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Mid space nine  作者: 繁都舞夢
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始動式


 会場の照明を、もう少し明るくすべきだったか。

 壁を背に会場全体を見渡しながら、チェイスは手にした琥珀色の酒の入ったグラスを傾けた。

「コンピュータ、照明、8」

 声に反応して会場全体の照明が少し明るくなる。

 その様子に満足して、チェイスはグラスを口に運んだ。

 カルティア司令官からの開会の挨拶に続き、来賓からの簡単な挨拶、基地の規模や役割等の説明他堅苦しい儀式が終わって和やかな歓談の時間を迎えて、殆ど裏方だったチェイスでも肩の荷が降りたように感じる。

「君がチェイス・ギア大佐だね」

 右サイドから突然声をかけられて、チェイスは姿勢を正す。

「これは、カルティア大将閣下」

「堅くならないで」

 (にこや)かに右手を上げて、敬礼を制する。

「君とは初めて会うね。娘が君をシステム系の管理主任に選んだと聞いたよ」

 言って、ジェイムス・カルティア大将はちらりとチェイスの肩越しに会場の来賓達のもとを丁寧に訪れて挨拶回りをしているカノアを見つめた。

 そんなカルティア大将を前にして、チェイス大佐はその為人を観察した。

 ハニーブロンドの癖毛に、会場の照明に照らされて幾分黄色味を帯びたスカイブルーの瞳。整った容貌は、男でも女でも振り返るレベルだ。

 すらりとした体格は抜かりなく鍛えられている様で、貧弱さは感じられない。

 カルティア司令官の可愛さは、父親譲りか。

「初めまして。司令官は素晴らしい方です。私を選んで頂けたお陰で、新しいシステムを前に興奮の毎日です」

 チェイスはもともとシステム系の研究開発畑の人間なので、システムの機嫌しかとった事がない。

 人間相手にお世辞を言うのは難しいので、素直に感想を言った。

 カルティア提督はその様子に破顔し、右手を差し出した。

「娘を宜しく頼むよ」

 チェイスも快く握手に応じた。

「こちらこそ。宜しくお願いします」

「ところで、君はもう娘の副官に会ったかい?」

 掛けられた言葉に、カノアの側に常に控えている白髪の青年を思い浮かべた。

「……アルビノの青年の事ですか? 確かディノと呼んでいた」

 再度、カルティア提督は会場の遥か向こうの来賓に挨拶をして廻っているカノアに目をやった。

 その側には、ぴたりと張り付く様にディノが立っている。

 何処か懐かしそうにその姿を見つめる提督に、チェイスは少し首を傾げた。

「カルティア提督?」

「……ああ。すまない。きっと君とは良い友人になれるだろうと思ってね」

 ディノから目を離す事なく、カルティア提督は微笑みながら言った。

「是非、友人になるべく、声を掛けさせて頂きます」

 にこりと微笑んで、チェイスが敬礼した。


「カルティア少将はよくやっているようだな」

 カノアの挨拶を受けた後、ゲオバルク大将が酒を片手にカルティア大将の側に近づいて来た。

「ゲオバルク大将閣下。お久しぶりです」

 大将の中でもカルティア大将は若輩にあたる。

 カノアに負けず、ジェイムスもアカデミー時代から相当飛び級をしていた。

「堅苦しい挨拶はやめてくれよ。そういうの、俺が嫌いなの知ってるだろ?」

「存じてはいますが、私は閣下より相当若輩なので」

 一向に近寄っては来ないカノアの姿を、遠目に認める。

「……彼女は、君のお父さんによく似ているな」

 言葉に、ジェイムス・カルティアは鋭く目を細めてゲオバルク大将を見た。

 視線だけで人を捕縛できそうな、そんな強い光をのせた瞳だ。

「髪の色も、瞳の色も。そして、その知能の高さも」

「私に似たのでしょう。私の優秀さも、閣下は良くご存知でしょう」

 瞳が、朱金の光を帯びる。

 異様な緊張感を纏うジェイムスに気が付かないように穏やかに微笑みながら、ゲオバルク大将はカルティア大将の肩に手を乗せてぽんぽんと軽く叩いた。

「君はアンドロイドはつくらなかったがな」

「ゲオバルク大将。軽率に父の話題を出さないで頂きたい」

「事情を知らない奴らもそう思うだろうなって話さ」

