#4 悪夢の真実・絵夢の意義
何層にも重なった悪夢の中。そこは私が思い描くことの無かった世界が広がっていた。
黒々と、そして怪しい世界が広がっていた。人の悪夢。それは、様々有り過ぎて頭が壊れてしまいそうだった。
「悪夢。今まではどうやって補給してたの?都築さんから?」
余りにも気持ちの悪い世界に、戸惑い、吐き気がするその状態を察知したのか?杉浦は気を紛らわせるためか、問いかけてきた。
「ええ。そうよ……悪夢のエナジーだけを補給してきた。味って物を本当は判らないの。でも、恵様は、味があるってそう言っていらした」
そう、悪夢の内容。そして、恵様がおっしゃる『味』というものが判ってはいなかった。今までその事に関しては感想も言えずにいた。でも、此処に来て感じたのは、どす黒い、腐った空気だ。
「人はね、悲しみ、怒り、憎しみなどのマイナス面を心のどこかしらに持っているんだ。でも、それをひた隠し生きている。そして、そのイメージを持って夢の中で生産する。無意識界は、自分でも判ってない事が多いんだよ。水面下で行われていることなど、判らないのと一緒だ。でも、俺達アカンシャスの者は、それを食べてそして明るい無意識界を取り戻す。それが本来の使命なんだ」
饒舌に杉浦は話し出した。いつもの阿呆面が嘘のようだ。
「そう。でも、私には出来ない。何故?」
「それは、さっき霧人の兄さんが言ってた通りなんだよ。世界を変えようとしている神の悪戯。その結果、アカンシャスは人口が減った。もしかしたら、人間に、俺達に、警告を発しているのかもしれない。人の心の奥底。無意識への関心を勧めるために!」
今、何処からか若い女性の悲鳴が聴こえた。
「今の、何?」
「色んな夢がある。きっと、何かに追い掛けられる夢でも見てるのかも知れないね?」
私はガンガンと鳴らす甲高い警報で頭が割れそうな気分になった。悲鳴、嗚咽、怒鳴り声。様々な声が脳に届く。見ている映像も残酷すぎて、目が当てられない。
「恵様は、こんな夢を補給しているの?それを毎回私に……お疲れになるはずだわ?そうよね?違う?」
今まで悪夢を私の為と、自分の為に補給してきた。それを思うと、心がはちきれそうだ。
あ、だから杉浦はあの時、恵様を見て『疲れてるんだね?』と言ったのか?何も感じられなかった自分を、もの凄く恥じた。
「本当に、都築さんの事が好きなんだね?主従関係も色々だけど、北山さんは一味違う。自分を追い詰めることはないよ?都築さんも、君にちゃんと大切な物を貰ってるはずだからね?」
何を?私は何もして差し上げてない。私は只のお荷物だ。そう思うと、目から水が流れ落ちた。これは何?私、泣いているの?悲しいの?悔しいの?
母に捨てられても泣いたことなど無い。でも、今私は涙が零れてそれが止まらない。
「人はね?信じられる事が大切なの。でも、それは依存で終わってしまってはいけないと俺は思うんだ。笑って生きなきゃ!」
杉浦の言葉が胸に届く。こいつがいつも笑っていられるのは、それが大切だからと知っているからなんだと判った。
「俺ね?都築さんを、教室で時々眺めてたんだ。心の豊かな子だなって。そして、プリンセス候補生だと知ったのは、廊下ですれ違った時、掌の紋章が見えたから。都築さんは、始めから知ってたはずだよ。俺がプリンス候補生だって。だって俺の場合、顔に移動する紋章を絆創膏で隠してるだけだったからね」
そして一息入れる、言葉を紡いだ。
「でも、彼女は近づかないようにしてた。常識のある子で、とても好印象だった。同じ高校の同じクラス。まさか、あの場所で出会うなんて思っても無かったけどね?」
杉浦の話を聴いていると、周りの雑音や映像が吹き飛ぶ。これが、次世代を担っていくプリンス候補生の力?馬鹿なだけじゃなかったんだ。学問への執着心は無くとも、きちんと大切な学ぶべき事を学んで、育ってるのだと理解した。私は、杉浦を見直した。きっと素晴らしいプリンス、そして、頂点に立つ王になるであろうと確信した。
「さて、この先が最終ラウンドだね?ここから先は、死を覚悟しないといけないかも?」
杉浦は、ギュッと力強く私の手を握り締めた。私はハッと前を向いた。目の前に立ち塞がる大きな黒ずんだ扉が有る。そして、その前で、停止した。
