#1 生まれ故郷
夢の始まりは突然始まり、夢の終わりは突然終わる。そしてその性質は刹那に自らの本心を映し出す。それが、夢。だから、静寂の暗闇の中私は願う。自分の本来の姿を……
アカンシャス・ワールド。そこが私の生まれた世界。暗闇に閉ざされた妖艶で、何とも残酷な世界。私の今までの印象はこれだった。
私は、此処で生まれ三歳の時に親に見離され捨てられた、孤独な子供だった。
この世界では、ありとあらゆる者達の悪夢を喰らい、そしてそれを糧として知能を得、生きながらえていくことが出来る。しかし、私は生まれながらそれをすることが出来ない、稀な異端児だった。だから、ついに母に愛想をつかされて眠っている内に森深くに捨てられた。正しく言えば置き去りにされたのであった。そこは姥捨て山ならぬ、孤児捨て森。
別に恨んでなんかいないさ。これが私の背負った業なのだから。小さいながらにそんな冷めたところが有る子供だった。
夢を喰らうことが出来ない者には、額に星型の黒子が生まれながらに刻まれている。その理由は依然として判らない。何故そう言う運命として生まれるのかを。
そして、当時そう言う者達にはそれを補うための、特別な薬が出回っていた。しかしそれは法外に高いものだった。只でさえ、家計に余裕の無い貧乏な私の家でそれを購入することなど出来はしなかった。町外れの小さな村に住んでいた私達家族は、ニーディーという下級階級の家系だった。
それでも、始めは母に愛されていたのだと思う。その貴重な薬を買って来て私に飲ませてくれていた。だけど、それは一週間の飢えを補うだけの虚像。何の改善にもなりはしない。そんな事にお金を使うのが勿体無かった。 だから、母は耐え兼ねたのであろう。母にだって父、私の妹という家族を養うためのちゃんとした生活設計が有る。そう、私は只の母の枷に過ぎなかったのだから。
あの暗く腐臭のする森の中、私は一週間当て所もなく這いずり回った。それは生きることを放棄することが出来なかった。と言うわけではなかった。 何かに取り憑かれていただけかもしれない。飢えというものを只どうにかしたくて足掻いたと言うだけだ。そして、ついに動くことが出来なくなり、森の出口近くで体を丸め蹲っていた。涙も出やしない。いや、元々泣くと言う事が出来無かったのだけれども……もう力も無く、暗闇に息を潜め只そこで最期の時を待っていた。
しかし、そんな私を見つけてくれた子がいた。同じ年位ではなかろうか?丸くて大きな瞳を見開いて、こう問いかけてきた。
「あたしのところにくる?」
と。私は、それがどういう事なのか?理解出来なかった。それだけ意識がハッキリしてなかったのだろう。多分、私は頭を縦に振ったのではなかろうか?そうでなければ、次目が醒めた時、あんな豪華な屋敷のベッドに身を委ねていたりするはずも無いのだから……
「恵様?お邪魔いたします」
十五歳の私は、今地球と言う悪夢の宝庫、三次元の世界で、私を助けてくれた恵様と共に社会勉強のため修行体験をしている。
私は絵夢。そう名付けられ恵様と共に何不自由なく育てられた。恵様の家は、アカンシャス・ワールドで言うところの、ノウブル(貴族)であった。だからその後、あたしはそこで恵様付の表向き、お抱え侍女として生活することとなり、生き抜くことが出来たのである。
そして、この修行は、恵様のノウブルで行われる極秘の、数少ないプリンセス修行でもあり、私はそのお供。恵様を主人として共にこの地球に降り立った訳だ。
期間は一年間。後、一週間でその修行を終えることとなる。このまま何事も無いことを願いつつ私は毎日生きていたりもする。
私は、北山絵夢と名乗っている。恵様は、都築恵と名乗り、私の隣の家に住んでいる。
流石に、地球での無意識界を改造するのに(悪夢を取り込む事は出来ずとも、無意識界を変化させることは出来るよう学習してきた)二人同時に同じ家の子として存在することが出来なかった。その為、お隣同士で落ち着いたのである。
そして、この世界の高校と言う所に私達は共に通っている。残り一週間で此処ともお別れ。私は、恵様のお目付け役なので、無意識界を操り同じクラスで恵様を見守ってきた。
溌溂として、元気一杯の恵様は今のところ何も問題は無かった。この世界でも恵様はコロコロとよく笑っている。プリンセスとしての要素を得るのにも最適のはず。恵様に必要な物が何なのか?それは私には判るはずも無いのだが、でも、恵様が笑っていられることが一番であると信じている。そう、何も問題は無かったはずなのであった。
「あら。もう、そんな時間?」
二階の窓際から私が顔を覗かせた事で、恵様はいつもと変わらない様子で私に問いかけられた。
「宿題ですか?」
私はベランダを下り、恵様の部屋へと入った。いつもの日課で訪れる時間に恵様が勉強をされていることに驚く。勉強お嫌いなのに、宿題?
