後日談 4
今回、切れるところが無くて長くなりました。
どうか、最後までお付き合い下さい。
「チビ‼︎ 元気にしてたか?」
ディビット、ルティシア、ディノと私の4人で出迎えた貴人は、いきなり私を『チビ』と呼んだ。
「……クブラス殿下、改めまして自己紹介をさせて戴きます。カノア・カルティアです。この基地で司令官をしています。此方が副司令官のディビット・マーク・シェパードに、先日共にお世話になりましたルティシア・クルス、それに、私の副官のディノです」
まずは挨拶と自己紹介をすると、クブラスが『ああっ』と気が付いたように頷く。
「挨拶は大切だな。大体の事は聞いたが……自己紹介からか?」
「先日は名前も身分も偽った状態でしたので、自己紹介からやり直させて頂ければと。遠路はるばる来て頂き、ありがとうございます」
「それはお互い様だ。私だって王族である事は隠していた。ルノアでは無くカノアだな。あと、フェリシアでは無く、ルティシアなのだな。どちらも2人にしっくりとくる良い名だ」
「……恐れ入ります」
ルティシアもにこりと会釈する。
ディビットとディノにも簡単に会釈をして、クブラスは居住まいを正した。
「では、私も改めて自己紹介をしよう。アクアツィートル星第2王子 クブラスだ。先日は妹を助ける為に助力を頂き、感謝する」
そう言うと、クブラスは右手を胸に宛て深々と頭を下げた。
「頭を上げて下さい、殿下。私達は当たり前の事をしたと思っています。それに、貴方はそんなに軽々しく人に頭を下げていい立場では無いでしょう」
それに、やり方に問題があった自覚があるため、そんなに丁寧に頭を下げられるといたたまれない。
「そんな事は全く無い。大事な妹を見つけてそこまで案内してくれた上に妹を助けてまでくれていたんだ。どんなに礼をしてもしたりないくらいだ。兄上や父王からもくれぐれも宜しく伝えて欲しいとおおせつかっている」
和かにカノアの右手に両手を添えて握り締める。
ひんやりとしたアクアツィートル人の体温とざらりとした肌に、カノアは自制心を総動員してつとめて穏やかに微笑みを返した。
「……第1王女様の救出の助力となれた事を、嬉しく思います」
これは、外交。これは、外交。
右手を両手で握り込まれてるけど、これはきっと挨拶。
自分に言い聞かせて、必要以上に取り乱さないように落ち着かせようとする。
「なんだ。今日は赤くならないのか?」
不意に右耳に指を当てられて、そのひやりとした体温とざらりとした感触に。
「ひゃっ」
びっくりして変な声を出してしまった。
次の瞬間。
ぱしっと乾いた音がして、強い力で引き寄せられた。
「おっと」
ディビットの腕に引き寄せられ、クブラスとカノアの間にはディノが立ち塞がっていた。
「失礼ですが、司令官の脈拍が上がりました。慣れていない様ですので、控えて頂けますか」
どうやらディノがクブラスの手を払い、同時にディビットがカノアを引き寄せたようだった。
「ははっ。今日は保護者がいっぱいだな」
地球連邦には王族とか無いと聞いているのに、カノアの歳頃でこの人事は特殊なのでは?