「これが無事終わったら、都築さんに伝えるよ。俺の本当の気持ち。だから生きて帰らなきゃな?」
「どうせなら、お目覚めのキスでもして差し上げたら?眠り姫のように」
私は付け加えた。そして、クスリと私は微笑んだ。杉浦なら、大丈夫。恵様とお似合いだ。そして、心から賛成できる。
恵様?貴女は大変価値のある物を得られますね?そう心で唱えることが出来たのである。
それから、目の前の重い扉をこじ開けようと私と杉浦は力を合わせて押した。しかし、ビクともしなかった。
「何だ?この扉は?開かない……」
杉浦は、浮遊している体なのに、その場で胡坐をかいて、髪の毛を掻き毟って考えていた。私もこの先に何かが隠されていると思っている。なのに此処で足を止められて、イラついた。
「何かが足りないのか?それとも多いのか?それが何なのか、俺には判らないよ〜〜〜」
杉浦の気持ちが判らないわけでは無いけど、此処で頑張って欲しいものだ。ちょっと他力本願。でも私に関係するものは何かある?そんな事を考えながら暑さを感じ、汗ばんできたような気がする自らの額を拭った。
すると、一筋の光が扉の一点に当たった。
「え?」
何やら、鍵穴のような物がそこに有った。
「杉浦くん……あれ……!」
私は素早くそれを指差した。
「何?」
小首を傾げて杉浦はそれを見た。光は消えてしまい、鍵穴は消えてしまった。
「鍵穴じゃないかな?さっき幽かに見えたのよ……」
私は、直ぐに消え去った光が何だったのか
?をもう一度考えて、さっきみたいに、額に手を持っていった。星型の黒子のある額。これが何か関係有るの?そう疑問に思った。そして、前髪を掻きあげてさっきの光を望んだ。
すると、光が再び一直線に放たれた。私はしっかり額の下にある黒子を露にしたまま前髪を押し上げていた。
「ほら、あれよ!」
と、杉浦に指し示した。すると、杉浦にもその鍵穴が見えたらしい。早速その鍵穴に近づいて行った。勿論私も後を追った。
その鍵穴は、私の背丈よりも少し高い位置に在った。そして、杉浦は、私より背が低いので、背伸びをして目を凝らしていた。
そして、その鍵穴の下に何か文章が書かれてあることに気が付く。
「何て書いてあるのか、私には読めないわ!何が書かれているのかしら?」
そう、その文字は古代文字で、紋章と同じ様な文字であった。
「う〜ん。俺には見えないんだけど……」
その見えないというのは、背が足らないから?それとも読めないという意味?
「悪いんだけど、北山さん、肩車してくれる?」
おいおい。仕方ないな〜って思いはしたが、もしかしたら、杉浦には解読出来るのかも知れない。そう思うと、私は、浮遊しているその場で杉浦に肩車をしてあげた。思ったより軽かった。それは、重力が無いからかもしれない。
「判ったよ。北山さん!そのままで居てね?どうやら、鍵は俺の紋章が関係してるみたいだ!」
頭の上で理解した内容を遂行すべく、杉浦は肩の上に足を乗せて立ち上がった。すると、丁度鍵穴の部分に、紋章の光が走った。
『ギ〜〜〜〜ッ』と重くてどうしようも無かった扉が開く。
「杉浦くん!開いたわ!」
私は嬉々としてそう言った。杉浦は、すぐさま私の肩から飛び降りた。
「鍵は、俺の紋章だったんだね。でも、この先何が有るか判らない、気をつけような?」
にっこり笑って、でも、心配りしてくれるのがありがたい。そして、私も役に立ったと思うと嬉しく感じられた。
私と杉浦は、その先に進んだ。中は光に満ち溢れた、花々が辺りに咲き乱れ、小川のせせらぎが聴こえる。まるで、思い描いたような天国かと思える景色がある不思議な世界だった。
頭に神々しい輪っかを乗せた天使たちが戯れ、妖精が花の蜜を集めてたり。周りはタンポポの綿毛のような白い景色のように明るく、そして賑わった世界だった。今までの悪夢でどす黒かった空間はそこには無かったのである。
「心地が良い……のは良いのだけど、ここが、悪夢の果てなのかしら?」
大変危険な地帯が待っているかと思っていたのに、ちょっと、拍子抜けした気分。
そんな事を思っていると、一人の天使が私と杉浦のもとにやって来た。
「ようこそ。この地でお待ちしておりましたよ。お二方」
待っていた?何故?
