、思い出してみても、私達は何も悪いことはしなかったと胸を張れる。
「お姉様。婚約破棄って、悪い言葉ですよね?」
夢の中の彼らがしていた見下すような視線というのは、私が世の中を知らないお子様でもわかる。確か、蔑んでいる、というのよね。
まだ私はお母様やお姉様のような小説というものは読めないから、文字の練習をしているところだけど、難しい言葉がわからなくたって、破棄という言葉が悪い言葉だって、彼らの口調から察せられた。
お姉様はスッとどこかに視線をやると、お姉様付きのマリーという侍女以外は音もなく退出する。それを不思議に思っていると、
「そうね。婚約破棄とは悪い言葉よ。続けて頂戴」
と、おっしゃったので、私は勿論続きを話す。
「王妃でんかとお姉様がご用意していた他国とのお茶会に、シルビエ様が招待状もなしに入ろうとしたので、私が追い返しましたの。そしたら、それも含めてシルビエ様にお姉様が意地悪をされていたことになってしまってて。しかも、他国に我が国の情報を流したからって王子様がほば……えっと、そう、私達を捕縛? しろっておっしゃったのですわ」
「なるほど。最後はどうなってしまったの?」
お姉様の問いかけに、私はしゅんとしてしまう。
私だって、自分達がどうなるか視たかったのだ。
悪いことなんてしていない私達は、きっと大丈夫だと思う。でも、相手は王子様だ。王族はこの国の一番えらい身分の人々。それは、私にもわかる。
そんな人からあぁもひどいことを言われて、そのままなわけがない。
「わかりません。えっと、ドルトンという幼馴染が私に剣を向けてきたので、とても腹が立って、掴みかかったところまでしか視てないのです」
貴族というのは8歳になるまで基本的に家族以外とは会うことがない。
と、いうのも。今の私もそうだが、お姉様の年である8歳になるまでに、家族以外と会っても失礼のないように教養を学ぶことが優先されるからだ。騎士の家系等はそうでもないらしいが、父と母も騎士ではないので、私とお姉様は普通の貴族の子供と同じように、8歳までは教養を学ぶ為に極力他家と関わることはない。
8歳になると、貴族は春に行われる王妃様主催のお茶会に呼ばれて、お披露目となる。
王子殿下や王女殿下方がいらっしゃった場合は、御学友や婚約者の選別も兼ねたお茶会となるのだ。数日間に渡って行われるお茶会で、気の合う友人を初めて作ることになるそう。
お茶会までに、決して見苦しくないように、皆に褒められるようなレディになれるように頑張りましょうねっていつも家庭教師のリンネ先生は言うけれど、頑張った結果が夢の状態なら、頑張ることになんの意味があるというのか。
「幾つか質問させてほしいの。王子様はどんな方だった?」
「……お姉様と良く似たきらきらした髪で、紫のお目でした」
よくよく思い出しながらお姉様に伝えると、そう、と一言だけお姉様は言う。
私もお姉様も昼間の空を写し取ったような色なので、王太子殿下とは色が全く違う。
周りにいる侍女や家族だって、青や緑に近い色がほとんどなのに。
「では、そのドルトンという方は」
「紅茶みたいな髪色で、お目は……黄緑だったかしら。王子様の側近という役職だったはずです」
剣を向けられたことにばかり目がいってしまったが、王太子殿下よりも特異な色ではなかったはずだ。
「マリー」
お姉様がマリーを呼べば、足音もたてずに、マリーは近寄った。
「はい、お嬢様」
「騎士の家の者に該当する者がいないかどうか調べて頂戴。内緒でね」
「ですが」
子供の戯言だろう。そうマリーが言いたげであることは分かった。
それにちょっぴり落ち込む。マリーにそう思われていることにもそうだが、よくよく考えてみれば、夢の内容を本当にあることだと思いこんで話してしまうのは、かなり頭のおかしな子に見られてしまったのではないかと。全部をお姉様に話して今更だと思うが。
落ち込んだ私と、訝しんだマリーに、お姉様は首を振った。
「マリー。考えてもみなさい。夢の内容をこんなにも鮮明に覚えているのも、先日のお茶会で会ったばかりの王太子殿下の特徴を言ってもないのに言い当てるのも、こんなに難しい言葉を言うのも、全部おかしいわ。この子はまだ絵本しか読めない6歳よ。」
おかしいと正面から言われて、流石にショックだった。
お姉様は困ったように眉を下げて、私の頭を撫でる。
「使用人共の噂を聞いただけかもしれません」
「けれど、他家の、しかもこの子の幼馴染になるような身分で夜会に剣を持ち込める騎士となると、本当にそのドルトンという子がいるか確かめてからでも遅くはないでしょう」
今回のお茶会に該当する子はいなかったはずよ、と、おっしゃるお姉様はとてもかっこいい。私とたった2歳しか違わない8歳とは思えないくらい、マリーを圧倒している。
なんだろう。こう『お姉様素敵!』って叫びたいこの気持ちは。
「お姉様。信じてくださりますか」
「イリアの言うことだもの。信じたいわ。でも、マリー達がこっそり調べるから、もし、見つからなかったら、夢は現実にならない証拠になって、イリアも安心できるでしょう」
令嬢を調べるよりも、殿下の側近になりうるドルトンという子供を調べるほうがはやい。小さい子の空想にしては、些か行き過ぎだから、調べるのを手伝ってあげるとお姉様はおっしゃった。
「イリア。約束しましょう。この夢のことは、誰にもいわないこと。お母様やお父様にもよ。私とイリアと、それからマリーだけの秘密」
夢の中でも罰せられそうだったのだ。王太子殿下の悪口を言うのはとてもいけないことなのだと、幼心にもわかった。
それよりも、お姉様は一切私を否定することなく、しかも調べてくれるとまで約束して頂けたのだ。私も、お姉様との約束は守りたいと思って頷く。
「でも、本当だったら?」
「その時は、また一緒に考えましょう」
お姉様はとても頭がいい。私よりは何倍も。
お姉様のためなら、私はなんだって頑張れるだろう。
「勿論です。お姉様」
そう約束して、私も本日の予定通り、午前の勉強をしにいくのであった。
2020/5/10 題名に身内を貶めるような言葉は良くないと思って、波線部分だけ訂正しました。