8. 約束
「ふぁぁ………!おはようございます……」
あっという間に休みは過ぎ、今日は月曜日。
登校する準備をし、制服に着替え、顔を洗って、朝ごはんを食べに行く。
「おはよう」
「おはよう」
フミさんとシュンさんが俺に返す。
先生はもちろんもういない。
そして………
「…………………おはよう」
少し遅れて、早瀬さんが俺の方を見て、おはようを返してくれる。
(かわいい…………)
以前までは返してくれなかったし、返したとしてもこっちを見たりはしなかった。
こないだのすごろくの一件以来、ほんの少しだけ、俺に心を開いてくれたみたいだ。
そうして、顔の緩みを必死に抑え、朝ご飯を済ませると登校の時間となる。
早瀬さんはいつも、俺が出てから5分後ぐらいに出ている。
今日も今日とて玄関に立ち、みんな見送りの下、出ようとする。
「それじゃあ行ってきます」
「…………………いってきます…………」
「いってらっしゃい………えっ!?」
早瀬さんがいつのまにか俺の横に立ち、同じく「いってきます」と言っていた。
思わず条件反射で返事をしまったが、どうして早瀬さんがどうして今?
「あれ、早瀬さん今日早いの?」
そう聞くと、早瀬さんは首を横に振りながら答える。
「…………………別に」
「じゃあどうして?」
「えっ?………だって、約束………」
(約束?約束って……………)
『たまにでいいんで、こうして遊んだり、話しません?』
『でも………ありがとう……………』
『や、約束ですよ!』
『……………わかってる』
(あっ!もしかしてこないだの………)
「…………………登校する時間ならそんなにずれないし…………いいかなって思ったけど……………い、嫌なら………!」
「い、いや!全っ然嫌じゃないです!むしろお願いします!」
「…………………そ、そこまで言わなくていい」
「く、くぅぅ……………!」
俺は思わずその場しゃがみ込んで、ガッツポーズをしながら、変な声が出てしまう。
「どうしたの世良くん!?糞詰まり!?」
「違うわ!」
こうして、俺たち2人は一緒に家を出る。
と言っても別段話す内容があるわけではない。
2人の間は1.5メートルほど空いているし、普通に気まずい。気まずいが………!
(この気まずさすら嬉しい!)
顔のニヤニヤが止まらず、思わず手で顔を覆ってしまうほどである。
ちらりと早瀬さんを見る。
いつもと一緒。特に不満そうな顔をしていない、静かな表情だ。
(約束って言ってたし、喋りかけてもいいってことだよな?ここで話しかけなきゃ男じゃない!)
「は、早瀬さんは趣味とかあるの?」
「…………………特にない。本はよく読む」
(よかったー!返してくれた!)
「へ、へー。俺って基本的にラノベぐらいしか読まないから…………どんな本読んでるすか?」
「…………………いろいろ」
「ラノベも?」
「…………………私は基本的に雑食系。あらすじ見て面白そうだったり、試し読みしたりして面白そうなら読む」
「へぇ………どんなジャンル?」
「…………………それもこだわりはない。でも、ミステリーとかの方がよく読むかもしれない」
「じゃあ恋愛系とかも読むんですか?」
「…………………どうして?」
「い、いやぁ………深い理由はないですけど、年頃ですし…………」
「…………………まぁ、読むときはある。もちろんコメディで笑ったりもする。でも、あんまり恋愛は私はわからない。そういう気持ちになったことない」
(マジかぁ…………!)
恋したことないのかー。
頑張れば俺が初めてに…………
「あ、でも告白されたりとかはあるんじゃないですか?」
「…………………そんなの、あるわけない」
「えー、でも早瀬さん可愛いのに………」
「っ…………!」
そう言うと、早瀬さんが急に立ち止まる。
「早瀬さん?」
「…………………べ、別に!なんでもない………」
早瀬さんはさっきより少し早足で進む。
(顔、真っ赤だったなぁ……………)
照れてた。照れてるとこも可愛いかった。
結構軽く言ったふうに見えるが、可愛いと言うとき、ちょっと声がつっかえかけた。
おまけに緊張で心臓はバクバクだ。
(はぁ…………可愛いなぁ………)
前を見ると、すっかり離されている。
俺は小走りで早瀬さんの下へ向かった。
「おはよ〜」
クラスのみんなに一応挨拶をしておく。
早瀬さんとは、さすがに教室まで一緒に入るわけにはいかないので、校門前で別れた。
「よっ!おはよ!」
桐生が早速近づいてくる。
すると、それに続くようにゾロゾロといつもの水野グループが来るので、みんなで時間いっぱい駄弁る。
本当は早瀬さんに話しかけに行きたいが、さすがに学校内でそんなことをしたらどんな目で見られるかわからない。もちろん本人に。
そんなことを考えながら友達とただ話す。それが俺の日常となっている。
こうして、その後も退屈な授業を終え、昼休みにはいった。
「世良〜、一緒食おうぜ〜」
「おう。学食だけどな」
「はは、知ってる知ってる」
ちらと、早瀬さんを見る。早瀬さんも弁当はないので、当然学食となる。
早瀬さんは本を片手に相変わらず一人で学食に向かおうとしている。
(ほんとは一緒に食べたいんだけどなぁ…………)
あの人がもうちょっと人当たりが良かったら。
というか、なんでそんなに一人が好きなんだよ!