お互いに身分を偽って出会った時とは違い、今はお互いの立場を晒し、正式に挨拶を交わしている。
砕けた触れ合いはもう出来ないのか。
一瞬そう考えて、即座に打ち消す。
「悪かった。もうしないとは言わないが、控えるように努力する」
好きなものは好きだ。
せめて、親しい友人にはなりたい。
「こちらこそ。少し驚きましたが、大袈裟にしてしまい申し訳ありません」
すごく頑張って落ち着かせているようだ。
にこりとした微笑みは、分厚い社交辞令のベールがかけられている。
これは…剥いでおかないとな。
「こちらからの礼の品は部下に運び込ませているから受け取ってほしい。あと……ちょっと込み入った話がしたいから2人だけで……話はできるか?」
カノアの後ろに控えている3人…特に、副官と紹介された白髪の男の赤い瞳がキツくて、居心地が悪い。
「今回の件は内密に済ませていますので、お礼の品…という物は受け取れませんが、お話は可能ですよ。むしろ、第2王子というお立場で、貴方こそ大丈夫なのですか?」
「礼の品は受け取ってもらうし、定期的に納品に来るからな。後、私がカノアと2人だけで話をするのは大丈夫だ。アクアツィートル人の強さは、知ってるんだろ?」
「……お品って何ですか?」
「ウチの飲み水だ。宇宙市場でもなかなか質がいいって評判なんだぞ。可愛い妹を助けて貰ったのに、何も礼をさせないなんて、お前なかなか鬼だな」
水はいくらあっても多すぎる事は無いだろう。
「……では、相応の値を付けてください。アクアツィートル星と当方の間で、水の取引契約を結んで頂けませんか?」
現在は、地球や周辺の星から水は入手している。確かに、水の仕入れ先は宇宙では価値が高いから、値段が相応なら取引先が増えても地球連邦も文句は無いだろう。
「この先カノアが司令官の間はずっとタダでいいんだぞ」
「そうは行きません。私達は対等な立場で有るべきです」
「……カタいな…。取り敢えず、お前、時間あんまり無いんだろ。早く2人で話しだ。兄貴からも言付かってる」
「わかりました。皆んなは持ち場に戻ってくれて大丈夫よ。ありがとう」
2人の会話を静かに傍観していた3人が小さく敬礼をして部屋から速やかに出て行く。
意外にも、あの白髪の男が躊躇無く真っ先に部屋から出て行った。
「……お前の副官、何考えてるか測れない奴だな」
「ディノは、少し特殊ですから」
「あいつが2人きりはダメだとか、一番言い出しそうだったのにな」
そう言うと、カノアは意外そうに目を丸くして、破顔した。
「思っては、いたかも知れません」
「だろ?」
「ところで、お話しとは?」
アクアツィートル星の人は、何が飲めるだろうか?
水……は、こだわりがありそう?
お茶、ジュース、コーヒー…は、ハードルが高そうね。
「ああ。随分と手の込んだ遣り方で助けようとしてくれてたみたいだから、ちゃんとお礼が言いたくてな」
コンピュータに指示を出そうとして、止まる。
「その節は大変不快な思いをさせたのではないかと…」
ぎぎぎと、油を刺し忘れた人形の様にゆっくりと振り返ると、クブラスは破顔していた。
「全部、俺の妹を助ける為に、さっきの部下達と一緒に一生懸命考えてくれたんだろ? 有り難かったし、しっかりとお礼が言いたかった。ありがとう」
「でも、どんな理由があっても、嘘をつかれるのは不快かと」
「それだって、俺たちを地球連邦の事情に巻き込まないためだろう? そんな優しい嘘は、むしろ嬉しいだろ」
にやっと悪戯っぽく笑われて、カノアは暫し言葉を失った。
『第二王子もかなりの美丈夫と聞きましたし』
以前副司令官が言った言葉を思い出す。
確かに、綺麗な瞳と髪の色は、その整った造作を引き立てている。
それで、こんなに親しく笑いかけられたら。
ついこないだまで引き篭もりだった私にはハードルが高すぎるわ⁈
「こっ…紅茶でも如何ですか? 私の好きな銘柄があって、是非この機会に試して頂きたいと…」
「戴こう」
ポットにお湯を入れて温め、そのお湯を捨てて手早く茶葉を入れ、沸かしたての湯を勢い良く入れて茶葉を開かせる。
丁寧に紅茶を入れる時間は、心を落ち着かせてくれる。
「ところで、我々もだが、何故特に地球や月の人型が人買い達に人気か知っているか?」
地球や月の人型が人気なのは、人買いを警戒し、市場を警邏するようになって、聞いた話だ。
買い手が多く需要があるからというのは分かるが、様々な姿の異星人の中、何故アクアツィートルや地球や月の人型が好まれるのかは、分からない。
「需要があるから…としか」
「そうか……。まあ、お前はどちらかというと朱金色では無いし、大丈夫だろうが…」
さらりとした呟きに、聞き流せない内容があった。
「朱金?」
「……伝説のような話なんだがな。この宇宙には、時空を超えた、朱金に輝く種がいて、その種が主に人型をとるそうだ」
時空を超えた、朱金に輝く種。
「純粋なエネルギーの塊りのような存在らしい。宇宙で指針を失って迷った者が、宇宙空間に人型のまま装備も無しに現れたその種に遭ったと。船に触れただけで船を修復し、求める場所に飛ばしてくれたと聞いている」
朱金の輝きを纏った人型。
万能の神を思わせるその伝説に、夢の中で微笑むあの人を思い出すのは、何故だろう?