「アカンシャス・ワールド再生の為ですよ?その為にあなた方もいらしたのでしょ?」
何も問いかけてないのに、勝手に答えを導き出してくる。それが不思議だった。そして、理解した。あ、そうか。神が起こした悪戯。それの答えが此処に有ると言う事なんだなと。
「この地は聖地です。悪夢の影に隠れて、良い夢が見られますように。という気持ちが篭った場所。そして、此処に辿り着いたあなた方には、一つの夢をお渡しできる。言うなれば、願いの場所でもあります」
「願いの場所?」
杉浦と私はお互い一緒に口走った。
「ええ。それが此処に来た者達の、特権。そして、神の意思」
そう言われて、私は勿論考えた事は、アカンシャスと、恵様の事。杉浦に目配せすると、杉浦も、解かってると言った表情で頷いた。
「では、お願いがあります。アカンシャスの存続を。全てが在るがまま……元の姿に戻る事を願います」
私は、そう言った。杉浦もそれで良いと笑った。
すると、何処からか高らかなホルンの音が鳴り響いた。私は吃驚してその音の鳴る方を見た。そこには、大きな大理石で出来た銅像の大男がホルンを鳴らしていたのである。
そして、ホルンの先から、古代文字の形をした物がフワフワと音と共に広がった。
「これで、願いを聞き届けました。貴方達は元の世界に戻りなさい。此処は、死の世界でもあるのです。生きている者の居るべき場所ではありません。さあ、あの大樹の元に行って、その下にある穴から出るのです」
天使は透き通るような声で優しくそう言った。私達は、天使が指差した大樹に向かって歩いた。そして、穴の中に身を投じたのであった。
穴の中は、滑り台のように坂になっていた。
私と杉浦は、勢い良くそれに飛び込んだ。結構長い間滑っていた気がする。でも、私は満足していた。これで、アカンシャスも、恵様も元の通りになる。そう思って意気揚々としていた。
そして、元の場所。前園兄弟の居る場所へと戻ったのであった。
「ただいま〜〜〜!!」
空間が捩れ、私と杉浦は丸い穴を開けて戻ってきた。それを驚いた表情で前園兄弟は、見ていた。
「任務遂行終了!これで、アカンシャスは元通りだ!」
杉浦は嬉しそうに微笑んでから、前園にガッツポーズして飛びついていた。前園は、
「それは良かった。でも、確認しに戻らないといけないだろう?此処では判断できないからな」
実感が湧いてない様子であった。それもそうだ。ここにずっと居たのだから。あの場所で私達にあったことなど判るはずも無いのだから。
「どのくらい時間掛かった?俺達、時間の感覚が無かったから……暇だったか?」
杉浦は、帰りの道中、横に並んで前園に問いかけていた。私は、最後尾でそのやり取りを聞いていた。霧のある場所を避けながら。
「此処での時間は、あやふやだからどうだろう?でも、かなり時間は経っているだろと思われる」
前園は、それを気にしてないように言った。
「それより、北山さん?体の調子が悪いとか、変だとか、そう言う事は無い?」
突然、話を振ってきた。それも、私の顔を見ることもしないで。だから私は、問いかけられたことに始め気が付かなかった。
「北山さんってば〜!」
と、杉浦が振り返って私の腕に手を回してきて始めて気が付いたのである。
「体調大丈夫かって?霧人が訊いてるんだけど?大丈夫?」
ちょっと心配そうに杉浦は問いかけた。
「え?あ、うん。平気だけど……」
私は、どうも前園のことに関しては上手く言葉が紡げないでいるみたいだ。
「霧人〜心配だったら、ちゃんと顔見て問いかけろよ〜!」
「え?」
そう言えば、違和感があったのは、前園は、私があの場所から戻ってから一度も目を合わせて話してないからだと気が付いた。別に、私の顔を見たくないのなら良いのだけど?でも、また、チクリチクリと、胸が痛い。何なのよ。この痛みは?考えようとしたけど、その前に前園が、
「それなら良いんだけど……」
興味が有るのか?無いのか?判らないように言葉を濁していた。私はちょっとムッとした。何なのさ!ハッキリしてよね!って、なぜ怒らなきゃならない?また、自分の感情が良く判らない。でも、腹が立ったから仕方ない。それがどうしてなのか?それを考えることなく、私は釈然としない思いを抱えていた。
帰りは、すんなりと行った。霧はまばらで、行く手を阻むことは殆ど無かった。先に大変だったからそう思えるのかもしれないが……でも、あとは、無意識時空を地球に繋げるだけ。でもその事に時間が掛かった。
「なあ、ポイントは此処だったんだろ?何故直ぐ帰れないの〜?」
杉浦は、全く判らん!と言いたげに、前園兄弟がやっている行為を見ながら、空間に胡坐をかいてブツブツ言いながら浮遊していた。それもそうだよな?恵様に会いたいだろうし?私は隠れてクスクス笑っていた。
「時間軸が今までと違うからだ。少しは落ち着いて黙ってろ!」
本当にこいつらの主従関係って変だ。前園も苛立っているようだけど、それをそのまま感情に出さなくても良いだろうに?私はそう言う二人を見てまた可笑しくなった。
にしても、どれだけ時間が経っているのであろうか?この分だと、一日は過ぎてるだろうな?って感覚だった。私が恵様から悪夢補給せずに二日位か……でも、思ったより頭の中はスッキリしている。だけど、そんな平和ボケをしている次の瞬間、私の脳に激痛が走ったのである。
「痛い!」
熱く額に突き刺すような激痛を感じた。体を九の字に曲げてこめかみに手を当て私はこの感覚に対応しようとした。誰か!