「じゃ、今日は俺が買ってくるわー」
席を確保するために、今日は桐生がご飯を運ぶ番だ。
これはチャンス。早瀬さんを探す。かなり近い席だ。
と、俺は立ち上がり、早瀬さんの下まで歩く。
早瀬さんは一人で黙々と何やらうどんを食べている。
「早瀬さーん」
「…………………なに」
俺が話しかけると、早瀬さんはこちらを一瞬向いて、またすぐ視線を落とす。
「うどん、好きなんですか?」
「…………………まあまあ」
(会話が続かねー…………)
ふと、早瀬さんが持ってきていた本が視界に入る。
『月影の楼』と書かれた本。
「あっ、俺その本知ってます!前、読書感想文で読んだk「ホント!?」
「え、えぇ……」
俺が読書感想文のために一度読んだ本。
俺が読んだことがあると伝えると、若干食い気味に食いついてきた。
今も、目をキラキラさせている。
「その本は基本コメディだから結構ハマって……」
「そうそう!主人公がすごい変人で!あのちょっと性格歪んだるところが面白いんだけど、どこか憎めなくて!ハロウィンのときの話とか!」
「あっ、俺もあそこはアホすぎて笑っちゃいました。それなのにあのラスト……」
「あの切ない感じね!でもあそこって私、2通りの解釈ができると思うんだ!だってほら!あそこのシーンで──────!」
「え……」
「しかもあそこが──────!」
早瀬さん…………
かつてないほど喋るやん………
ダメだ………前に宿題のためにちょっと読んだだけだったし………
でも………こんな顔もするのかぁ………
早瀬さんは目を輝かせ、嬉しそうに話す。
早瀬さんはどちらかというと、話すのが得意ではないはずだ。
それなのに、自分の好きな物をここまで一生懸命話そうとしていることを、俺はどこかカッコよく見えた。
「それでね!?」
「は、早瀬さん?」
「ん?」
「ご、ごめんなさい…………俺、そこまで詳しくない…………」
「あ、そ、そっか…………そうだよね……」
そう言うと、早瀬さんはやがて耳まで真っ赤にする。
「…………………わ、私も……ごめん!ご、ご馳走様……」
早瀬さんはすぐさま席を立つ。追いかけたいけど、俺もこれ以上はここにいられない。
だから、ちょっとだけ………腕を掴む。
「早瀬さん……結構喋ったりするんですね」
「…………………別に。今までこの本知ってる人に会ったことないし、そもそも、私みたいな人に会ったことなかった。友達と話すより、こうして一人で本を読んでる方が、私は好き………」
「そうだったんですか………」
「…………………今日はちょっと………取り乱した。もう行くから………」
「早瀬さん!」
「…………………なに」
「約束でしょ?話したいってのは、俺が一方的に早瀬さんに話しかけることじゃないんですよ。さっきの早瀬さんの目、キラキラしててかっこよかったです。楽しかったんでしょ?せっかく約束したんだから、またこうして俺に本のこと教えてください。早瀬さんがオススメするなら、俺、その本読みますよ!」
「…………………そんな気遣い、いらない………」
「でも……!」
「…………………約束………だよ?」
早瀬さんは俺の方を振り返る。
「は、はい!」
「…………………あ、ありがと………」
早瀬さんは俺に嬉しそうに微笑むと、そう言う。
そして、俺の下を去って行く。
俺は思わず、その場にしゃがみ込んでしまう。
顔の緩みを隠すため、下を向き、頭を手で覆う。
すると、脱力しきったため息が溢れる。
早瀬さんの笑顔が俺の頭を支配する。
「はぁぁ………………あの顔は、反則すぎる……」
幕間 その後の世良と桐生。
桐生「なんだお前、ニヤニヤして気持ち悪いな」
世良「うふふふふ………」
その後の早瀬さん。
早瀬「はぁ………つい暴走しちゃった……」
(でも、楽しかったな……)
先生(今日の彩ちゃん……なんかテンション高い……)
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