新入生勧誘大作戦! 1
「ふわあああ……」
盛大なあくびの音を聞いて、俺は思わず吐きそうになったため息を抑え込んだ。ここで隣に座る俺までため息をつけば、2人合わせて評価が落ちてしまう。
「……アウラ。あくびはせめて、隠せ」
隣に座る金色の少女にこそこそと話しかければ、無言の拳が返ってきた。脇腹を抉られた俺は、必死にせき込みそうになった呼吸を整える。
「……なぜ殴る」
「……屈まれて腹が立った」
そう言われても、小柄なアウラの耳元で話そうとすれば俺はかなり背を丸めなければならないのだ。
「いやだってお前ちっちゃいからしょうがないじゃんか」
「もう一発いっとく?」
「俺が悪かったです」
再び構えられた拳に、俺は白旗を上げた。
「……にしても、もう新入生の季節か……」
俺は姿勢を戻し、壇上に立つ人間に視線を向ける。この学院のトップである学院長が、厳かな声であいさつを続けていた。
「諸君らにとっては、もう耳の痛くなるような話ではあると思うが、“異能”は人を傷つけるための力ではない……時に、年若い人間であればあるほど、ちょっとした感情の暴走で、取り返しのつかない事態になることもある。そのため、諸君らはここでよく学ぶのだ。よく学び、よく悩め。正しさというものは時代、人、立場によって変わるもの。であるならば、自分にとっての正しさ、国にとっての正しさ、立場によっての正しさを、この学院で教えてやることはできぬ。諸君らは考え続けることだ。決して思考を止めてはならん……」
――クローディア学院は、国の中央部に作られた学院だ。ともすれば迫害の対象になり、暴走を引き起こす“異能”持ちたち……彼らを制御し、国益に繋がるようにするために設立された教育機関。“異能”持ちたちは、思春期の時期に暴走することが多い。そのため、クローディア学院の入学生はみな、12歳になるとこの学院に入ってくる。ごくまれに、“異能”が見つかるのが遅くて、14歳とかで入学する者もいるが、基本的には12歳で入ってくる。
俺とアウラは同級生。クロ―ディア学院の3年生であり、卒業まであと3年。
「……新入生諸君には、期待している。そして先輩となる在校生の諸君よ、よき見本となれるように努力を怠るな。以上」
壇上を去った学院長に、惜しみない拍手が送られる。国を救った英雄でもある彼を、尊敬していない人間はいない。少し以上に話が長いのが玉にキズだが、それでも彼を慕う人間は非常に多い。
「はぁ~、やっと終わったわ。早くお昼ご飯食べに行きましょ」
こいつのように例外もいる。
「……何よ、その『信じられない』って目は」
「いや、なんでもない」
俺の身長が165cmなのに対し、目の前にいる少女は140cmないくらい。人混みに紛れると埋まってしまうほどの低身長だ。仲間内ではその戦闘能力と常識的な判断力で頼りにされているが、見た目がお子ちゃまのため、初対面の人間には勘違いされやすい。新入生が入ったということは、今年も去年のような事態が――
「なんか失礼なこと考えてない?」
「全然?」
金色の髪を1つにまとめた少女――アウラは、俺と同じ15歳。そろそろ、この学院卒業後の進路を決めなくてはならない時期だ。
「……とりあえず食堂に向かうでいいかしら」
「いいんじゃない?」
ガヤガヤと移動を始めた集団に紛れ込み、俺とアウラは講堂を出ていく。このあとは新入生である1年生にオリエンテーションが行われ、午後からは在校生は授業である。アウラは戦闘訓練、俺は教養の授業。生徒個人の“異能”には向き不向きがあるので、それぞれ受ける授業が違う。
「……私、人混みって嫌いなのよね」
「……埋もれるから?」
「はっ倒すわよ」
体型的に見れば冗談に聞こえる言葉も、彼女の“異能”を知っている俺からすれば冗談には聞こえない。俺の“異能”は色んなことができるが、戦闘には向いていない。というか、ありとあらゆることに向いていない。
生徒たちのざわめきに包まれながら移動していると、やがて前に食堂の扉が見えてくる。クロ―ディア学院では基本的に食事は食堂で食べる。あまりおいしくはないのだが、無料なのだ。生徒たちの中には自炊する者、学院の外で食べる者もいるが、圧倒的に少数派だ。
「今日は……コロッケね」
「やった、当たりだな」
俺とアウラは不愛想な職員から木製のトレーに乗った食事を受け取り、食堂の中を移動する。
「じゃんじゃじゃーん! こっちだぜぎゅむぅっ」
「あ、ごめん気づかなかった」
俺の影から上半身だけ出したリリシャを踏んづけてしまった俺は、そのまま右足を不必要にぐりぐりと動かしてから足を退ける。頭を押さえて呻く茶髪の少女は2年生のリリシャだ。いったいいつから俺の影に潜んでいたのか。
「ふ、ふふふふっ、ゼス先輩は相変わらずですねぇ……!」
「お前もな。勝手に俺の影に潜むなよ。プライバシーの侵害だぞ」
「ふふん、『雑用係』にそんなものあるわけないじゃないです……か……」
そこでようやく、リリシャは自分を睨みつけるアウラの存在に気づいたらしい。
「や、やだなぁアウラ先輩。ちょっとした冗談じゃないですか」
残像すら残さず素早く動いたアウラが、片腕でリリシャの首を引っ掴んで俺の影から引きずり出した。俺の位置からはアウラの目は見えないのだが、リリシャが怯えた表情をしたのでよっぽど恐ろしい顔をしているのだろう。