蜂蜜色の髪に、朱金の瞳。
否。
あの人は、瞳の色が珍しくはあるが、人だ。
エネルギーの塊りなどでは、無い筈だ。
「その為に、特に地球や月の人型の金髪が好まれるそうだぞ。アクアツィートルでは、青い髪や黒髪が多いが、地球や月には金髪がいるからな。茶色がかってはいたが、此処まで案内をしてくれたブラウンとか」
そう言えば。
ブラウン少佐には後でゲオバルク提督とのくだりを聞かなければ。
そんな事を考えていると、背後に立つクブラスに気が付くのが遅れた。
「お前の髪も、キラキラして綺麗だ」
二つに分けて結い上げている髪の一房を摘んでいる感触。
「プラチナブロンドと言うらしいな。ブラウンに聞いた」
砂時計が落ち切り、努めて平静を装い、紅茶をカップに注いだ。
「お待たせしました」
カップを手に振り返ろうとして、少し戸惑う。
「髪を離して下さい」
「柔らかくて良い感触だ」
「……」
「コウチャを頂こう」
応接セットに腰掛ける。
音を立てない様に気を付けたが、カチャン小さくと音を立ててティーソーサに乗ったカップがクブラスの席の前に置かれた。
「で、兄貴からの言付けだが。…良い香りだな」
紅茶の香りに、青紫の瞳を細める。
「紅茶の銘柄はアールグレイと言い、ベルガモットの香りです。熱いから気を付けて」
アクアツィートル人は体温が低いから、猫舌な気がする。
「確かに。熱そうだな。もう少し待とう」
熱いお茶が苦手だったかもしれないが、これも経験と思って貰おう。
「…で、兄貴からの言付けだが。友好条約のような繋がりを持たせて欲しい」
「友好条約…?」
「お互い人型で拐われる危険があるから、市場を見廻ったりするだろう。たとえ、地球連邦には広範囲で人探しが可能な技術があったとしても、広大な宇宙で拐われた人間を探し回るのは骨が折れる筈だ。お互いにお互いの星の者を見かけたら教えるくらいで良いから、その様な条約を結ばないか」
危機感のある者同士、手を組まないかとのお誘いか。
「今回の件は上には伏せていますので理由には出来ませんが、その様な打診があった旨は報告させて頂きます」
「ゲオバルクからは良いんじゃないかとは言われたがな」
「決定権が私にはありませんので」
それに、と思う。
「どちらかというと、アクアツィートル星の人に比べて地球や月の人型の方が力も弱く拐われやすいわ。この条件では、クブラス側にばかり負担が掛かるのではないかしら」
地球連邦の技術は確かにアクアツィートル星のモノよりも優れてはいるだろうが、件数が圧倒的に違うのに、不平等にはならないか。
相変わらず、頭が固いな。
クブラスは内心嘆息をつく。
そんなの、地球や月の人型が好きだからに決まってる。
はっきり言えば、カノアが好きだから、関わりを持ちたいのだ。
友人になりたいし、近くに居たい。
兄や父からの打診でもあるが、俺の目的と言えば、カノアの近くにいたいからの一択だ。
「まあ、兄貴と親父からの希望だから」
彼等からしたら、ネリを見つけてくれて助ける為に尽力してくれた恩返しに、この先地球や月の人型の市場での売買にウチも目を光らせますってな感じなんだろう。
そこで、カノアがくすりと小さく笑った。
「どうした?」
「いえ。この部屋に入って来られた時よりだいぶ砕けた話し方になられたなと」
兄上は兄貴に。父王は親父に。
「普段はこんな感じだ。カノアは、ルノアだった時の方が人見知りだったな」
「…あまり外に出たことが無かったので。人とも喋らなかったし、ましてや他の星の人との交流なんて初めてで。…私、つい4ヶ月前位までは引き篭もりだったんですよ」
「うん?」
少し緩くなった紅茶の温度がちょうど良さそうになったので、口に運んだ。
「なんだ? そのヒキコモリってのは」
紅茶を口に含み、飲みやすい温度なのを確認して飲み下す。
何とも優雅な香りがした。
「家に篭って誰にも会わず、日がな一日研究三昧の素敵な暮らしをしていたんです」
飛び級を沢山していて年齢の合わないクラスメイト等と顔を合わす日々より、数百倍は楽な日々だった。
「話し相手はディノしか居なかったけど、全然不自由じゃ無かったし」
ましてや、あんな夢を見て情緒不安定になり易かったし。
他人となんて暮らせなかった。
「ディノってのはカノアの副官だったな。あいつと暮らしていたのか」
どんな関係なんだ?
