後日談 3
久々に実家に帰ると、兄が抱き締めて俺を離さなかった。
「ネリを抱き締めてやれよ」
ぽんぽんと肩を叩くと、兄は更にぎゅっと力を込めた。
「ネリは今母上と父上の所だ。心配しなくても、お前の次はネリだ。ネリを探しに出たまま1回も帰って来ないとは。お前は第2王子の自覚があるのか」
兄のアクラスの胸板はクブラスと比べて筋肉質で肉厚だ。
がっちりとした背中に腕をまわすのは躊躇われて、両肩に手を置いた。
「時間が掛かって悪かった。兄貴は国から出られないから気を揉んだだろう? ネリが1人寂しい思いをしてると思ったら、家に帰る時間が惜しかったんだ。でも、こまめに連絡はしただろ?」
体を引き離して兄の顔を正面から見る。
2年間離れていた間に、少し引き締まってより精悍な顔つきになったように思う。
「兄貴、王様らしくなってきたな」
父王の跡を継ぐ為に日々努めている。
「お前は顔付きが男らしくなって…少し痩せたな」
宮殿を出た頃は、まだ少し幼さが残る面差しだった。
改めて力強く抱き締めて、存在を確かめる。
失われた2年が、胸に重くのし掛かる。
「お前1人に背負わせて、悪かった」
苦し気に吐き出す言葉に、努めて明るく言葉を返す。
「1人じゃなかったさ。デュールや皆もついて来てくれたし。それに、貿易商の隠蓑の支度から取引先とのパイプまで、整えてくれたのは兄貴じゃないか」
「わたしが此処から離れられないんだ。それくらいは当然だ」
「俺たちは皆で家族だ。動ける俺が行くのは当然だし、兄貴が星を守る為に親父と星に残ったのも当然だ」
いつの間にか大人の顔をするようになった弟が破顔する。
「星を守る為に力を合わせるのが、俺たちのするべき事だ。今までも、これからも。家臣達にも助けて貰った。兄貴も、親父とお袋を支えて良く頑張ったな」
ネリが攫われたと知って塞ぎ込んでしまった父親と体調を崩した母親を思えば、兄貴は1人で2年間この星と家族を支えたようなものだ。
皆で頑張って、皆で勝ち得た結果だ。
「生意気を言うようになった」
「色々俺も経験したからな」
にひっと笑う顔は、以前と変わらないように感じて。
「外で良い経験を積めたようだな」
自分の知らない経験を積み成長した弟を、少し複雑な気分で見つめる。
視線の先で、ぱっとより明るい表情に変わった弟に、兄は瞠目する。
「初めて地球の人型に触ったんだ‼︎」
他星の者達は体温が我々よりも高く、肌も我々の方が敏感な様で不快感が勝つ為に、あまり触れ合わずにコミュニケーションを取るのが常だ。
他星の者に触れたとは、珍しい。
「どうだった?」
外交の為に多少なりとも他星の者を触った事はあるが、私も地球の人型には触れた事が無い。
「すっげぇ柔らかくて、俺より少し温かくて、小さかった」
「小さかった? それは、まだ子供だったという事か?」
「……ネリよりも3、4年下かな? あっちもおっかなびっくりな感じで。めちゃくちゃ可愛いかった。ネリを見つけた時に市場を案内してくれてて逸れたんだが、あの星の親御さんのもとに帰った筈だから、改めて礼を言いに行こうと思ってる」
「可愛かった……ということは、女の子だったのか? というか、市場で逸れたのか? 市場ではネリを助け出す為に地球人が手を貸してくれたと聞いているが…。かなり現場は混乱していたのだろう。その子の無事は確認したのか?」
険しい顔になったのは、家族を攫われた経験があるからだ。
「そこ心配になるよな。俺も心配になって探してたら、ネリを助けるのに協力してくれた地球連邦の艦隊がリノア達を拾ったってわざわざ知らせに来てくれたんだ」
わざわざ?
「それは……」
「多分、早く星に帰らせようとしてくれたんだろう。俺がいつまでもリノアとフェリシアを探して市場から離れなかったから」
「リノアとフェリシアが、地球人か?」
「ああ。元々は、海賊に追い掛けられて船を破損したっていう救難信号を受けて拾ったんだ。あいつらがダートディクスに両親がいるって言うから送って行って近くの星系で人買いの情報を聞いて……って思ってたら、ネリを探すのを手伝いたいって言ってくれて。たまたまダートディクスの市場に行ったんだ」
「元々ダートディクスには行く予定では無かったのか?」
「ああ。あの市場は先週見回ったばかりだったから」
そこに、たまたまダートディクスの市場を案内したいと申し出てくれて……?
それは、少し出来すぎていないか?
騒ぎの中、ネリを助けてくれた地球連邦の艦隊。
同胞とはいえ、艦隊の軍人が一般人をそう簡単に保護するだろうか?
又、わざわざ少女を保護したと、報せに来るだろうか?
我々は、知らぬ間に大きな恩恵を賜ったのでは……?
「……クブラス。その少女達の話をもっと詳しく聞きたい。謝意を伝える為に必ず直接会ってくるのだ」
「ああ。あいつとは友達になりたいと思ってるからな。保護したっていう地球連邦の艦隊にもアポイントを入れてるから、近いうちに会える予定だ。でも、ネリを助けてくれたタイミングで市場を案内してくれていたなんて、すっげぇ偶然……」
『心配して下さって、ありがとうございます。でも、貴方が護るべき方がもうすぐ来るので、その方を守ってあげて下さい』
「クブラス?」
急に押し黙った弟に、アクラスが顔を覗き込む。
自分と同じ青紫の瞳が、少し不安定に揺れた。
「ん? ああ。出来るだけ早めにまた会いたいと思って。確かめたい事もあるし」
耳に蘇った少女の声に、頭の中でかぶりを振る。
『私も、そろそろ私が護るべき者を助けに行かなければなりません』
いくつかの嘘はあるだろう。
だが、多分、全ては俺たちのためについた嘘だ。
俺は、必ずあいつとちゃんと友人になる。




