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斉天のヴォルケノーヴァ・ノーザンクロス ~異世界からの侵略者~  作者: ニート鳥
斉天のヴォルケノーヴァ・ノーザンクロスⅢ ~代償は、血と痛み~
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19 残虐なる戦い

 美月がGDで出て行ってしまった後、稲葉はすぐに行動を起こした。美月についてはもはや稲葉がコントロール可能な範囲を超えている。美月が専用GDで出てしまったことで何が起こるかはわからないが、打てる手を全て打つのが稲葉の仕事だ。


 まず稲葉は体育館脇に併設されている体育教官室に駆け込み、土浦基地に状況を伝えた。北極星はもしものときのために、体育教官室に通信機器を設置していたのである。


 稲葉は敵がGDを投入していること、二十人程度が校庭に侵入していることを報告して救援を要請する。また専用GDのことは軍機であるため、北極星と直接話をさせろを要求するが、土浦基地も襲撃を受けていて連絡が取れないとのことだ。


 美月がグラヴィトンイーターとなっているのは、おそらく越智の独断だろう。稲葉の耳に入っていないということは、そういうことだ。越智も勝手なことをしてくれたものである。緊急事態なので他の者に内容を伝えるのは仕方ないが、果たして理解できるかどうか。


 やむなく稲葉は司令室に詰めていた陸軍大尉に事情を説明し、北極星への伝言を頼んだ。相手は何の事やらさっぱりわかっていない様子だったが、北極星なら聞けば事情を理解するだろう。


 ともかく、伝えることは伝えた。続いて稲葉は警備員たちに校舎を守るように無線で命令する。わずか八人でできることなどそれくらいだ。幸い敵は美月の専用GDに気を取られているので、校舎にはまだ敵が入り込んでいない。校舎を死守し、生徒たちが逃げる時間を稼ぐのが警備員たちの役割である。


 ここまで仕事をしてから稲葉は体育教官室から飛び出る。直後に流れ弾が命中し、体育教官室は吹き飛んだ。電話などとっくに通じなくなっているだろう。これでもう土浦基地と連絡を取ることは不可能だ。


 稲葉は体育館に駆け込み、叫んだ。


「避難するぞ! 早く! こちらの非常口からだ!」


 体育館にも流れ弾が当たり、天井には穴が開いていた。しかし幸運なことにショットカノンではなくハンドバルカンの弾だけだ。建物が倒壊するほどのダメージは受けていない。生徒に怪我人も出ていたが、見たところ軽傷者ばかりである。生徒たちは皆自分の足で歩いて体育館から逃げ出していった。


 稲葉は拳銃を用意して非常口の脇で敵の侵入を警戒する。


「稲葉さん、私も戦いますわ!」


 エレナは自分の拳銃、SIG SAUER P226を構えて稲葉の横に付く。エレナがいてくれて助かった。二人組なら一人のときの倍以上に働ける。


 ただし二人でテロリストたちに挑むのは無謀だ。稲葉はエレナに言う。


「私たちは生徒の皆を守って学校から脱出しよう。それくらいしかできることはない」


「美月ちゃんは……!」


 エレナは不安げな顔を見せ、稲葉は首を振った。


「……残念だが私たちにできることはない。専用GDの中にいる限りは安全だ。救援を信じよう」


 美月は敵のGDを撃破し、勇敢にも生身で立ち向かってくるテロリストたちをハンドバルカンで薙ぎ倒している。下手に出て行けば巻き込まれてこちらが危ない。


 状況は理解しているのだろう、しぶしぶながらエレナはうなずいた。


「……了解しました」


 後は美月がうまくやってくれることを祈るだけだが、望み薄である。素人が戦場で適確な判断を下せるかと問われれば、まず無理だと答えるしかない。


 稲葉の悪い予測は的中した。生徒たちが皆体育館から出たところで、美月の機体は脆弱なスラスター部を狙われ、体育館に墜落する。


「キャアアアッ!」


 エレナが悲鳴を上げる。稲葉はエレナの頭を押さえて伏せさせた。美月の機体は体育館の天井を突き破って、体育館の建材とともに稲葉たちの眼前に落ちてくる。


 美月の機体は右足が炎上していた。たちまち炎が体育館全体に燃え移る。


 どうやら美月のGDはスラスターを迫撃砲で撃たれ、引火したらしい。美月が何故か低空に留まったため、こんなことになってしまった。低空で浮かんでいるだけなら、テロリストが持ち込める程度の火器でもGDを墜とせるのだ。素人パイロットである美月が技量の無さ、知識の不足を露呈したといえる。


