妹 1
「いやー。まさかあんな処で救難信号を受けるとはね。たまたま辺鄙な航路を通ってて良かったよ」
ニコニコと笑顔で話し掛けられて、赤毛の美女はしおらしく頭を下げた。
「本当に助かりました。海賊に追われて逃げ切れたのは良かったのですが、船を破損してしまい、燃料が切れ……。本当にありがとうございました」
改めて深々と頭を下げた美女の横で、小柄な少女もぺこりと頭を下げた。
「あんた達、何処に行くつもりだったんだ? 通り道なら送って行くよ。ええっと…」
「私はフェリシア。妹はルノアです。妹と共にダートディクスの両親の元へ向かう途中でした」
「ご両親がダートディクスにいるのか。俺はクブラスだ。貿易商をやってる。良かったら送って行くよ。ちょうど通り道だ」
申し出に、フェリシアが美しい赤茶色の瞳を細めた。
「ありがとうございます。クブラス様はどちらへ?」
質問に、クブラスと名乗った男は青紫の瞳を瞠った。
「あ〜っと。そうだな。ついでだからダートディクスに寄って新しい商品でも仕入れてからNGC5236へ向かおうかなと」
「M83系は元々向かう予定だったのですか?私達が居るからと変更されてはいませんか?」
フェリシアの問いに、クブラスの目が空中を彷徨う。
「もっ元々予定なんて行き当たりばったりだから気にするな。それよりルノアだったか。妹も疲れてんだろ。部屋を用意してやるから今は休め」
ルノアのプラチナブロンドの頭にゴツゴツとした骨ばった手をぽんと乗せてクブラスが言う。
助けてもらった手前あまり食い下がるのも失礼かと、フェリシアも大人しく引き下がる。
「ありがとうございます。ではお言葉に甘えさせて頂きます」
姉妹が部下について大人しく出て行くと、副官でもあり、表向きは参謀兼まとめ役のデュールがすっとクブラスに近寄る。
「とても気遣いの出来る方々ですね」
デュールの言葉に、クブラスは黙ってフェリシアとルノアの出て行ったドアを見つめる。
「随分と綺麗な人型だったな。恐らく地球か月から来たんだろうが、ダートディクスにいるってぇ親はあんな可愛い娘を2人だけで来させるたぁ虐待じゃないのか?」
憤るクブラスに、デュールが頭を抱える。
「あー…。あなたは地球や月系の人型が好きですからね。特にあのちっちゃい方とかが庇護欲そそってるんでしょうね」
「あったり前だろ⁈ 護られるべき地球や月系のひ弱な人型が海賊に追われたんだぞ⁈ んで、この広い宇宙の片隅で救難信号出して震えながら助けを待ってた何て考えたら、航路なんて変えるだろうがよ‼︎」
出た。病気。
クブラスは、星全体の約9割が水で覆われたアクアツィートル星の現王の第2王子で、その瞳の濃い青紫はその象徴でもある。
よく見なければわからないように常時隠してはいるが、指の間には水掻きがあり、その肌は触ればザリっとしているのが分かる。
肌の色は変えられるので今は肌色にしているが、素の色はもっと透き通るように青白い。
デュールもアクアツィートルでは親衛隊長なので肌の色は似たようなモノだが、瞳の色は薄いアクアマリンだ。そして、これも隠してはいるが、本来なら長い鉤爪が生えている。
そもそも王族のクブラスやそのお付きのデュールが貿易商をしているのは、事情がある。
彼女達が襲われたと言うように、宇宙は広く目の届かない所も沢山あるため、海賊が跋扈しているのだ。
そして、彼らが狙うのは金目の物や重要な情報だけでは無く、希少価値の高い人型だ。
アクアツィートルの住人も、水用型人型としては珍しいらしく、誘拐され取引されることもある。
ただ、アクアツィートル星の人間は、華奢に見えて怪力で、余程準備万端に拘束具を用意されない限りはたとえ女子供であろうと下手な異星人に捕まったりはしないが。
又、地球や月の人型は宇宙でも珍しい部類に入り、高値で取引される。
そもそも、彼女たちを保護したこの辺りは、元々宇宙を警邏する艦隊の空白地帯になっている。
最近そこを埋めるべく新しい基地も出来たらしいが、いかんせんまだメインルートを確認しながら往来している段階で、警邏を強化するには到らない。
「送り届けたらそろそろ一旦母星に帰りますか?」
滅多に捕まらない、筈の自分の妹が誘拐されて、行方不明になったから。
それを探すために貿易商を隠蓑に宇宙を探し回ってはや2年。
ぼちぼち一度星に帰った方が良い頃合いでもある。
ダートディクスはアクアツィートルに帰る道筋でもあるし、それは悪くは無い案ではあるのだけれど。
「否。あいつらに言った通り、NGC3256に寄って、人買い達の情報を確認しよう。ネリの情報が入るかも知れない」
可愛い妹。
ちょうど、今日保護したルノアと同い年くらいだろうか。
否。
あれから2年も経ってしまった。
あの子もそろそろ18になる。
1番、美しく変わる時期だ。
早く見つけ出して、連れ帰りたい。
「承知しました」
王女で無ければ。
その瞳が珍しいと、捕まる事は無かったかも知れない。
「ダートディクスまでは高速ワープで2日ってところか?」