その様子に、
「北山さん!」
と、暢気に構えていた杉浦が私に気が付きあたふたとやって来た。けれど、それに気を掛けることが出来ない程、私は余裕が無く、ガンガンと響く頭の中に気が集中していた。
「まさか、もう一週間が経ってるなんて事は!」
前園が私のところにやって来たみたいだった。でも、
「い、痛い〜!」
私はそんな事を知ることなく蹲って頭を抱えていた。こんなに響く頭痛は、あの時、母に捨てられた時以来だ。その内、意識がままならなくなって、脱力感が出るだろう。でも、どうしようもない。ここにいる者達がどうこう出来るものではないのだから。私このまま死ぬのかな?
そして、私は意識が遠退くのが判った。そして気を失った。
夢の中、耳元で聴いた事がある音楽が流れている気がした。それは、あの天国のような場所のホルンの音色。音色がとても澄んでいて気持ちが良い。 そして、私は目を醒ましたのである。
「気が付いたかい?」
前園が、至近距離で私を見下ろしていた。よく見ると、私を抱きかかえていた。
「お……重いわよ。私!下ろして!」
思わず動揺して、私は前園から離れようとした。しかし、前園はその言葉を無視してしっかり抱え上げると、私を何処かに運ぼうとしていた。
「気分はどう?」
「え?あ、うん。平気みたい……」
そう言えば頭の疼きが無い。一体どうして?
「悪夢取り込んで置いて良かったよ。厚史は、こう言う事には慣れて無いしね?」
どう言う事?じゃあ、あの頭痛は、悪夢補給が出来てなかった為に起こった事なの?そして、前園がその受け渡しをしてくれたってこと?私は顔から火が出る勢いでカッとなった。でも、そんな様子に気が付かないのか、
「時空間の暇な時間で、睡眠とっておいたんだ。もしもの事があると困るしね?でも、厚史から聴いた話だと、何かがおかしい気がするんだけど。北山さんは、全てが元の通りに戻るように!って願ったんだよね?それなら、こういう悪夢が取り込めないアカンシャス人がそのままでいることは変だと思うんだけど。どうしてなのだろうか……?」
そんな事判る訳ないでしょ!ちょっとそれより下ろして欲しいんですけど!間近で前園の整った顔を見るのが凄く不自然だったし、恥ずかしかったから。何故、恥ずかしいの?私……その答えは未だ出なかった。
「それより此処は……」
どう考えても、あの時空間ではないのは、見て明らかだった。明るい世界。
「ん?此処は地球だよ。もう、時空間は開いて、元の世界に戻った所」
前園はフッと笑った。
「都築さんに会いに行く?もう、目が醒める頃だと思うよ?厚史はさっさと行っちゃったけどね?」
今度はクスクス笑っている。あ、前園も判ってるんだなと思った。杉浦が、恵様の事を想っている事に……私は直ぐに判った。
「私も恵様にお会いしたいわ……」
お顔を見たい。そう。改めてお話もしたいとも思った。
「良いよ。じゃあ、行こう」
前園は、私をそのまま抱えてベッドへと向かった。数歩の所で前園は、ベッドのカーテンを開いた。そこには、恵様が微笑んでいらしたのが目の端に映りこんだ。私は依然として前園の腕の中で抱えられていた。
「絵夢!」
恵様は私に気が付き、笑顔で名前を呼んで下さった。それで私はホッとした。ちゃんと生きてらっしゃる。
「あら、前園さんとご一緒だったの?絵夢も隅に置けないわね?」
茶化してらっしゃるのか?恵様はコロコロと笑った。
「無意識界の時空間で一週間くらい、悪夢補給が出来なかったから、霧人が都築さんに代わって分け与えたんだよ。でね、霧人の態度凄かったんだ〜あんな顔見るの、どれだけ振りだろう?ね、霧人?」
杉浦まで、ニタニタ笑って私と前園を交互に見た。何よ!その笑いは!私は杉浦にキッと視線を送った。しかし、杉浦は逆に笑ってウィンクをした。一体何のつもりなのだろうか?
