目覚め
眠りの中。まだ目を閉じたまま、俺は朝の柔らかい日差しを堪能していた。
俺の一番好きな時間だ。頭は起きているけど目は開けずに、暫く寝転がり、まだ起きたくないという思考に従い続ける。
そう、ベットの上でそよ風に当たりながら、土の匂いに包まれ、木々の揺れる音を聴くのだ。いつもの、最高の朝。
だが、確か寝る前に部屋の窓は閉めたし、家の床は土ではないし、植物も置いてない筈だ。それに、俺はひとり暮らしなので身体を揺さぶり声をかけてくる人もいない。うん、いない。
「リアン。そろそろ起きないと、殴る」
その言葉で、俺はひたすらに無視し続けた起床を促す声に目を開ける。
そして目の前に広がったのは、青々とした木々の葉だった。こんなに開放感のある天井だったかな、家は。
「なぁ、ここ俺の部屋か?」
「あなたの部屋は天井が無いの?それとも緑色なの?」
「いや、天井はあるし、白色だ」
「じゃあ、馬鹿なの?」
このキツい口調に、落ち着いた幼い声。脳裏に青色が浮かぶ。
「馬鹿かも、しれない。目が覚めたら天井がなくて木が生えてるなんて」
俺はまだ身体を起こさず、天井、いや、木々を見ていた。木漏れ日が星みたいに輝いている。
「それなら、私も馬鹿になるわ。ねぇ、それよりそろそろ身体を起こさない?」
俺はゆっくりと起き上がって、俺が目を開けるまで、ずっと俺の名前を呼んでいた少女の方を見た。だが、そこにいたのは俺が知っている少女の姿ではなかった。
いつも着ている濃い緑色のワンピースは、白色の別のものに変わっていて、手には少女より少し小さめの三日月の形をした大きな水晶が嵌ったが握られている。その姿は、聖女を思わせた。
「え、ええと、どうしたんだパロリア、その格好…」
「知らないわ。目が覚めたらこの格好だったの。それに、いつもと格好が違うのは、あなたもよ」
彼女に指摘され、自分の着ている服を見る。
鎖骨辺りで留められたマントに、紺色の長い服。腰には革ベルトが巻かれ、鞘付きの剣が固定されている。頭に違和感を感じて触れてみると、バンダナのようなものがついていた。なんだか、物語に出てくる、勇者のようだ。
「…なんだか、勇者みたいだな」
「驚かないのね。私でも驚いたのに」
彼女は不思議な顔して、自分の服を見て、そして手にある杖を見た。
「いや、だって。夢って当たり前じゃないことが起きて、当たり前だろ?」
「夢だと思ってるのね。私も。丁度いいわ、一発いってみる?」
そう言うと、彼女は杖を少し振りかざす動作をしてみせた。俺は慌てて手を顔の前で振る。
「いや、怖いから…。ほら、頬つねるだけでいいじゃないか」
ありがちだけど、一番良い解決方法だ。俺は自分の頬をつねる。
痛い…。
「あなたが痛いってことは、夢じゃないのね」
「パロリアもつねれば?あなたの夢かもしれないぞ」
「遠慮しとく」
彼女は立ち上がり、少し辺りを見回してから歩き始めた。見たところ周りには木しか生えていないから、ここは森の中なのだろう。
俺は彼女についていく。
「どこに行くんだ?」
前を歩く彼女は、俺の頭一個分程小さい。
「とりあえず、森を出ないと。人が居そうな集落でもあればいいのだけれど」
それなのに、俺よりも大人びている。
「あまり動き回らない方がいいんじゃないか?まずは雨風を凌げるような場所を探して…」
もう少し子供らしくてもいいんじゃないかと、いつも思う。
「それも一緒に探すわ」
でも、それも含めて彼女なんだろうな。
あれ、今、黒色が思い浮かんだ。どうしてだろう。
そんなことをぼうっと思っていると、彼女が急に止まった。俺は前のめりになりながらも、なんとか彼女にぶつからないよう努めた。
「な、なに。なんで急に止まったの」
前を向いたまま彼女は立ち止まっていた。
「黒色」
枯れ葉が地面に落ちるような。そのくらい小さな声が、彼女の口から零れた。
「え?」
「今、黒色が思い浮かんだの」
彼女は振り向いて、俺の方を見る。その顔は、子供が初めて見るものを、親にそれが何か尋ねるような、表情をしていた。
「黒色?パロリアも?」
「あなたもなの?」
俺らは顔を見合わせて、首を傾げた。同じものが思い浮かぶなんて、不思議なこともあるものだな。
「なんだろうな、この黒色」
「わからない。けれど…」
彼女が空を見る。俺も倣って空を見る。葉の隙間から、青色がチラチラと顔を出す。
「一緒に、白色も見えた」
俺には、見えなかった。
『―第1章―目覚め』いかがでしたでしょうか!
表現力とか語彙力とか、川に投げ捨てた状態で殴り書いているので読み難いとは思いますが、楽しんでいただけたら幸いです。
第2章もお楽しみに。