「う〜ん。そんなところ〜で、悪夢の補給ね?」
「はい……いつもお世話になります」
悪夢は、お昼の間に睡眠をとる形で得たモノを頭に蓄積した恵様から独自の方法で補給する形を取り、それを受け渡しして下さる事で私の精神は生きながらえている。
受け渡し方法としては、ニィーディー生まれの者は、ノウブルの者とおでこをくっつけ、その者が念じると、自然と補給することが出来るのである。そして、これを一日一回夜にしている。別に、毎日しないといけない訳では無い。一週間に一回で事足りるのではあるが、集中力が衰え、衰弱してしまう恐れがあるからと、恵様から、きつく毎日の日課として私に義務付けられた。とてもありがたい事である。
だから私は、恵様には頭が上らない。でもそれは、生きていくために必要だからとか、同情心を掻き立ててくれる御節介だとか決して思ってはいない。心の底から尊敬し、また個人的にも愛らしい恵様に敬意を表してのことである。
「どう?今日の悪夢は?」
この悪夢補給が済んだ瞬間、目の前に有った恵様の丸くてパッチリとした瞳が大きな瞼に包まれにっこりと微笑んだ。そして、
「悪夢って、同じものが無いから、味も様々だよね?本当に飽きないわ〜」
コロコロと笑いながら、私に向かっておっしゃった。黒い髪にショートヘア。恵様の個性そのものが私の目の前にある。それが私にとっての一時の幸せだったりもする。
「ありがとうございました」
お辞儀をし、部屋に戻ろうとした。しかし、踵を返した次の瞬間、私の心を凍らせる一言が恵様の口から発せられたのである。
「あたし、アカンシャス・ワールドには帰らないから〜!」
私は一瞬瞬きをして、その言葉を頭で繰り返した。そして一言、
「……え――――っ!」
引き返せない展開に突入してしまったのであった。
その日の夜は眠れなかった。この事を、どう報告すれば良いのであろうか?プリンセス候補生である恵様の付き人としてこの地球に送り出して下さった、お優しい恵様のお父上と、お母上。そして私の任務が遂行できない事態。
恵様の、お気軽な発言と重大任務。どちらも大切なこと。でも何故?恵様は帰りたくないのだろうか?それとも、この地球に何かしら興味でも持たれたのであろうか?
結局、恵様は真実を話しては下さらなかった。でも、見た感じから察するに、目を輝かせて、夢見がちな瞳をしていたこと。その辺りに何かあるらしい。そして、眠れぬ夜を過ごし、報告も愚か、私は悶々と頭を働かせる羽目になったのである。
朝は、腫れぼったい目をして私は、いつもと同じく恵様と共に、高校に登校した。
廊下を歩く際、人懐っこく明るい恵様に声を掛けてゆく女生徒達数人。そして、その先に井戸端会議をしている者達の群れと遭遇。
「うわあ〜」
隣で、恵様が何かを見つけて嬉しそうな声を発せられた。私は、何事だとその先を見た。
そこには、この学校のアイドル的存在で有名な?杉浦厚史と、前園霧人の両名がいてその周りに生徒がたむろしていた。私はこの二人を敬遠したい類としてみていたりもする。
「げっ……」
しかし、恵様はその様子を興味深そうに見ていた。もしかして、どちらかを好きにでもなったりとかしてたりしませんよね?恵様?