「前園くん。もう大丈夫だから、下ろしてくれる?」
私は、もう大丈夫。恵様の顔も見ることが出来たし。そう思って言った。
「あ、うん……」
前園は、少し躊躇いがちにそう言って私を下ろしてくれた。それを見て、恵様は変な顔をされた。杉浦にいたっては小首を傾げている。何なんだ?この反応は……私には理解できなかったけれど、とにかく、恵様の手を握り締めるために近寄った。
「ご無事で何よりです。恵様!」
私は、横になってらっしゃる恵様の手を取りそう言った。ああ、恵様の体温がここにちゃんとある。
「絵夢も、ご苦労様!それにしても、皆で時空間旅行か〜良いな。あたしも行きたかったな〜」
「何を馬鹿なことをおっしゃるのですか!そんな危険なことは許されませんよ!私だから許される事ですから。それでは、お父上とお母上にご連絡しておきますね?きっとホッと安堵なされますから」
私は、事の次第を全てありのままを文章として報告した。それをするのが私の使命。それにこれは、嬉しい知らせでもあるのだ。すると、こんな返事が返ってきた。
『ご苦労。全てアカンシャス・ワールドは元の通りになった。悪夢を受け入れることが出来なかった者達も、この世界できちんと悪夢を自らの手で補給し生活できるようになり、我々は安堵している。全ては、絵夢の働きにもある。ありがとう。では、恵と共に帰還する時を楽しみにしている』
こういう内容だった。
「ちょっと待って?これはどう言う事なの?
悪夢を食べれない者達が、悪夢を自ら補給出来るようになったと言うのは……」
私は、一回読んで始め気付かなかったからこの状況を良かったとは思った。しかし、二度読み返しあることに気が付いた、自分は悪夢を補給できていない。なら、私は何?
「絵夢?それはね……あなたは地球人と、アカンシャス・ワールドを繋ぐハーフだからなのよ……」
恵様は笑うことなく、滅多に見せない真剣な表情でそうおっしゃった。それは、どういう意味なのですか?私が、地球人と、アカンシャスのハーフ?そんな事有るはず無いじゃないですか?
思わず動転して、私はよろめき近くのパイプ椅子の脚で躓きそうになった。
「信じられないのも判るわ。でも、それは真実。目を背けることが出来ないことなの。今までひた隠しにしていたことなのだけど、あたしがあの時、絵夢を拾ってからずっと内密に調べてたの。あなたのお母様にもお会いしたわ。そして、真実を知った。貴女は間違いなく、地球人と、アカンシャス人との間に生まれた子供なの」
お母さんに会った?恵様が?いつ?そんな事今まで知らなかったし、気付かなかった。
「何故隠しておられたのですか?おっしゃって下されば、私だって……」
私だって、何?その後の言葉は紡げなかった。
私は、恵様がいなければ、今ここにいることさえ出来なかったはずだ。それなのに何を言おうとしていたのだろう……そう、気持ちが沈んだ。
「お母さんは、アカンシャス生まれのはず。なら、お父さんは?妹が居たのにお父さんが違ったの?私は不義の子供だったの?そんなの……」
そうなのだ。私はお父さんの子供じゃ無い
!って事になる。それでも、お父さんは何も言わなかった。どうして?確かに、父の私への干渉は少なかった。
でもいくらなんでも、そんな事は……ニィーディー生まれだからといっても、許されない事だって有る。それでも、お父さんは何も私に言わなかったし、お母さんも何も言わなかった。そんなの変じゃない!仮面家族だったの?私達の家族は!
