夢
私がその夢を見始めたのは、士官学校に入る頃だった。
正確には、夢の話を父にしたら程なく幼年学校を卒業させられ士官学校に入学させられた。
父はその時、士官学校に入るのは私を護るためだと言ったが、その意味について未だちゃんとした説明は為されていない。
赤い屋根の家。
ハニーブロンドの柔らかそうな髪と、澄み渡った空の様なスカイブルーの瞳の少年。
同じ色の髪と珍しい朱金色の瞳の、笑顔の美しい女性。
夢の中で、私はディノを作っている。
何度か夢を重ねるうちに、少年は青年になり、私よりも大きくなった。
その顔に見覚えがあると気付いたのは、私が12歳になる直前の夢の中だった。
鏡に映る私の姿は、少年と同じスカイブルーの瞳に、プラチナブロンドの髪の整った容姿の男性。
少年は、私を父と呼んだ。
荒い息遣いで目を覚ますのは、もう何度目だろう。
暗闇の中で目を覚ました私は、ベッドに横たわったまま呼吸を整えようとしたが、うまくいかない。
「いい加減に……」
荒い息遣いのまま、私は目を閉じて深呼吸をしようと努めた。
逃げられない。
夢は、時折思い出した様に私にその姿を見せ、私の心を乱していく。
逃げられない。
あの夢は、私の中にあるから。
逃げたい。
何もかもを捨てて、真っ白な私になりたい。
家の事も、父の事も、何もかも捨てて、誰でも無い私になりたい。
この「私」をかなぐり捨てて。
でも、それは無理。
夢を見続けて来て、わかった事がある。
あれは、ただの夢じゃない。
過去に確実にあった出来事の記憶。
そして、あれは誰かの記憶じゃない。
「記憶」は、私の中にある。
「大丈夫ですか?」
声に、カノアはベッドに仰向けに横たわったまま目だけを動かして姿を探した。
「ディノ」
「ここに」
カノアの左手にそっと触れる冷たい感触に、カノアは安堵の息をついた。
「部屋の明かりをつけましょうか」
「……いいえ。このままで」
「わかりました」
きっと今、私は酷い顔をしている。
こんな顔を、見せたく無い。
高性能の暗視機能のあるディノの眼なら、暗闇の中でも昼間の様な明るさでカノアの状態を把握している事は、分かっている。
事実、自身がそのように作ったのだから。
そう。私が、そのように作ったのだ。
ぞくりっと、首筋に悪寒が走った。
夢の中の私が作っていた。
白い髪に赤い瞳の。
あれは間違い無くディノだった。
「カルティア提督閣下の艦は27時間後に着艦予定です」
ディノの報告に、カノアはふっとディノの方を向いた。
「先程報告を受けました。他にも、ゲオバルク提督閣下の艦もほぼ同刻に着艦予定です。始動式に向けてぞくぞくと着艦されています。ゲストルームの準備は全て完了していますが、来賓への挨拶と始動式でのスピーチは貴女にしか出来ません」
暗闇にだんだんと目が慣れてくると、白いディノの姿はうっすらと光を纏うように浮かび上がってくる。
「心配してくれているのね。ありがとう」
ディノの表情には、なにも乗らない。
本人も気が付いてはいないのだろうが、間違い無く、ディノはカノアの体調を気にかけていた。
父に、会うからか。
最近あの夢をよく見るのは、父がこの基地に来るから、無意識に緊張していたのだろうか。
寮生活だった士官学校を卒業後、実家には帰らずに在学中に頂いて手を付けずにいた給金で月に家を買った。
勿論、家族の了承は得たし、無断でした訳では無かったけれど。
手続き等の際にも、父には一切会わなかった。
何年ぶりだろう。
会いたく無い、のが、本心。
あんな夢を見て、いったいどんな顔をしてあの人を「お父さん」と呼べばいいのかわからない。
「コンピュータ。照明。4」
声に反応して、部屋がほんのり明るくなる。
「今は…まだ早朝の4時過ぎか。もうちょっと寝るわ。心配してくれてありがとう」
「了解しました。おやすみなさい」
注意深く様子を見つめていた赤い瞳が、躊躇無く扉へと向けられる。
「おやすみなさい」
基地の中では、個々人の体調は遺伝子レベルで管理されている。
ディノはそのメインコンピュータにアクセスできるので、カノアの体調はいつ何時でも、手に取るように把握出来ている。
違うわ。
照明を落として、カノアはベッドの中で目を瞑る。
あれは、ディノじゃない。
ディノのハズがない。
だって、ディノは士官学校卒業後に、月の家で、間違い無く「私」がつくったのだから。