さばかん
差し込んできた日の光で、目が眩んだ。一面に絵の具をまいたような青空だった。柔らかい春の風が二人を包み込んだ。思わず息を飲んだ。彼女はそんなものは気にも留めず、おもむろにドカリと座り込んだ。スカートの裾がめくれているのにも気づいていないらしい。トントン。僕を見ながら、座れと言わんばかりに床を叩いた。僕は犬じゃないんだけどなぁ。僕は少し離れたところに腰を下ろした。
彼女は腰をわずかに浮かせるとポケットをごにょごにょと探り出した。引き抜いた手には拳ほどのブリキの缶が握られていた。
―……サバ缶?
唖然とする僕をよそに、そそくさと反対のポケットから割り箸を取り出した。
よくわからなかった。女子高生が。スカートのポケットから。……サバ缶。割り箸をくわえて鼻歌交じりにサバ缶を開ける彼女を見つめる僕はよほど間抜け顔だったに違いない。
パクリと一口食べると、満足そうな笑みを浮かべた。彼女が笑っているところなんて初めて見た。
「食べる?」
唖然とする僕に彼女はサバ缶を差し出した。
「あ、いやサバ缶は苦手で。」
「……ほーん」
彼女は不満げに首を傾げた。彼女の視線に耐えられず、どうでもいい質問を投げてみる。
「いつもここにいるの?」
「うん、まぁ」
彼女は再びサバ缶を突っつきはじめた。肩にかかった髪が陽の光を受けながら揺れている。
「毎日サバ缶?」
「うん」
しばらくの間、ぱこぱこと缶をつつく音だけが響いた。これ以上、何を言えばいいのだろうか。
「サバってね、海に住んでるんだよ。」
「え?」
突然のことに声が裏返ってしまった。
彼女は小骨を器用に取り分けながら続けた。
「海はね、広くて、深くて。今はこんな缶の中に閉じ込められてるけど、サバだってスイスイ泳いでたんだよ。」
頭上の空を大きな影が音もなく裂いていった。
「ほら。あの鳥だって。空と海って似ていると思わない?広くて、深くて、離れていくほど、暗くなる。」
彼女の箸はもう動いてはいなかった。
「アジも、コハダも、マグロもサバも。カラスもトンビもハヤブサも。みんな広い世界でのびのび生きてる。」
空が広がっていた。広い空。深い空。人には手の届かない空。サバが一尾、太陽の方へスイスイと泳いでいった。
「人間だけだよ。こんな窮屈に生きてるの。」
暖かい風が胸を撫でた。瞬間、自分がすごくちっぽけな存在である気がした。なんだか気持ちが軽くなった。
―何も缶詰の中で生きることないんだ。
校庭のチャイムがなった。
ちっぽけだからこそこんなにも世界が広いんだ。大の字になって空を仰ぐ。まっすぐに手を伸ばしてみる。サバはどこかへいってしまった。
彼女もどこかへいってしまった。