一瞬不安が頭を過ぎってしまった。仮にもあなたは、今年度のアカンシャス・ワールドのプリンセス候補生なのですよ?判ってらっしゃいますか?私は不安げに背の低い恵様を見下ろした。でも、その事に気づくことなく、恵様はその団体に目を見張らせていた。
そうだな。私が独自に解析すると、杉浦という少年は、学年一のワンパク坊主。ちょっと癖っ毛気味の黒い撥ね髪と、垂れ目気味の大きな人懐っこい瞳。そして、いつも顔に絆創膏を貼っている落ち着きの無い少年であり、バスケットが得意でスポーツ全般は何でもこなし、男子の間で特に注目を浴びている。
まあ、親しみやすいキャラだとは思う。勉学に関しては、そんなに良い評価を得ている気がしない。恵様と張り合える位の知性度だと思われる。そんなところが彼への見解だ。
そして、もう一人。前園と言う少年は、文武両道、品行方正。シャープな瞳と顔の輪郭がニヒルなイメージをかもし出し、特に女生徒に優しく落ち着いた物腰をしている。それも有り、女生徒の憧れの的。まあ、私が見ても特に悪い所は見受けられないが、それでも、地球人だからとしての見解を置いて考えると、恋愛対象に値はしない。
そんな正反対の二人。しかしこの二人はつかず離れずいつも行動しているので、より目立つ存在だったりもして人気が高い。休み時間を利用して、友人達はこの二人に逢いに来ていたりもする。
そう、私と恵様はこの二人と一緒のクラスだったりもすることを忘れてはならないことだったりして……
そんな中、ホームルームの予鈴チャイムが鳴った。
「で、あるからして〜……っと……またですか!」
授業は三時間目の数学。担当の教師が眼鏡をずり上げ、ある者に目を光らせた。
私は、それがいつもの事だと判ってはいたが、仕方ないと視線を送った。
恵様が、私の為に悪夢を補給するための居眠りをなされていたのであった。
私は、無意識界を作用させる為いつものように、手を上げようと右手に意識を馳せた。しかし、この時それを阻む者がいたのである。
「は〜いはい、先生!都築さんは、体調が悪いそうなので、俺が保健室に連れて行きま〜す!」
元気で少しハスキーな声が教室に木霊した。それは、恵様と特別面識が有るわけでも無い、あの、ワンパク坊主の杉浦厚史であった。
「な……」
私が何かを言う前に、既に杉浦は恵様をおんぶして教室から抜け出していた。
勿論、教師も、クラスの皆も、コンビで名を売っているもう一人の前園も目を疑うようにその行動を見守った。誰も口を挟めなかった。それだけ有り得ない構図がそこに有ったからである。
私は、この三時間目を終えるとすぐさま保健室へと走った。それもそのはず、あの杉浦が、結局あの教室に戻ってこなかったからであった。
『バンッ』
思いっきり、扉を開き中へと急ぐ。心配で形振りなど構っていられなかった。
保健室には、先生らしき者は居なかった。その代わり、白いカーテンがベッドを囲むように閉じられていた。
私はその奥に、杉浦の足首を発見した。
「ちょっと、あなた!恵様……恵に……何かしなかったでしょうね!」
カーテンを『シャッ』と開くと一瞬、主従関係だとバレてしまいそうな言葉が出そうで言葉を直した。
「ん?え〜と、北山さん?だったっけ?」
私は、パイプ椅子に座っている杉浦の襟首をつかみ上げそうな勢いで突っかかっていたのに、杉浦はのほほ〜んとした顔で、そんな質問を返してきた。
「え……そうよ。あの、何かしてないでしょうね……」
出端をくじかれた気分になって、私は躊躇ってしまったが、こいつのペースに合わせるのも癪だから、もう一度話を戻した。
「都築さんならグッスリ休んでるよ?よほど疲れてるんだね?」
私の問いかけとは関係ないことをゆったりとした口調で話しかけてきた。だけど、これにはちょっと心に『グサリ』ときた。ま、疲れてるわけではないけれど、恵様が昼間こうやって睡眠を取るのは私のせいだから……私には特別何かをして差し上げる事も出来やしない。そんな気持ちで凹んでしまった。
「厚史!」
言い返す言葉が無い私と、杉浦の間に割って入るように、前園が静かに現れた。いつ入って来たのか判らない位、ひっそりと。そして、一気に杉浦の元へと前園は足を伸ばしてくる。
