父と祖父
私が月の家で引き籠っていた間に作ったアンドロイド。
それが、ディノだ。
母や兄は驚いていたようだが、父からの感想は聞いていない。
あの頃の私はまだ12歳を過ぎたばかりだったし、寮生活をしていたから身の回りの世話くらいは自分で出来たけど、母が心配をして度々帰って来いと電話やメールをよこした。
お手伝いさんがいるから大丈夫。
そう言い訳にしようと思ってつくったのだ。
アンドロイドを作ったと聞いた母と兄はたいそう驚いた様だったが、当時の私には何故そんなに驚くのか不思議だった。
だって、ディノの設計図は、私の頭の中に初めからあったのだから。
私は、ただその設計図に従って材料を調達し、組み立てただけだ。
あの顔も、あの髪の色も、あの瞳の色も。
全ては、初めから決まっていた。
父だけは、私に帰って来いとは言わなかった。
月にいる間、母も兄もしつこいくらいに帰郷を迫ったが、父はついに一度も家に帰って来いとは言わなかった。
あの人は、私が誰なのかを知っている。
そうだ。
きっと、あの人だけは。
あの夢がなんなのか、何故私がディノをつくれたのか、私を司令官した理由すらも。
そして
夢の中で、あんなにも朱金の瞳の美しい女性の笑顔に胸が苦しくなる理由も
全てを知っているハズだ。
だけど、そこから一歩が踏み出せない。
それを知ったら、どうなるのだろう?
父との関係は?
そもそも、あの人は私の父なのか?
母は? 兄は?
私ハ、何?
私ハ、誰ナノ?
ワタシハ アノヒトニ
「お父さん」ト ヨバレナカッタカ?
きっと、分かっていた。
笑みを深めた時にくっきりと刻まれる笑窪。
スカイブルーの瞳に、蜂蜜色の癖毛。
口元の黒子まで同じなのに。
わからないフリをしていた。
否。
わかりたく無かったのだ。
12歳になる直前のあの日。
夢の中の少年に見覚えがあると気が付かなければ、私はきっと卒業後も実家に戻って過ごしたに違いない。
「……」
いつまでも逃げ回るわけにはいかない。
考えるのが嫌だ。
考えていけば、嫌でも答えが導き出されてしまうから。
あの人の父親は。
彼は、過去に類を見ない程精巧なアンドロイドを最も簡単につくりあげた科学者であり、その後はバイオロイドをつくろうと研究をしていた生物学者でもあった。
天才と呼ばれて連邦議会からも重宝されたと聞く。
だが、彼は忽然と姿を消した。
彼の研究は軍にとっても重要且つ機密事項の塊のようなモノだったから、当時の連邦は大いに動揺し、血眼になって彼を探したらしい。
彼が姿を消してから18年が過ぎた頃、瀕死の状態の彼を抱えた青年が連邦に投降した。
その青年は名をジェイムス・カルティアと名乗り、カルティア博士の子供だと言った。
カルティア提督の事だ。
程なくカルティア博士は死に、父は士官学校に入学した。
バイオロイド。
アンドロイドが機械ベースで人型に作られているのに対して、バイオロイドは、生物ベースでつくられる人工生命体だ。
機械ベースだと超人的な能力を付加させる事が出来る反面、敵に感知されやすい。
しかし、バイオロイドなら、生物兵器であるため、敵に警戒される事なく敵陣に乗り込める。それに、人工生命体だから、守る必要が無い。
得難い知識を持ったカルティア博士の死。
彼が瀕死の重傷を負った理由は、他の星系の軍が彼のその研究成果を手に入れようとし、それを阻止しようとしたからだと聞いている。
だが、生命は失われた。
研究の成果は永遠に失われた、ハズだ。
それがもし 失われていなかったとしたら
考えないようにしてきた事を、敢えて掘り下げていく。
ソレガ ワタシ ダッタナラ
彼の研究が、姿を消していた18年の間に完成されていたなら。
研究結果として作り上げられるのはバイオロイドだ。
異例の速さでの卒業。
知らない知識と記憶。
そして、滑稽なほど強引な人事。
全ての事象を繋げば、導き出されるのは。