妹 3
船内の食堂に行ったら、例の姉妹も丁度食堂に来たところの様だった。
食事は全て部屋で済ませるだろうと思っていたから、自分の食事がてら、彼女達に夕食を運ばせようと思って食堂に来たのだ。
「部下の方に聞いたら食堂へ案内して頂けて」
にっこりと微笑むフェリシアの傍らには、その袖をきゅっと掴む妹の姿もある。
「まあ、部屋に篭っててもくさくさするばかりだしな。此処で食べるのも良い気分転換になるだろう」
がたんと椅子を引いて、席に着く。
「男ばっかりの船でムサ苦しくて申し訳ないが、寛いで過ごしてくれ」
「いえいえ。皆様優しくて紳士的な方ばかりで。とても良くして頂いてます」
優雅に会釈するフェリシアに、周囲のクルーの空気がさわさわと落ち着かなくなった気がする。
ああ。綺麗だもんな。
ふんわりとした癖のある長く赤い髪も、何だか良い匂いがするし。
出るとこ出て、引っ込むとこ引っ込んで。
綺麗にラインの出る詰襟でマゼンダのワンピースも、彼女に良く似合っている。
でも、どちらかと言うと、俺は……。
「チビは寛げてるか?」
ぽんとプラチナブロンドを二つ分けにして高く結い上げている小さな頭に手を乗せると。
「あっ……」
びっくりしたように頭に手を乗せて、真っ赤な顔で俺を見上げた。
ぱくぱくした口が、面白い。
「人見知りか? そんなに緊張しなくてもいいぞ」
「あっあのっ……」
スカイブルーの瞳が、真っ直ぐに俺の青紫の瞳に視線を絡ませる。
「一緒にご飯食べませんかっ」
ぎゅっと俺の手首の袖に華奢な手を伸ばして掴む。
たかだかご飯に誘うだけでこの必死な形相。
かっ……。
可愛い……。
フェリシアの赤茶色の瞳が『おやっ』と見開かれる。
「おお。じゃあ、一緒に食おうか。フェリシアも勿論一緒だろ?」
「是非」
にーっこりと、フェリシアがルノアに笑い掛けて、ルノアが物凄く恥ずかしそうにフェリシアの影に隠れてしまった。
「随分と人見知りだな」
「元々恥ずかしがり屋なので。でも、クブラス様とはお話ししてみたかった様ですから」
俺の斜め前の席に着きながら、フェリシアがふふっと笑う。
「お声を掛ける機会があって良かったです」
よく出来ましたと言わんばかりに、フェリシアがルノアの頭を優しく撫でた。
羨ましい。あの小動物の様な少女に、俺ももっと触れたい。
フェリシアに促されて、ルノアが俺の正面に腰掛ける。
「たっ…助けて頂いて、本当に感謝しています。私、さっきはちゃんとお礼を言えなくて」
一生懸命に言葉を紡ぐルノアに、再びその小さな頭に手を伸ばして今度はぐりぐりと強めに撫でた。
「気にするな。無事で良かった」
また、耳まで赤くなる。
なんだ? この可愛い生き物。
面白がってぐりぐりしてると、厨房のクルーがメニューを聞きにやってきた。
「船長はいつもの日替わりで大丈夫っスか」
「ああ。お嬢さん方には積荷から地球人向けのを探して見繕ってやってくれ。俺は待ってるから俺のと一緒に持って来い」
「わかりました」
クルーが立ち去ると、ふとぐりぐりしていた頭が小刻みに震えている事に気がつく。
見ると、真っ赤な顔をしたルノアが大きなスカイブルーの瞳にうっすら涙を浮かべて震えていた。
「あっ……悪りぃ。調子に乗っちまった」
ぱっと頭から手を外す。
フェリシアも、ギョッとしてるのが分かる。
「ごめんなさいね。妹は本当に人見知りで」
優しく妹を抱き寄せながらフェリシアが弁解した。
「いや。俺が悪かった。丁度ルノアくらいの妹がいたんで、つい」
言葉に、フェリシアの赤茶色の瞳が怪訝そうに細められる。
「いた……とは?」
しまったな…と、思う。
湿っぽい話にしかならないし、最近海賊に襲われたなんて、大変な目にあった2人に話すのに相応しい話題では無い。
でも、今は少しでも情報が欲しい。
そして、早く見つけ出して、連れて帰りたい。