「殺すぞ」
女性が出すべきではない低い声でリリシャを脅しつけたアウラは、そのままぽいっとリリシャを捨てた。ベシャッ、と食堂の床に落ちたリリシャは、涙目で俺を見上げる。
「ゼス先輩~! アウラ先輩、超怖いんですけど!?」
「お前、意外と肝据わってるな……」
非合法な仕事をする人間すらも、アウラの本気の『威圧』の後には震えて使い物にならなくなるというのに、リリシャは立ち直れたらしい。
「殺すぞって言われたんですけど!?」
「冗談よ」
抗議するリリシャに、アウラは冷たく返す。その時、獲物を見定めるようにニヤリと笑ったのを見て、リリシャは今度こそ言葉を失った。がっくりとうなだれ、何故か俺を睨んでから食堂の一角を手で示した。
「ノカ先輩たちはあちらにいらっしゃいますぅ~……」
「お、ありがとう」
「おかしい……こういうのは本来『雑用係』のゼス先輩の役目のはず……」
ぶつぶつと不満を呟き続けるリリシャ。いや、こういうのは一番年下がやるべきだろ。
「でも、私たちをノカ先輩が集めるなんて珍しいわね?」
「あー、ほら今日から新入生が入るからじゃん?」
「まさか、『新人』?」
「私の下が入るってことですかぁ!?」
「うーん、その可能性はゼロではないけどな。どうだろうな」
我らがノカ・リベリアがリーダーを務める会合――非公式の集まりだが、『異端部』と呼ばれている――『異端部』には、現在5人の人間が所属している。その誰もが、“異能”が原因で生徒たちの輪に入れない、ワケありの人間だ。
ノカ・リベリア自身がこの国の伯爵令嬢ということもあり、この集まりは学院側に黙認されている。厄介者たちを集めてくれてありがとうぐらいには思っているのだろうか。あの教室は紆余曲折を経て手に入れた我等『異端部』の拠点である。
「ノカ先輩のお眼鏡に叶うかどうか、ですね」
4年生のノカ・リベリアの“異能”は単純である。彼女は、『死なない』。言い方を変えるのであれば、『死ねない』のである。どんな状態になろうと、体は再生し、意識を取り戻す。それゆえの『不死姫』だ。
そして、彼女によると今の3年生は豊作であったらしい。強力な“異能”を持つ『雷狼』アウラに、口を開かずに“異能”で会話する『文言奏者』のナナリール、そして複数の“異能”を持つ『雑用係』の俺。俺のことは最初、狙っていなかったらしいが、アウラから俺の“異能”の詳しい内容を聞くにあたり、採用されたのだ。認められて嬉しいか、異端者扱いされて悲しいかと聞かれると、微妙なところだ。
そして、今年から2年生になった『影泳者』のリリシャはスカウトというよりは教師に泣きつかれたと聞いている。影から影に移動する彼女の“異能”は厄介極まりなく、なんとかしてくれと言われた……らしい。詳しくは俺も知らない。
「全員揃ったわね」
席に座ると、ノカ先輩がニコニコとほほ笑みながら俺たちの顔を見渡した。俺とアウラはノカ先輩の顔を見ているが、リリシャはアウラをチラチラと伺って身を縮めているし、ナナリールにいたっては本から視線を上げようともしない。なんというか、まとまりのない集団である。ナナリールが左手で本を読みながら、右手で器用にコロッケを食べているのは流石というべきなのかもしれないが、マナーという意味では褒めたくはない。
「はあ。で、これは何の集まりなんですか、ノカ先輩。すでに結構な注目を集めてますけど……」
「まあ。アウラちゃん、座っていいのよ?」
「もう座ってるわ!」
ニコニコとほほ笑みながら吐き出された毒に、アウラが鋭いツッコミを入れる。苦労性だなぁ、アウラは。低身長を弄られるとマジで怒るからなぁ。
「あら、そうなの? じゃ、ゼスくん。いつものお願いね」
「……わ、私も!」
「私もお願いしますゼス先輩!」
俺の前に、3つのトレーが集まる。俺は息を吐くと、右手をかざす。食事時にみんなで集まると、いつも俺の“異能”の出番である。
数分後、俺の前に集められた食事は、コロッケもスープも出来立てのように湯気を上げていた。
「ここのごはんは……あんまり……美味しくないけど……」
「食ってから喋れ」
湯気を上げるコロッケを頬張っていたリリシャが、ごくんと音を立てて飲み込んでから口を開く。
「食堂のごはんってあんまり美味しくないけど、ゼス先輩がいると多少マシになりますね! なんでしたっけ、その“異能”!」
俺は右手を開閉しながら声に出す。
「右手をかざした食べ物を温める“異能”――名付けて、『レンチンハンド』だ」
「発動条件は?」
「俺が心の底から恥ずかしがっている時しか使えない」
「何を思い出してたのかな~?」
ニヤニヤしながら問い詰めてきたアウラだが、お前それは自爆だぞ。
「――あれは去年のことだ。お前が俺の着替えを堂々と」
「うわああああああッ!? ナシ! 今のナシ!」
「くふふふっ! アウラ先輩の弱点見つけたりィ! アウラ先輩ってゼス先輩の着替えを――」
「殺すぞ」
「あれッ!? いだだだっ痛い! アウラ先輩痛いです! ちょっ、これ本気で締まっ――」
アイアンクローでリリシャを黙らせたアウラは、微妙に赤くなった顔でコロッケをつつく。照れてるな、こいつ。俺はアウラをからかいながら自分のコロッケを温めようと――
「今ならお前にもこの『レンチンハンド』が使えるかもしれ……」
あれっ俺のコロッケどこ行った?
