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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

私だけの不良

作者: 草鳥


 授業の終わりを告げるチャイムを屋上に寝転がりながら聞く。

 授業をサボったのはこれで何度目だろうか。最初は口うるさかった教師たちも、最近は諦めたのか何も言ってこなくなった。

 いいことだ。無駄なことをするべきじゃない。人に言われたくらいで真面目に授業に出るなら最初からサボっていないし。


「……暇だな」


 あくびをし、いっそこのまま早退してやろうか、そう思ったときだった。


 バン!!


 と激しい音を立てて屋上のドアが開かれた。そこから覗いたのは見慣れた顔。


「やっぱりここにいた」


「またあんたか風紀委員長。暇なの?」


 肩までで切りそろえた黒髪に、きっちりと学校指定の制服を着こんでいるどこから見ても優等生のこいつは、なにかとちょっかいを掛けてくる風紀委員長。あたしがサボり始めたころからこうして付きまとってくる。うっとうしいったらない。


「そんなわけないでしょ。風紀委員として不良を見過ごすわけにはいかないわ」


 制服をそんなに着崩して、髪も染めて!

 眉を吊り上げて小言をぶつけてくるこいつに少し腹が立つ。こんなことをしてこいつに何のメリットがあるんだか。


「……点数稼ぎもほどほどにしときなよ。これ以上内申上げてどうすんの」


「ふざけたこと言わないで。あなたを見てるとイライラするってだけよ」


「ああそう。あたしはあんたを見てると息が詰まりそうだ」


 そう吐き捨てて立ち上がる。短く折ったスカートの端を軽く叩いて砂を落とし、屋上を出ようとする。


「待ちなさい! 話はまだ……」


「いい加減うるさい。あんたも他人(ひと)のことばっかじゃなくて自分を気にした方がいいんじゃないの?」


 扉を後ろ手に閉め、ため息をつく。

 ほんと何なんだあいつは。今や誰も見向きもしないあたしにあそこまで突っかかってきて、何のつもりなんだろう

 おかげで最近は頭の中があいつでいっぱいだ。


「ほんとに……うっとうしい」



 * * *



 次の日。


 あたしが放課後の教室でぼうっとしていると、知らない女子が入ってきた。


「あの、先輩。下校時刻過ぎてますよ」


 小柄で可愛らしい女の子だった。少しおびえたような目でおどおどとこちらを見ている。


「あん? 誰、あんた」


「風紀委員です。下校時刻になっても学校に残っている人がいないか見回りをしてて……」


 はあ、あいつの後輩か。先輩に似て真面目ですこと。

 癪だけど、まあ残ってても特にやることは無い。

 素直に従うことにした。


「はいはい、帰ればいいんだろ」


 そう立ち上がろうとした瞬間、


「何をしているの?」


 聞き覚えのある声が掛けられた。

 目を向けると、例の風紀委員長が教室の入り口に立って無表情でこちらを見ている。


「あ、先輩!」


 後輩の風紀委員は露骨に顔を輝かせ、風紀委員長に駆け寄る。

 ふうん、あいつ結構慕われてるんだな。意外だ。

 あたしに対してはあんななのに。


 二人は何やら話すと、後輩のほうは教室を出ていった。持ち場交代ということだろうか。

 風紀委員長に何か言われても面倒なので、早めに出ようとぺらぺらの鞄を持ち上げると――――


 つかつかと歩み寄ってきた委員長に、胸ぐらをつかみあげられた。


「がっ……! なにすん……」


 細腕とは思えないような力で締め上げられる。

 喉元が詰まってうめき声が漏れた。


「――――なんであの子の言うことは素直に聞くの?」


 目を見開き、鬼気迫る表情で意味の分からないことをのたまう。

 見たことのない顔に、情けないことにあたしは完全に抵抗の意志を折られてしまった。

 なんだ、何が起こってる。なんであたしはこんなことをされている。

 誰だ、こいつは。私の知っている風紀委員長じゃない。

 こいつは真面目で、優等生で――――


「私の言うことには全然耳を貸さないのに、あの子の言うことは聞くの? なんで?」


「や、やめて……」


 なんとか声を絞り出すと、糸が切れたようにあたしを締め上げる手の力が抜ける。

 腰が抜け、思わず座り込んでせき込む。

 風紀委員長はさっきとはまるで違う、完全な無表情のまま屈み、唇をあたしの耳に寄せる。

 また何かされるのかと、思わず身体をびくっと震わせる。


「他の人の言うことなんて聞かないで。あなたを更生させるのはこの私よ……逃げられるなんて思わないことね」


 その声はあたしの耳から入り込み、毒のように染みわたった。



 * * *



 しばらく後、我に返るとあたりは随分と暗くなっていた。

 どれくらい呆然としていたんだろう。いつのまにか風紀委員長はいなくなっていた。

 声を吹き込まれた耳に手を当てる。まだ熱が残っているような気がした。

 上を向き、長い溜息をつく。体に残る毒を追い出すように。


「はは……あいつ、ぜんっぜん優等生じゃない」


 思わず笑い声が落ちた。


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