「お前は、授業サボってこんな処にいるなんて、どう言うつもりなんだ!いい加減、勉学に励め!そう言う事だから、成績が伸びないんだ!」
こちらは、命令口調。何なんだこの二人の関係は?仲が良いのでは無いのか?端からはこういう所を見かけたことがなかった。だから、私は呆気に取られてその場に突っ立って、そのやり取りを聴いていた。
「だって、数学つまらないんだもん!霧人のその横暴な勉強への勧めって俺、いい加減勘弁して欲しい〜〜〜……」
言うや、杉浦の首根っこを捕まえて前園は教室に戻るように促していた。 杉浦はそれでも抵抗してズルズルと保健室の外に引きずられて行った。
「あ〜〜〜都築さんに宜しくって言っておいてね?北山さ〜〜〜ん!」
「黙れ!馬鹿者!」
嵐の様なドタバタがそこにあった。『ピシャリ』と、保健室の戸が閉まる音が室内に響く。
私は、杉浦と前園のその行動の果てに有るものが理解できなかった。こういうモノなのだろうか?地球人という者は?判らない……でも、杉浦はやはり変人だとそう思ってしまった。そして、この件はもう忘れて流そうと心に誓った。
それから私は、静かな寝息を立てている恵様が横になっているベッドを見た。
「すみません。恵様……本当にご迷惑をおかけしてしまって……」
健やかなその表情を眺めながら、私は恵様の額にそっと手を乗せた。それでも恵様は目を開くことなく休んでいらっしゃる。そんなのどかな時間を遮るように、四時間目の授業の予鈴チャイムが鳴った。
「また、後程参りますね?」
私は、心を込めてそう呟いた。
しかし、いつもなら起きていてもおかしくない時間帯。多くても三時間すれば起きてるはずなのに……
恵様は、保健室からこの教室にお戻りになられなかった。私は、昼食の間中恵様に付き添った。様子を窺いながら片手に弁当を抱えて食べた。勿論恵様のお弁当も、お持ちした。その時は、何もいつもと変わらない様子であった。
しかし覚醒なされないので、五時間目の休み時間を利用しようとした。それまでにはきっとお戻りになられるはず。そう思っていたのに、姿をお見せになられなかった。
余りにも不自然すぎる。私は、不安が募った。そんな気持ちの六時間目。手元の時計型アカンシャス・ワールド通信機器のアラームが鳴った。
これは、地球人には聴こえない周波数のもの。なので、私以外には聴こえるはずも無い。私は、時計型通信機器の発信指令を見た。
文字盤に書かれている文字。これは、地球人が使っている、携帯のメールのような物と言ったら判ってもらえるであろうか?それには次のような事柄が記されていた。
『アカンシャス・ワールドに異変。眠りに就きそのままになる者続出。悪夢に何かの原因が隠されている模様。その原因を突き止め、そして、アカンシャス・ワールドの未来を取り戻せ!』
この文字を見た瞬間、私は背筋に冷たい物が流れ落ちた。それは、もしかしたら、恵様にも関係が有ることなのかも知れないから。
私は直ぐに、この事例の返信を行った。勿論、恵様のお父上に向けて。
『恵様が起床なされません。追って連絡をお待ち申し上げます』
それに対する返信はこうだった。
『今地球に、プリンス候補生が舞い降りている。その者が原因究明の鍵を握っている可能性がある。時機を見て、その者を捜し出して、可能性を見い出すように。絵夢の手にこの事を委ねる』
プリンス、候補生?
私は、その文字を何度も反芻した。この地球の一体何処に!アカンシャス・ワールドは狭い。地球の一万分の一しかない。だから、それを考えると眩暈がした。地球の広さと来たら尋常では無い。只でさえ、昨日は寝ていない。ガンガンする頭と、どうしすれば良いのかの不安で一気にこんがらがった。
落ち着け自分!
とにかく、私は此処にいるべきではないと察知し、右手を操り無意識界を操作した。
教室は、私を除く皆を置き去りに、授業を進めている。そのはずだった。 しかし、二人。そう、事もあろうにあの厄介な杉浦と前園を残し空間が歪んでしまったのであった。
短いですが、章に区切ってみました。
もし宜しければ、このままお読み頂けると幸いです。