「そんなしょうもない“異能”要らないわよ」
……あれ?
「うふふ、私は好きですよ。ゼスくんの“異能”」
ノカ先輩が嬉しそうにコロッケを頬張ってる。いや、違う。ノカ先輩はコロッケを取ったりしない。なにより俺の正面に座るノカ先輩がコロッケに手を伸ばしたらさすがに気づく。怪しいのは――
「……なあアウラ、お前なんで頬っぺた両方膨らんでるの?」
「へいちょうひ」
「そんな成長期があるかッ!」
俺はツッコミを入れるが、突っ込んだところでコロッケは戻ってこない。無情にも、コロッケはアウラの喉を滑り落ちていった。ああ、俺のお昼ご飯……。
「じゃあ、オチがついたところで話していいかしら~? ほら、ナナちゃんもご立腹だし~」
ナナリールの方を見ると、いつもの白いボードを掲げていた。そこには『早く本題に入れデカパイ』と書かれていた。ちなみにナナリールの前の皿は全て空になっていた。俺は左側を見て、さらにその奥を見て、最後に自分の胸を見て、ノカ先輩に目を向ける。
うん、デカパイはこの人しかいないな。だってアウラは――
「……次、胸元見たらコロス」
「……はい」
アウラの恫喝に、俺は頷くことしかできなかった。その様子をニコニコと見守っていたノカ先輩だが、手を胸の前で組んだ。微妙に胸が寄せられたのを見て、2人の目線がキツくなったが、そんな視線を意に介さず、ノカ先輩はふわふわと笑う。
「今年の新入生に、この『異端部』に入れる人はいそうかしら?」
「はいっ、異議がありますノカ先輩!」
「発言を許可します、アウラちゃん」
右手をピシッと上げたアウラの異議は、
「『異端部』という名称は、私が異端ではないので名称を変更すべ――」
「却下します」
「はやっ!?」
即座に却下された。困ったようにしているが、ノカ先輩は微笑を崩さない。
「もっといい名前があったら考えるわ~」
「雑用係と愉快な仲間たち!」
「私と私の下僕ども!」
「友達いない組!」
『贄』
最後のはリリエールが提示したボードに書かれていた。たった一文字で俺の背筋に寒気を走らせるとは、恐ろしい女だ。
「まだ『異端部』の方がマシね~。というわけで、今年は新入生を1人、『異端部』にいれようと思うの~」
「へぇ……目星はつけてるんですか?」
こういう言い方をするということは、ノカ先輩はある程度目星をつけているのだろう、という予想からの質問だった。なにせ今この場所にいる4人は、全員がノカ先輩によって『異端部』に入っているのだから。しかし、そんな俺の予想は裏切られた。
「いいえ~? そろそろ、人材の発掘も譲ろうかな~と思っていてね~。1人につき1人、これはと思う新入生を連れてきて~」
「「「……は?」」」
いつものようにニコニコと笑いながらノカ先輩が落とした爆弾に、3人分の唖然とした声が重なった。ナナリールは『私はパス』と書かれたボードを掲げて、我関せずを貫く。
「あ、ナナちゃんは除外ね~。だって、喋れないんじゃ勧誘もなにもないもの~」
『その通り』と書かれたボードを掲げるナナリールを見て、俺とアウラとリリシャはさすはにノカ先輩に食ってかかった。
「いやそれって不公平じゃないですか!?」
「そうです! ナナっちも努力すべきです!」
「あ、あー、俺なんか喉の調子悪いなー!」
「ゼス先輩何逃げようとしてんすか!?」
「うるせぇてめぇ『パチパチヘアー』食らわせんぞ!」
「ゼス……裏切る気……!?」
「俺が誘ったら誰だって『異端部』に入りたくなくなるだろ! 『雑用係』だぞ!」
「あ、それは問題ないですよ先輩方。『雑用係』も『雷狼』も私の学年じゃ悪い噂ばっかですから。嫌われ者っすね!」
「「お前にだけは言われたくない!」」
醜すぎる俺らの争いは、ノア先輩が昼食を食べ終わって仲裁するまで続いたのだった。