その5
ガンガンに稼動するエアコン。
エコが叫ばれる昨今、真逆をひたはしる図書館である。
「エコって何よ」
「私のパトスが叫ぶのだ」
「そうかい」
「イヒ。ヒヒ。タト。タタ。タロ。ロハ。ハム。ムコヨウシ。モツ。シチミ」
同僚はいつも通りの返却作業。突っ込み無いのは悲しいもので、いつ来るのかと構えていても、ただ流されて無視されていて、それでもボケるよどこまでも。
「その調子って、最近の流行りなの?」
「わたすのミトスが叫ぶんだぁ」
「はいはい、特に理由がないことぐらい分かってましたよ」
世界樹とも呼ばれるユグドラシル。ユグ=ドラシルかユグド=ラシルか、悩み所ではあるがともかく。
世界樹の伝説には様々なものがある。世界樹の上に世界があるだとか、世界樹が魔力の源である何か、通称マナを無限製造しているだとか、世界樹の枝一本で魔王を倒した勇者がいたと思えば、世界樹の杖を持った魔王もいて。その葉っぱは煎じて飲めばありとあらゆる怪我病気が治る万能薬。根っこ少量を煮詰めると不老長寿か不老不死の薬になり、一説によると賢者の石の材料でもあるらしい。もうなんでもありだ。わけがわからないよ。
もういっそのこと世界樹自身が訪問診療のビジネスを始めたらどうだろうか。大成功間違いないだろう。
いかがだろうか。
「知るか」
そう言うと思ってプランを26ほど作ってきた。刮目して聞き流せ。百聞は一見にしかずだ。
「おねーちゃん、ごほんおねがいしましゅ」
「はい、カード出してくれるかな」
仕方がない。幼女に免じて許すとしよう。か、考えてなかったわけではないぞ。ほんとだぞ。
「返却は二週間後までにお願いします。返さないと怖〜いお兄さんが押し掛けるのでお気を付け下さいね」
「はーい」
幼女は『あるひのばんに』という絵本を大事そうに持って、図書館を出ていった。
『あるひのばんに』は今から数年前に書かれた、比較的新しい絵本だ。人気女流作家と柔らかいタッチが特徴のイラストレーターがタッグを組み、ずっと昔の古典を子ども向けに大幅に書き直した作品で、続編もいくつか出ている。
数日前にアニメ化が決定したので、あの幼女はそれに合わせて借りにきたのだろう。
「そういえば、世界樹がマナを無限に産み出すのなら、発電所代わりにできるわね」
そうだろうか。マナを電気に変える施設の設置と維持、さらに送電コストも考えると、安くはないだろう。そもそも世界樹があるかどうかも分かっていないというのに。
「いやに現実的ね」
エネルギー保存則がある限り、現実は常に非情だ。例えばカミュエルが今吸った空気の中に嫌いな奴の吸った空気が含まれている可能性はかなり高いのだから。
「何か想像すると苦しくなってくるわね。ていうか私の名前、覚える気があるの」
あるわけがない。