 言葉に、ジェイムスが朱金の光りを納めたスカイブルーの瞳を細める。

「本当は、(テラ)に隠しておきたかったのだろうが、まさか此処に来て中央司令塔基地の司令官に据えるとはな。何があった?」

 疑問に、ジェイムスが一瞬黙り目を閉じた。

「……カノアが、人工皮膚をつくりはじめていたのです。あのまま放置すれば、間違いなく「その先」に辿り着いたでしょう」

「なるほど」

「アンドロイドも、まさかあの幼さであんなに早く作り上げるとは思っても見ませんでした。我が子ながら、予測が付かず……」

 ジェイムスの言葉に、ゲオバルクが小さく笑う。

「我が子…ね……」

「恐らく暫くは記憶に振り回されることになるでしょうから、研究が出来ない環境に置く必要があると判断したのです。此処ならば、父を…否、父の研究成果を手に入れようと襲って来たヤツらもそう簡単には手を出せない」

 カノアの身の安全を確保しつつ、彼女に研究をさせない場所。

 それには、此処が最適に思われたのだ。

「あの子なら立派に采配を振るうでしょう。実績を積めば、彼女が特別視される事に別の意味が生まれてくる」

 特別視されている事は、隠しようがない。 

 しかし、かつて死んだ父がその理由になってはいけない。

 それと同じくらい、提督である「私」が、その理由になってもいけない。

 秘密を守るためにはある程度の地位が必要だろうと、先人達が引き上げてくれた地位だが、それが裏目に出ないようにしなければならないのだ。

「司令官にするためとは言え、アカデミーを卒業しただけの娘を少将にするのは、骨が折れただろう」

 事情を知らないお偉方が黙っている筈がない。

「そこはまあ、邪の道は蛇というか…何とかはなりましたよ」

 濁した言葉の裏が気になる。

「なかなか良い人材を集めたみたいだしな」

「それは……本当に」

 カノアの決めた人事とジェイムスの決めた人事は恐らく基地の士官の半々といったところか。

 自分の部下を決める時でも、あんなに人事ファイルを読み込んだ事は無かった。

「暫くは人見知りになりそうですよ」

 苦笑して、スカイブルーの瞳を優しげに細める。

 目尻の下がったその視線の先には、話題の少女がまだ忙しそうに挨拶にまわっていた。

 愛娘を見つめるジェイムスの横顔を、相変わらず綺麗な顔をしているなぁと感心しながら眺める。

「来るかな?」

 言葉に、カノアを見つめたままジェイムスがふっと笑う。

「来ませんよ」

 今は、それでいい。

 彼女の中で渦巻く混沌には、まだ答えを与えることが出来ない。

 でも、一言だけ。

 突然歩き出したジェイムスに、ゲオバルクがその姿勢のいいすらりとした背中に酒のグラスを小さく掲げた。

「幸運を」

 


 式終了後、部屋に来るように。

 ディノに言付けられたメッセージは、勿論自分宛てのもので。

 式が終了した後、カノアは重い足取りで父の待つゲストルームへ向かっていた。

 こんな事なら、人目のある式会場で他の来賓達同様に適当に愛想笑いして挨拶を済ませておけば良かったか。

 何となく近づき辛くて後回しにしているウチに、ガッツリ面会の予約を入れられてしまった。

 でも、そんな白々しい挨拶を愛想笑いの仮面を被って済ませられるほど自分がまだ大人ではない事を、カノアはよく知っていた。

 目的の部屋の前で立ち止まって、カノアは大きく一つ深呼吸をした。

「カノアです」

「入りなさい」

 間髪入れずに帰って来た返事に、父が自分の来訪を待ち構えていたのを感じる。

 待ち構えていたのか、待ちわびていたのか。

「失礼します」

 扉が開き、部屋に入る。

「まずは、お疲れ様」

 鼻腔をくすぐるベルガモットの香り。

 部屋に入ると、ほぼ4年振りに顔を合わせる父は、応接セットに腰掛けて和かに微笑んでカノアを迎え入れてくれた。

 机の上には、実家で母がよく入れてくれたティセットで入れられた温かい紅茶と、恐らく母が作ってくれたであろうスコーンが皿に盛られていた。

 カノアの大好きなクロテッドクリームやオレンジマーマレードもちゃんとある。

 思い掛けない光景に、カノアは言葉を失って立ち尽くした。

「座りなさい」

「は……はい」

 促されるまま父の向かいに腰を下ろして、次の言葉を待つ。

 否、私から話さなければならないのか?

