#3 アカンシャスと地球
「よっ!霧人!」
「何しに来たんだ、お前は!危ないから来るなと言っていただろう!まだ、捜査段階だから……」
前園は、眉間に皺を寄せてキッと杉浦を睨み付けたが、私が杉浦の背後にいることに気が付き、息を吐いた。
「北山さんは、俺がプリンス候補生だって気がついたんだ。俺、教えてないからな!」
念を押すように言った。まるで説得に欠けるような念の押し方だな……とも思う。
「北山さん?気が付いたというのは本当ですね?厚史が言ったとかそう言うわけでは?」
沽券に係わるからそう問いかけてきたのだろう。でも、言った訳じゃ無いし、
「ええ、杉浦くんの言った通りよ。自分で気が付いたの。絆創膏の下にちゃんとプリンス候補生の印が有ったしね」
前園は溜め息混じりに、
「だから、そんな物で隠すなと言ったんだ。きちんと消せば済むことだろうに。案の定こんな事態になろうとは……北山さんには手伝ってもらわないといけませんね?こうなった以上……今、無意識界の時空を開いてます。スパイスは厚史。君だ!鍵は君が持っている。けれど、その鍵が何なのか?それが判明していない。危険だけど厚史にも一度来てもらう事になる……」
その言葉に、ワンパク坊主発揮の杉浦は、
「おっシャー!そう来なくっちゃ!こんな所で一人燻ってるのって、俺嫌い!」
いとも簡潔に話は纏まった。がしかし、前園の私を見る目は厳しく感じられた。ま、それも仕方ないか?主従関係がハッキリしてるだけに、こういう状況下に私がいるのが気に入らないのだろう。だけど、私だって使命が有る。アカンシャスと、恵様。この二つをきちんと正常な状態に戻さないといけない。
「では、開きます!」
前園兄は成り行きを見守りつつ一言そう言って、無意識界の時空を開けたのであった。
無意識界。そこはアカンシャス・ワールドの様な暗闇の世界。そしてあちらこちらに点滅している多数の星々。それは満天の夜空といった感じだった。
時々浮遊している雲みたいな薄っぺらい霧。それを、悪夢と言うらしい。 私は初めてこの目で悪夢を見た。しかし、時空は縦横広がっていてどちらに進んで良いのか判らない。それを補佐するように、前園兄が言った。
「悪夢が密集している場所を捜す。それが、一番先決である」
ま、悪夢が原因で、秩序が乱れたのなら、一番それが手っ取り早いであろう。そうだよな〜って思って私は、三人の後を追う。まるで浮遊した霊魂のよう。そんな気分だ。空間が上なのか下なのかさえ忘れてしまいそう。
そんな時、私は流れ行く霧の末端に触れそうになった。それを防ぐために前園が、腕を引っ張り上げた。
「馬鹿!これには触れるな!悪夢に取り込まれるぞ!」
乱暴なくらいキツク握り締められたその手は私の腕に幽かに震えているように伝わった。
「な、何よ!馬鹿だ何て!そんな言い方は無いんじゃない?」
でも、前園はその腕を引っつかんで着いて来いって表情で私を見ていた。 私は、何も言えなかった。それだけ前園の表情は険しかった。
「何さ……女生徒には優しいんじゃなかったの?」
ボソリと呟く。初めて言葉を交わした時から心がチクチクする。この感情が良く判らないけど、私はこの前園が苦手なんだろうなってそう思うことにした。そんな時、
「霧人は、仕事の関係で悪夢と係わったお父さんを亡くしてるんだ。だから、キツイ事言ってしまうんだよ。別に北山さんの事が嫌いとかそう言うんじゃないから」
杉浦が私の耳元でそう囁いて、す〜っと前園の横に並んだ。
前園は、私の腕を掴んだまま黙っていた。会話が聴こえている様ではなかった。
何さ、杉浦くらいもっと素直になったら?可愛げのない奴!とか思ってしまったけど、私も黙って前園の掌の温かさを感じたままこの無意識界のどんどん奥へと進んでいった。チクリチクリと心に何かが棘を刺す。
それから、どれくらいの時間浮遊していたのだろうか?私達は最終地点?では無かろうかと思われる場所まで到着したのである。
「この辺りは、密集してるけど?ここらで良いんじゃ無い?」
杉浦が珍しく、自分からそんな事を口走った。霧が濃く、もう行く手を阻んでいる。でも、此処で良いのであろうか?