「実は、妹を探しているんだ。何者かに攫われてね」
周囲のクルー達がギョッとするのがわかる。
クルーと言っても、母星に帰れば俺に仕えてくれている軍部の部下達なのだが。
明後日にはサヨナラする予定の女子供に何を言い出すつもりかという空気を感じながら、それでも俺は言葉を続ける。
「俺達はアクアツィートル星の者だが、2年ほど前、妹が突然攫われて行方不明になったんだ。今も探しているが、未だに行方がわからない。もし、何か分かることがあったら教えてほしい」
とにかく、情報が欲しい。
「では、貿易商をしながら星々を巡り、妹さんを捜されていたのですね」
真剣な表情になったフェリシアが、不意にルノアから手を離す。
ルノアが手を口にあてる。
何かを考えるように少し俯いて一瞬目が動き、弾かれたように顔を上げた。
「ダートディクスに着いたら、市場を案内させて下さい」
突然の言葉に、俺はびっくりして目を瞠った。
「市場になら、もしかしたら非合法に商売をしている人達を知っている人達がいるかも知れないから」
今度は、ルノアの小さな両手が、俺の手を包み込んだ。
「お礼に、お手伝いをさせて下さい」
水溶型人型のひんやりした体温の俺より、幾分温かなルノアの手の柔らかさを感じながら、俺は、自分でも久し振りだと感じる程破顔した。
「ありがとう。じゃあ、着いたら案内を頼む」
「司令官って、本当に年相応に扱われる事に免疫無いですね」
部屋に着くなりズバリと言われて、何かが胸を貫く苦痛を感じた。
「経験が無いんだから、仕方ないでしょ?」
あまりの私の狼狽ぶりに、ルティシアの方が焦っていたらしい。
だって、地球や月にいてて私の頭に手を乗せるのなんて、両親か兄くらいだ。
身内以外にあんなに触れられた事は無い。
それに……。
「それに、アクアツィートル人は肌が敏感な上に体温も低いから、あまり他の種族とのスキンシップは好まないって習ってたのに‼︎」
頭に両手を乗せて、カノアが涙目になる。
頭に手が来る度に、仲良くしたいという行動に思えて、引きこもり生活の長かったカノアにはどう対処して良いのか分からなかったのだ。
「そう言えば、司令官にしか触りませんでしたね」
「言わないで」
即答に、ルティシアが思わず苦笑する。
「それにしても」
上司を揶揄うのはこれくらいにして。
「2年も掛けて、まさかの妹さんでしたね」
ルティシアの言葉に、カノアが唇に人差し指を当てて嘆息をついた。
両親にお土産を買いたいから。
とか。
どうにか言い訳をして付いてきて貰おうと思っていたら、情報が欲しいとクブラスの方から事情を暴露してきた。
思わず、此方も正直に話してしまおうかと考えて、思い留まる。
全てを話せば、クブラスを地球連邦の事情にも巻き込んでしまう可能性があるし、私だけを頼ってくれたブラウン少佐にも迷惑を掛けかねない。
知らないかと尋ねられて、知らないと嘘はつきたくなくて、『協力させ欲しい』と言った。
誤魔化した感は否めないが、はっきりと嘘は付かないで済ませる事が出来たと、思っている。
2年間も行方不明の身内を探して広大な宇宙を旅しているなんて。
クブラスの心中は、想像する事すら難しくて。
そして、たった1人攫われて檻に拘束されて2年も過ごしているらしいクブラスの妹の心中は、考えるだけで苦しくて。
改めて、自分を頼ってくれたブラウン少佐に感謝の念を感じ、クブラスと彼の妹を助けたいと思った。
「冷たくてザラッとしてましたか?」
少し興味深気に聞いてくるルティシアに。
「水掻きにも触っちゃったわ」
頷いてにっこりと答える。
習うのと実際に触れるのは違う。
貴重な体験だった。
「ライアン少佐へは何と?」
知らせる内容を一瞬考えて。
「明後日には合流できるから、拘束具を解くことの出来る武器を携帯して現地で待つ様に伝えて」
「了解しました」