訝しむクブラスに、カノアはふっと力が抜ける様に表情を崩した。
「ディノは私が作ったアンドロイドで、私は何だかわからない理由で引き篭もっていた月からこちらに連れて来られて司令官になりました」
ソーサーにカップを置き、机に置いた。
あの副官がアンドロイドであるというくだりには驚いたが、今は口を挟める感じでは無いなと思う。
「貴方は一度も私が司令官である事についての疑問を口にしなかったけれど、何故まだ若い私が司令官などになっているのか、疑問には思ったでしょう?」
指摘に、静かにカノアのスカイブルーの瞳を見つめた。
「何か事情があるのだろう」
返答に、カノアが目を閉じた。
「事情は、あるわ。ただ、私がその事情を知らないだけで」
多分、時折見るあの夢に関わる事なのだろうが、教えては貰えていない。
「……そんな話を、俺にしてもいいのか」
話してもらえるのは嬉しい。
だが、事情があってその地位にいるのであれば、その事情は少なくとも他の星の者に話して良い内容では無いのでは?
カノアにペナルティが無いか、それが心配だ。
「そうね。今まで誰にも話した事は無かったのに。誰かに聞いてもらいたくなったのかも」
事情があるのは、見たら分かる。
だから、私の周りの人達は、誰も直接その事情を私には聞かない。
聞かれても答えられないのだから、それで良い。
でも、なんだか、クブラスが自然な自分を出してくれたから。
家では兄を兄貴と、父王を親父と呼ぶ。
そんな自然な家族の姿を垣間みせて貰って、羨ましくなったのかも知れない。
「貴方は、私と友人になりたいと前からずっと態度で示してくれている。だから、私も、友人になって欲しいと現してみたの」
駄目かしら?
上目遣いで少し頬を赤くして見つめられると。
なんだか絶対に懐かない筈の小鳥を手懐けたみたいなくすぐったい感じがして。
「大歓迎だ」
破顔して、近寄り、抱き寄せた。
耳まで赤くしたカノアのスカイブルーの瞳が、少し潤んでいる。
「では、まず水の取り引きについて契約を結ぼう」
逃す手は無い。
契約を確かなものにすれば、定期的にこの基地に顔を出せる地位を手に入れられるのだから。
「適正な値段設定をお願いします」
早く離して欲しいと腕に力を込めるが、クブラスの腕はビクともしない。
すると。
「失礼します」
カノアの許可が早いか、高速で入室してきたディノがクブラスをカノアからベリっと引き剥がすと、カノアを席に座らせて、自分もその横に腰掛けた。
ちなみに、カノアを挟んで反対側にはクブラスが座っている。
「失礼ですが、カノアの脈拍が上がりました。慣れていない様ですので、控えて頂けますか」
「同じセリフかよ」
「後、カノア。そろそろ視察の時間です。ご準備を」
「ああ、そうね。ありがとう。あと、基地では司令官と」
「…失礼しました。司令官」
内心バクバクだったので、助かったと胸を撫で下ろす。
「では、殿下。ご滞在中ご不便がございましたら、何でも申し付け下さい。契約は滞在中に結べる様に善処します」
喋り方も戻ってしまった。
「わかった。此方はそちらの言い値で良いくらいだから、必ず契約は結んで帰るからな」
「……適正な値段を調べますので、暫くお待ち頂けますか。此方からまた連絡します」
「わかった」
ゲオバルクからカノアの情報を得るのに2週間かかった。
毎日毎日通信を遣して所在の確認をし、初めは誤魔化そうとしたから外交問題にしてやるぞと暗に脅してカノアの正体と所在を言わせた。
助けて貰ったのに、大した態度だと、我ながら思う。
勿論、艦隊が移動する際には付いて行った。
蓋を開けてみれば、カノアは以前俺が彼女等を拾った宇宙域を監視・警邏する地球連邦の新しい基地の司令官だった。
彼女が指摘したように、歳の頃を考えても、司令官だとか少将だとか、他の星の者でもその人事が普通では無い事が分かった。
父王や兄も是非会いたいと言ったのでアクアツィートルに招待したいと言ったら、暫くは外出禁止だと言われた。
理由は、俺の妹を助ける為に無断で基地を留守にしたからと。
何処の箱入り娘かと思った。
それに、偉そうにカノアに外出禁止を言い渡したゲオバルクは、カノアの父親では無いらしい。
「籠の鳥…か」
司令官なのに外出に許可が要るなんて。
変な所で年齢相応な扱いだ。
責任で縛り付けて、動けなくして。
カノア自身にもわからない理由で、この基地に縛り付けられている。
それなら、俺はそんなカノアの側で、彼女の立場や責任に関係無く側に立てる存在になろう。
笑顔を忘れがちな彼女が、いつでも素直に笑える様に。
今回長かったのに、お付き合い下さいまして、ありがとうございます。
続きも飽きずに読んで頂けましたら幸いです。