たった三年。その内一年は記憶に無い。赤ん坊過ぎたから。でも、その後の二年は、ちゃんと今でも覚えている。お母さんの笑顔。私は忘れた事なんてない!捨てられても、私は本当に恨んでなんかいなかったのに!
今は、恨みが篭ってしまう。何故、私を生んだの!今この場でその真実を明かして欲しい気分だった。
「恵様は、全てをお知りになってらっしゃるとおっしゃいましたね?私の母から真実をお聞きになったと」
私は、知らなきゃならないのだと自分で思った。私は、一体何なのか?
「絵夢のお母さんは、ノウブル生まれのプリンセス候補生だったの。でも、この地球で恋をして、その方と結婚してしまった。そして、絵夢、貴女が生まれた。勿論、反対したそうだわ、家族の者達は……それもそうよね?仮にもプリンセス候補生。でも、貴女のお母さんは、駆け落ち状態で逃げ回った。しかし、不慮の事故で愛した人を失った。絶望したお母さんは、もうどうしようもなくなってアカンシャスに帰った。ノウブルという肩書きをも捨てた。そして、今の旦那さんと住むことになった」
私は真実だというその話を、呆然と聞いていた。お母さんが、ノウブル生まれのプリンセス候補生だった……そして、駆け落ち状態で、この地球で愛した人と結ばれ、私は生まれた。それを聞いて、動揺を隠せるはずが無かった。
「それが真実……でも、他にも悪夢を自分で補給できない子達が居たわ!それはどう言う事?変じゃない!」
私は敬語も忘れてしまっているほどに興奮してしまっていた。それほどにもう、何を信じれば良いのか判らなかったみたいだった。
「それは、神の悪戯。北山さん達親子の事が明るみになるのを避けたかったから」
杉浦が言った。
「じゃあ、ノウブル生まれの母だったら、高い薬買わなくても、私に補給できたはずじゃ……?」
「それは、肩書きを捨てた=剥奪。と同じことだったからよ。そして、絵夢のお母さんの兄妹親戚とも縁が切れてしまっていた。でも、教えて貰ったの。あなたの従兄弟が……この前園霧人さんであることを……」
恵様は、一瞬間を空けてそうおっしゃった。
「前園くんが……私の従兄弟……?」
つまり、血のつながりがあると言う事である。
私に従兄弟がいるなんて考えてもいなかった。それじゃ、前園を見るたびにチクリチクリと胸が痛んだのはそのせいだったの?どこかで繋がっていたから、そう感じたとでも言うの?
頭が余計混乱した。余りにも沢山の信じることの出来ない真実を聴いたために私はパンク寸前だった。
「北山さん?さっき、僕はこう問いかけたよね?『北山さんは、全てが元の通りに戻るように!って願ったんだよね?それなら、こういう悪夢が取り込めないアカンシャス人がそのままであることは変だと思うんだけど。どうしてなのだろうか……?』って。一応、考える時間をあげたつもりだったんだけどな?
判りづらかったかな?」
前園は、ちょっとハニカミながらそう問いかけた。と言う事は、前園は全てを承知で私を気に掛けていた訳だ。
私は、その場に膝を着いた。立っていることが出来ないほど、ヘロヘロだった。知らなかったのは、私だけだったのか……
「て、ことは……恵様が、アカンシャス・ワールドに戻らないって言ったのは、もしかして……?」
私は、床にへたり込んだまま恵様を見上げた。すると、恵様は、
「ちょっとした悪戯よ?笑えるものじゃなくて申し訳無かったんだけど、一度真似して言ってみたかったの〜」
ああ、もう降参。私の負けだわ。
「でもね、絵夢のお母さんから、手紙を預かってるわ。帰ったら読んで御覧なさい。あたしは封を開けてないから、安心して?それからあたし、絵夢のお母さんを尊敬してるの。多分、アカンシャスの誰もが尊敬してると思う。確かに、母として絵夢を捨ててしまった事は、取り返しのつかない罪かもしれない。でも、人として、時空を超えた愛を貫いた勇気があった事を誇りに思ってるのよ?それは判ってあげてね?」
そう言うと、ふと恵様は保健室の壁に貼ってあるカレンダーを見た。
「明日、終業式ね?アカンシャスに戻るのね?あたし達……」
短かった一年がもう過ぎ去ろうとしていた。そして、この恵様と杉浦のそれぞれの候補生としての修行の時間も終わろうとしていたのである。窓の外では、チラチラと綺麗なピンク色の季節には早い、桜と言う花びらが舞っていた。