メトロノーム
日曜日の朝、男は妙なリズム音にうなされて目を覚ました。
「カチッカチッカチッ」
メトロノームだろうか?
しかし男の家にはそれらしきものはひとつもなく外から聞こえてくるものだった。
「変に音がでかくないか?」
真冬の朝当然外気は冷えているので窓は閉め切っている。多少の鳥の声は聞こえるとしても家での生活音は聞こえないはずだ。
「まだ早いしもう一眠りするか。」
羽毛の布団を全身に掛け、男は二度寝に集中した。
「カチッカチッカチッ」
人は寝る時、当然音を出さなくなる。部屋での生活音がゼロになると聞こえてくるのはあのメトロノームの音だった。
「あーもう!うるさいなぁ!」
その音と苛立ちで男は目が覚めきってしまった。
シャワーを浴びで服を着替え、適当に朝ごはんを済ました。
「カチッカチッカチッ」
頭を石鹸だらけにしている時も、服のボタンが閉じにくくていらいらしていた時も、食パンにバターを塗っている時もあの音は消えなかった。
家の中にいると音に反応してしまうで車を街のしょっピンセンターまで走らせた。
メトロノームの音とウィンカー音が被り、何度も事故にあいそうになったことは言うまでもなかった。
あの音から阻害するためにここまで来たというのにその音は一向に消えなかった。
「カチッカチッカチッ」
ただ一定に刻まれたそのリズムに、男は足音を合わせるかのように歩いていた。
次第には自らの口でそのリズムに刻みその音は彼の中で悪いものではなくなっていた。
運転中もふろ場で体を洗っている時も夜ご飯のステーキを切っている時もそのリズムに合わせるようになった。
まるで調教された家畜のように彼の生活はメトロノームによって調整されていくのだった。
一周まわったある冬の日のこと、過去にはまちわびていた事がついに起こった。
メトロノームの音が消えたのである。
どれだけ部屋の音を消し、耳をすましてもあの音が聞こえることは無かった。
「あれ?どうしたらいいんだ?」
歩こうにも足を出すタイミングが分からない。風呂に入ろうにも服のボタンの外し方が分からない。そしてコップにミルクを注ごうにもコップがいっぱいになるミルクの量が掴めなくなっていた。
あれほど憎んでいたあの音が消えたと思うと男はメトロノームが恋しく、いやそれ以上に生活が出来なくなっていた。
「ダメだ…。呼吸するタイミングがわからん!」
そう言って呼吸出来なくなり気を失ったのはすぐ後のことであった…。