妹 2
ダートディクスから最寄りのMid space nine基地に報告を上げて以来、市場にて監視を続けている。
アクアツィートルの少女は、まだ買い手は付いていないようだ。
情報によれば、かなりの希少体で値も張るため、拐かしてからまだ買い手が付かないと、売主のオヤジが愚痴っていたらしい。
基本的に、異星の者を買うのは、観賞用だ。
珍しい姿や美しい見た目の者を手許に置く事により、他者へ自らの豊かさを誇示したりする手段の一つなのだ。
様々な星の人との交流がある現在では、一歩地球連邦の干渉域を出てしまうと、そう簡単に自分と同じような種族には出会わない。
中でも、人買いの中で人型が人気なのは頂けない。
軍の後ろ盾があると分かっていても、地球人だけで艦から降りると危機感を感じてしまう時がある。
ましてや、目の前にいるあの少女は、たった1人で母星から攫われて様々な星の市場で晒されて来たらしい。
大切な商品だからと手足を傷めぬよう、拘束具を布越しに嵌められてはいるが、拘束具である事に変わりはない。
アクアツィートル人は華奢な見た目に反してなかなか剛腕な為、たとえ手中に収めたとしても、拘束具を外す事は出来ないだろう。
だが、彼女の神秘的な青紫の瞳と夜空の闇と星々の輝きを織り込んだような美しく長い髪は、その可憐な容貌と相まって、権力者の力を顕示するには格好のモノだった。
そういう意味では、少しでも美しく整えて高値で売る為に、彼女は今はまだ重宝されている筈だ。
だが、見るからに憔悴しきっている。
痩せ細った腕に嵌められた太い拘束具が、更に彼女の腕を細く見せる。
恐らく、ろくに食事が喉を通らないのだろう。
ぐったりと横たわった状態で、虚に開かれた青紫の瞳は市場の人の流れを見るとは無しに見つめている。
もう少しだから。
頑張って欲しいと、思う。
あの人なら、何とかしてくれる。
そう信じたからこそ、彼女にだけ知らせた。
他の誰に知らせても拘るなと言われそうで、報告先に迷った。
彼女なら、無碍にはしないと思えたから。
カノア司令官に初めて会ったのは、基地始動式だった。
上官に付いて参加していた私は、挨拶に来た少女に驚き、思わず手に持っていたグラスを落としそうになった。
その際、慌ててグラスを持ち直そうとして幾分低い位置にあった彼女の肩辺りにシャンパンをかけてしまった。
「大丈夫ですよ。気にしないでください」
にこりと笑ってハンカチで肩を軽く叩いたカノアは、直ぐにハンカチをしまい、右手を私に差し出した。
「ライアン・ブラウン少佐ですね。初めまして。カノア・カルティア少将です。なにぶん若輩な為、わからない事も多いですので、ご指導の程、宜しくお願いします」
まず、名前を呼ばれた事に驚いた。
私は飽くまでも上司の付き添いで来たに過ぎず、又、本来此処へ来るはずだった副官の替わりに急遽指名されただけだ。恐らく出席者リストにも名前は無かった筈だ。
なのに、彼女は躊躇いもなく私に名前で呼び掛けた。
「……初めまして。カルティア少将閣下。この度は、司令官就任及び少将への特進、おめでとうございます」
「ありがとうございます。確かゲイル中将閣下に付き添われていらっしゃいましたね。今日はレイモンド・ロバーツ大尉の替わりですか」
質問に、今日の出席者の人数を考えてみる。
そして、会場の広さとその様子。
「お察しの通り、急に家族が急病に罹ったとの連絡があり、急遽私が中将について参りました。よく私の名前をご存知でしたね」
驚きを隠せず正直に応えると、少女は明るいスカイブルーの瞳に静かな光を浮かべたままじっと私を見つめた。
「皆様、私がこのような立場になっている事に疑問や不満、人によっては憤りを抱えながらも、貴重な時間を2、3日潰してまで、わざわざこんな遠方まで来て下さっています。大佐も、本当なら休暇を取ってご家族と過ごされる予定だったのでは?」
疑問というよりも確認に近い声音で言われて、彼女が恐らくは私の休暇予定と、家へ帰る為の船をキャンセルした事を知っている事を確信する。
それらは、各士官の居場所を確認出来る様に予定の提出を義務付けられている連邦の人事ファイルにアクセスすれば容易に知れる事なのだが、逆に言えば、そのファイルを確認し無ければ、分からない事だ。
つまり、彼女はわざわざ私が此処へ来た経緯の全てを把握した上で私に挨拶に来たという事なのだ。
改めて、今日の出席者数と会場の様子を脳裏に思い浮かべる。
これが、彼女の敬意の表し方なのだ。
「もしかして、この会場にいらしている全ての方々の予定等もご存知なのですか?」
戦慄し、声が少し掠れた。
「私は、私に大切な家族があるように、皆さんにも大切な家族や大切な存在があり、その方々の大切な時間を共有していただけるのですから、抽出して頂いた大切な時間について感謝の念を持つ事は当然の事と思っています。その確認の為にファイルにアクセスさせて頂いた事がもしご不快に感じられたのでしたら、申し訳ありません」
謝罪に、慌てる。
「否。少将の権限があれば、それは謝る必要の無い事です。むしろ、そこまで心を込めて頂いた事に私が感謝の念を禁じ得ません」
言葉に、一瞬驚いたように目を瞠った後、綺麗に破顔した。
「恐縮です」
ああ。
この子の笑顔は、カルティア大将閣下の笑顔にそっくりだ。
以前ゲオバルク大将閣下と声を上げて笑っている姿を見掛けたことがあったのを思い出す。
挨拶はそこで終わり、私の前を丁寧な挨拶で辞した彼女は、その後も会場を忙しそうに、そして丁寧に、1人残らず挨拶して廻っていた。
きっと、1人1人に、彼女なりに来てくれた事への感謝の意を伝えたのだろう。
人を見て、その人の背景を見て、その人を大切にする事が出来る。
彼女なら、たとえ違う星の少女であろうと、見捨てたりはしない筈だ。
拘るなと言われない為に。
私は彼女にしか伝えなかった。
それは、私があのアクアツィートルの少女を助けたいと思った事に、カルティア少将の人格を知った上で彼女を巻き込む為に、私がとった卑怯な策略かも知れない。
だが、彼女なら。
こんな哀しい事を見捨てる事は出来ない筈だ。
今日、私は彼女の指示で、あのアクアツィートルの少女の拘束具を解く為のレーザーも持参している。
きっともう直ぐだ。
もう直ぐ自由になれるから。
だから、頑張ってくれ。
1人残して挨拶して、最後の1人とは式後に部屋でお茶したんですけどね。
大佐から見たら、1人残らず挨拶して廻ってるように見えた…と。
注釈まで。。