 時間が経ち過ぎて、又、夢や人事や色々あり過ぎて。

 どうしていいかわからず、カノアはぼんやりと父の大きな手を見つめた。

「相当疲れた様だね。まぁ、事情も事情だし、お偉方への挨拶回りは疲れただろう」

 破顔して、紅茶の入ったティカップをカノアの前に寄せる。

「食事もあまり取れてなかっただろう。シャロンの作ったスコーンを持って来たんだ。食べなさい」

 優しい言葉に、カノアの大好きだった母の作ってくれたスコーン。

 紅茶も、カノアの好きなアールグレイだ。

 ティセットの様子を見れば、丁寧に入れてくれた事が窺える。

 何もかもが久しぶりで、自分の中の緊張の糸が解けていくのがわかる。

「ありがとうございます」

 スコーンを狼の口が開いたところから2つに割り、片方は皿に残してもう片方に先ずはクロテッドクリームを塗ると、かつて口にした時より気持ち小さめの口で齧り付いた。

 娘が食べ始めたのをスカイブルーの瞳を優しげに細めて見つめつつ、ジェイムスは静かに紅茶を口に運んだ。

 静かな部屋に穏やかな時間が暫し流れるのを感じるが、娘は多分この後も予定が詰まっている事だろうと思い、ジェイムスはその瞳に影を落とした。

 15歳。

 本来なら、まだ士官学校(アカデミー)に在学中の年頃だ。

 もし特殊な事情が無ければ、士官学校ではない普通の学校に家から通い、学生生活を謳歌出来ていた筈だ。


 だが、私達には守らなければならないモノがある。

 

 普通の生活を用意してやることは、出来ない。

(テラ)の家を見たよ」

 言葉に、紅茶を口に運ぶ手が止まる。

「赤い屋根に暖炉に書斎。奥のライブラリールームがラボになっている以外は、よくできていたよ」

 ティーソーサーにカップを乗せるカノアの手が震えてカタカタと音を立てる。

 何を言っているのか、多分もう彼女には分かっている。

 カノアがあの家を建てたのは3年前。

 アカデミー卒業の頃にあの家を建てられるほど夢をしっかりと見ていたなら、実家には帰れなかっただろう。

 可哀想だとは、思う。

 だが、「可哀想」では、生きて行けない。

 夢は何処まで見たのか。

 カノアも、私に夢について聞きたいだろう。

 残念ながら、「記憶」を欠け無く保持させるためには、不安定な今の状態で中途半端な答えを与える事は出来ない。

 だから、せめて一言。


「何があっても、間違いなく、お前は私の娘だよ」


 私は、お前の味方だと、知らせたい。


 帰って来れない気持ちも、私には分かっている。

「お…父さ…ん」

 

 私は、本当に、間違い無く、貴方の娘ですか?


 カノアが、穏やかな父の瞳を凝視する。


 兄や母にとって、私は間違い無く血の繋がった「家族」ですか?


 揺らぐ事の無い父の瞳に、少なくとも父の中には偽りは無いと感じられた。


 ここまで言いながら父が祖父の話を出さないのなら、それはきっと「今はまだ言えない」という事なのだ。


 本当は、私の中の疑惑など、考え過ぎだと笑って欲しい。


 夢の中で、小さな貴方は間違い無く私を父と呼ぶけれど。

 夢の中で微笑む朱金の瞳の女性(ひと)が誰なのかは気になるけれど。

 答えもまた、私の中にしか無いと言うのであれば。


「そんなの、当たり前じゃない」


 その時が来るまで、貴方が作ってくれたこの籠の中で耐えて見せましょう。


 秘密が明かされる、その時まで。

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