「そうだな。もうこれ以上進むことが出来ないな。後は、厚史。お前の出番だ……」
前園は、そっと私の腕から手を退けた。私はチクリとまた胸が痛んだ。
「合点承知のすけ〜って言いたいところだけど……何をすれば良いの?」
素でそんな事をかましてくれる。いや、これは、始めから判っている事だ。私が突っ込むコトでは無い。だって、私にすら何をすれば良いのか判らないのだから。
「厚史?じっくり考えてみろ?お前が鍵を握っていることだけは確かなんだ。でも、それが何かは僕には判らない。時間はまだまだ有るのだから」
前園は、真剣な表情でそう問いかけた。
「アカンシャスって、何故地球と繋がってるのかな?俺今までずっと不思議だったんだ」
突然何を言い始めるのだろうか?私を始め前園兄弟は目を瞬かせた。
「だって、悪夢は、地球のも含めて俺達が食べてる訳だろう?俺達って何?地球人の付録?それとも、地球人が俺達の付録?そうやって考えてると、俺達の存在意義が良く判らないんだ」
大真面目な話を始めてしまった。チンプンカンプンな事ばかり話してきた杉浦らしくないまともな発言。それに関しては、私も考えてきた。
一体何者なのか?
特に私の場合、悪夢も食べれない異端児である。そう言う子供で、親に捨てられた。その返答が、今この場所にいる前園兄によって紐解かれた。
「わたくし達は、地球人にとっての獏である。夢喰らいと称されている物。そう、無くてはならない秩序。そして、夢を喰らい、生き長らえる事が出来る唯一の生物。人の形をしているのは、只の飾りに過ぎない。でも、アカンシャス・ワールドは必要不可欠な物である。よって、わたくし達は必要である」
まるで機械みたいな口調で話していた。きっと、これが真実なのであろう。でも、何故、私みたいな子供が生まれたのか?
そう考えて、私はすかさず問いかける。
「では、訊きます。悪夢を補給できない子供が生まれるのは何故?私もその一人よ!」
私はどうしても知りたかった。悪夢を食べれない者が何故アカンシャス・ワールドで生まれるのか。
「それは、軌道修正。悪夢を食べることだけが、わたくし達の使命であると言う事を覆す為に神が与えた試練。そして、今この状況下を打開することによって、アカンシャス・ワールドは再生をします」
前園兄は、まるで全てを知っているかの様にそう答えた。
「それって、悪夢補給無しで生きていくことができる世界を造ると言う事?そんなの、アカンシャス・ワールドである意味無いじゃない!……でも、そんな事どうして言い切れるの?神がそう言ったと?」
私は、激しそうな感情を抑えつつ前園兄に突っかかった。それを、前園が制する。
「僕達の仕事だ。これ以上は、訊く権利は無い」
なによそれ!そんな納得出来ない説明で引けと?これって、アカンシャスを揺るがす大ニュースだ!しかし、私は心の中で苦虫を潰すしかなかった。前園の顔が厳しいものに摩り替わったからだ。
「何はともあれ、後は、厚史に行動に起こして貰わないといけない。それが、この計画の重要なところだ」
前園は、切れ長の瞳を杉浦に向けた。何様のつもり?難題過ぎるのに、杉浦に全て任せるなんて……私はイライラしながら杉浦の行動を見守った。
「北山さん。悪夢、自分で補給出来ないんだね?あの……俺、思うんだ。これはもしかしたら試練なのかも知れないって。それは、全て仕組まれてて、俺と北山さんが偶然此処に居るって事も何かあると思う。で、考えたんだ。俺と一緒に来てくれる?保証は無いけど、試してみる価値はあると思うんだ」
杉浦は真面目な顔をしてそう言った後に、茶目っ気タップリな表情でにっこりと微笑んだ。そして、鼻筋に有る絆創膏を右指で摘むと剥ぎ取ったのである。
すると、その赤い紋章から辺りの闇を蹴散らすかのような光を拡散し、そして、霧の中に吸い込まれた。
「これは賭けなんだけど、俺と一緒に悪夢の中に付いて来てくれる?もしかしたら、何とかなるかも知れないよ?」
大きな瞳が瞼に包まれ、そして、私に手を差し伸べた。その表情が、恵様と被った。こうゆう風に笑う恵様。
「厚史、本気なのか!馬鹿な事は言うものじゃ無い!北山さんまで巻き込む事は……」
前園が、反論しようとしたが、私は、それを遮った。
「良いわ。その賭け乗ったわ!」
何故こんな気持ちになったのか?自分でも判らない。杉浦の言葉に惹かれたとかそう言う類でも勿論ない。でも、何かしら感じるのである。額の星型の黒子の辺りが熱く感じ始めている。私に何かすることが有るのかも知れない?と、何かが背中を押す。
「北山さん!本気か?考え直せ!君は関係ないんだ!それに、悪夢補給が出来ない体では絶対に無理がある!」
前園は頑として否定してるようだった。でも、私はあの霧の向こうに行かなきゃならない気がする。何故?
「良いんだね?俺は行くよ?」
杉浦が私の右手を掴んだ。
私はその手をきつく握り返した。
「もう、後戻りはしたくないから。真実をこの目で!」
そう言った私の言葉で、杉浦は霧状の悪夢の中に飛び込んだ。私はその手を握り締め、少し遅れて飛び込んだのである。
遠くで、前園の声がくぐもった形で木霊した気がした。でも私は真っ直ぐ前を見て、この目で真実を見定めようと目を凝らしたのであった。