「そうですね。彼女達のショックも大きいでしょうし、早く親許に返してやりましょう」
彼女達が、海賊に捕まらなくて、本当に良かった。
こんな思いをする家族は、もう1人も増やしたく無い。
「航路、目標、ダートディクス、エンゲージ」
目標を定めて、船が動き出した。
「隠すのが下手ね」
あてがわれた部屋に入って早々に発した言葉に、ルティシアが苦笑する。
「まだ若そうですからね。それでも、あなたよりは年上ですよ」
言われた少女は、不愉快そうに眉根を寄せた。
「私より年下で船を持ってて自分の意思で宇宙を移動できる人はなかなかいないわ」
「それは自慢ですか?」
「皮肉よ」
明らかに私達のために航路を変えたにも関わらず、ちょうど通り道だと言ってみたり、そこを指摘すれば元々行き先は行き当たりばったりだから気にするななどとごまかしてみたり。
それが、彼の優しさからくる拙い嘘だと言う事は容易に分かったけれど。
「それより、遺伝子サンプルは採れた?」
言葉に、ルティシアは頷いた。
「はい。やはりアクアツィートル星の方達ですね。主に私達とお話しをされていた方は王族かも知れません」
「……報告と同じ瞳の色だったわね」
「青紫の瞳は王族の象徴らしく、その為に攫われたものと思われます」
「アクアツィートルにはまだ遺伝子レベルで人を監視するシステムが無いと聞いているから、なかなか見つからなかったんでしょうね」
探知ビームを強力にすれば、星の上空からでも人1人探すことが今の地球連邦の技術ならば可能だ。
だが、彼らにはまだその技術が無いらしい。
あの瞳の色が王族の象徴であるというのならば、捕まっている少女は先程の青年の身内だろう。たまたま案内役に選んだつもりだったが、彼らもまた、捕まった少女を探している可能性が高い。
優しそうに微笑んだ青紫の瞳を思い出す。
常に千々に乱れる心を制しながら大切な人を探しているのだろうに。
私達に心を砕けるあの青年の優しさに、嘆息がでる。
『ダートディクスの市場で、アクアツィートル人の珍しい青紫の瞳の少女を見かけました』
強力な拘束具で拘束され、口も聞けない状態で水用型人型として檻に入れられていたらしく、地球人が売買されていないかを監視する地球連邦の密偵が市場を警邏中に見つけた。
だが、アクアツィートルの人間は非常に力が強く、その場で助けたとしても地球人では信頼されないかもしれない。
その場合、解放しても、彼女を安全に保護できない可能性がある。
それに、人身売買は宇宙規約でも禁止はされているが、影で推奨する野蛮な星はまだまだ多い。
宇宙のパワーバランスを考えれば、表立って地球連邦として助ける事は難しい。
ただでさえカノアは基地で大人しくしてるように言われているのに、地球人が捕まっているならまだしも、今回は地球人は捕まっていない。
つまり、他所の星の問題に首を突っ込む形になってしまうのだ。
さすがに上には報告出来ないし、最低限の人員で計画を練ったが、やはりMid space nine として関わる事は出来ないので、良心を利用して心苦しいが、海賊に襲われたという体で乗り込み、少女の元まで案内する事にしたのだ。
クブラスの船にアクアツィートル人が乗っている事は探知で確認出来ていたし、航路からあの場所で遭遇出来ることも計算出来ていた。
「後は、ダートディクスに着いてからが問題ですよね」
今回、カノアの無茶振りに有給を合わせてとってくれたルティシアが、豊かな赤い髪をゆったりと一つ括りにする。
「そうね。私達だけ降ろして『はい。さよなら〜』って船出されちゃったら駄目だから、一緒に市場まで行かせなきゃだし」
そう。
彼ら自身に助け出させなければならない。
それに、人身売買をする輩の抵抗も考えて、ある程度は人数も引き連れさせなければならないし…。
このままでは、確実に港でサヨナラコースである。
仲良くならなきゃ駄目か。
考えて、引きこもりだった自分には幾分ハードルが高過ぎるなと嘆息をつく。
「お食事にでも誘ってみませんか?」
にっこりと提案するルティシアに、リア充は違うなと納得する。
「ルティシアがクブラスを夕食に誘ったら自然よね」
言葉に、ルティシアがにっこりと首を傾げる。
「有給以外に私の神経まで消費させるおつもりですか?」
にっこりしてるけど、にっこりして無い。
「司令官が誘うんですよ。一緒について行って上げますから。頑張って」
「ううっ。ディビットに言いつけてやる」
「私の性格は彼の方が理解しています」
あまり他人と接さずに過ごしてきた3年間が、重くのし掛かる。
ただでさえ飛び級に次ぐ飛び級で歳が違う事もあり、士官学校でもあまり友人を作れなかった。
「大丈夫。今貴女は少将でも司令官でも無く、可愛い15歳の女の子です。助けてくれたクブラス様とご飯をご一緒したいと言えば、きっと快諾して頂けますよ」
ルティシアがカノアの両頬を両手で優しく包み込んで微笑む。
「…わかったわ。でも、絶対一緒に来てよ⁈」
頬を包むルティシアの両手に自らの両手を重ねて、カノアは決意を固めた。