夢を見ました
「カティア。君との婚約を破棄させてもらう」
「殿下、お待ち下さい!」
華々しい夜会で、その事件は起こった。
貴族令嬢の模範と呼ばれるほどの美しいお姉様が、本来ならば煌めく黄金色の髪を振り乱して、壇上にいる青年──王太子殿下の宣言に淑女らしからぬ叫び声を上げた。
「カティア。君にはがっかりだよ。貴族令嬢の模範と呼ばれた君が、まさか、シルビエに嫉妬してくだらないことをするばかりではなく、隣国に情報を売り渡していた等と」
うんざりとした表情でそうお姉様に言い放つ王太子殿下を、誰も止めることはしない。
お姉様は隣国の客をお茶会でもてなしていた事は周知の事実。
しかしそれは、陛下より見込まれて、王妃殿下とご相談の上に開かれたお茶会だったはずだ。それに、おそらく王太子殿下の言いたい我が国の情報とは、近々王家主導で行われる事業のことだろう。お姉様を手伝う傍ら、うろちょろする目障りな存在を何度もあしらったのだから、その中に王太子殿下の手駒が紛れていてもおかしくはない。
そもそも、そのお茶会自体がその根回しのはずだ。
王妃殿下も出席するはずだったが、体調不良により、お茶会自体の責任をお姉様一人で一身に背負われ、見事果たされた。
「それは、どこの情報でしょうか」
「この国の貴族であるシルビエを呼びもせずに、出席しようとしたシルビエを冷たく追い出したそうじゃないか。今までも、彼女に多くの嫌がらせをしたことは報告を受けているし、私の手勢からの情報もある」
なるほど。ざっと視線を回して、お姉様の反対派閥に属する令嬢達がわずかに口端を強張らせたのが見えた。自分達がやったことを、お姉様がやったのを見た等と嘘の証言をしたり、シルビエ様の味方であるかのような素振りで自分達の立場を高めようとしているのは知っていた。
そろそろ締めるべきかと思っていたが、先に王太子殿下が行動に出てしまった訳だ。
ちなみに、王太子殿下が庇われている男爵令嬢のシルビエ様だが、招待状も出していないのに入ってこようとしたので追い出したのは覚えている。他国の重要な客人をもてなすお茶会で、招待状もない、同じ派閥でもない末端貴族の令嬢が出席できるわけがない。
それに、王太子殿下の手勢とは誰のことか知りたい。純粋に。
あのお茶会では護衛に至るまで念入りにお姉様と2人で、万が一漏れでもないように完璧に仕上げたはずなのだ。他国に情報を渡したなんて嘘、裏切り者を締め上げてやりたい。
「動かないでね」
前に出ようとした私に剣を向けたのは、去年辺りからシルビエ様に熱を上げている幼馴染兼王太子殿下の側近であるドルトンだった。
周囲にいた貴族たちは抜刀したドルトンに驚いて、一気に飛び退る。
こんな夜会で抜刀するなど、貴族の風上にもおけない行為に淑女の仮面が剥がれ落ちそうになるが、なんとかこらえて微笑みをむける。
「これはどういうことかしら。ドルトン」
「僕を呼び捨てにしないでくれるかな。君がシルビエをお茶会から追い出しただけじゃなく、僕たちの邪魔をしたのは分かっているんだ」
「イリア!」
お姉様が私の心配をしてくれるのはとても嬉しいけれど、まずは自分の心配をしてほしい。
「詳しいことは別室で聞こう。君達の罪状も陛下と相談しなければなるまい。この2人を捕縛せよ!」
そう言って、シルビエ様と退場する王太子殿下。
そんな王太子殿下に対して、間違いだと、何故と叫ぶお姉様。
ふざけるな。私は自分に剣を向けるドルトンへまず手を伸ばして──。
*****
「まずはお前からだ!」
そう叫んで飛び起きた6歳の私。イルリア・オルコット。
まるで最近話題の悪役令嬢小説のような、様式美あふれる夢を本気にして。
お姉様を悪役令嬢にしない為に頑張ろうと決意したのである。
まさか、衝動にかられてこんなものを作ってしまうなんて。
昨日の私は想像していなかったに違いない。