 美月が搭乗口から這い出てくる。背中からは無数のチューブを垂らしていて、顔色はまるで病人のように青い。いくら専用GDでも、こうなれば戦えないだろう。美月は自分の影に機体を沈める。


 しかし美月の背中に刺さっているチューブはそのままだった。影から伸びて、美月に謎の薬液を供給し続けている。


「第二ラウンドよ……! 皆殺しにしてあげる!」


 美月の影が真横に広がり、等身大のロボットたちが姿を現す。未知の光景を見せられ、稲葉はその場から動けなかった。



 〈XXヴォルケノーヴァ〉に組み込まれている新機軸は、感情制御システムだけではない。このロボット兵士〈Xホッパー〉による地上戦システムも、革新的なものだ。鋼のボディと大出力モーターで人間の兵士以上の働きができる。


「散開して、敵を殲滅よ!」


 美月が呼び出した八体の〈Xホッパー〉は、全力疾走で耳障りな駆動音を撒き散らしながら、各々突撃を敢行した。〈Xホッパー〉は敵の射撃をものともせずに接近し、口腔部と指に仕込まれた機関銃を発射。敵を次々と撃ち倒していく。敵が重火器で反撃しようとすればこれを察知してほとんど人間に近い動きで回避、反撃。遮蔽物のない校庭にいたテロリストたちはバタバタと倒れた。


 人工知能ではこれほどまでの動きはできない。美月がコンピューターの補助を受けながら全ての〈Xホッパー〉を操っているのだ。


 今、美月の脳内には全ての〈Xホッパー〉から送られてくるカメラ画像が映っており、不完全で融通の利かない人工知能に代わって全ての判断を下している。人工知能だけでは歩く、走る、跳ぶといった一種類の行動しかできないが、美月を介せばこれらを組み合わせた複雑な動きができるのだった。


 ただし普通の人間なら八体の〈Xホッパー〉を同時に操るという芸当は不可能だろう。単純に人間に処理可能な数を超えている。しかし美月には〈XXヴォルケノーヴァ〉の感情制御システムがあった。システムにより強制的に集中力を高め、周囲の動きがスローモーションに見えるゾーン現象を引き起こすことで対処できる。


 〈Xホッパー〉の猛攻により校庭の敵は撤退を始めた。生徒を人質にしようとしているのだろう、敵は散り散りに逃げつつ校舎を目指す。校舎には警備のおじさんたちが待機していて、敵を迎え撃った。勝利は目前だ。


 しかし敵の一団は体育館の裏から迂回して校舎を目指そうとする。美月は舌打ちして二体の〈Xホッパー〉をそちらに回した。専用GDの出力に任せた量子テレポーテーション通信で美月は〈Xホッパー〉と無線接続を保っている。それでもあまりに遠くなると、「黒い渦」の影響で、無線操縦が効かなくなるのだった。無線の効果範囲から逃げられる前に、全滅させなくては。


 〈Xホッパー〉は体に仕込まれた銃を乱射しながら体育館裏の敵を追う。しかし敵の動きは早かった。体育館から逃げる途中だった美月のクラスメイトたちに追いついてしまったのだ。


 テロリストたちはすかさず美月と同じクラスの女子たちに銃を向けた。美月もさすがに撃つのを躊躇し、〈Xホッパー〉たちを止める。


 稲葉さんかエレナが何とかしてくれないかと思うが、二人とも美月同様体育館内に閉じ込められていた。〈XXヴォルケノーヴァ〉が落下した衝撃で建物が崩れ、非常口が塞がっていたのである。二人はバールのようなもので壁を破壊して脱出しようと試みているが、まだ掛かりそうだった。


 テロリストたちは下卑た笑みを浮かべながら、美月の級友たちに近づいてゆく。美月は歯噛みした。


(こいつらを放っておくと、お兄ちゃんが……!)


 イライラの中で、〈Xホッパー〉のカメラ越しに一人の女子生徒が映った。その生徒は、半泣きでその場に座り込んでいる。


(内牧さん……!)


 一週間前、美月は見ていた。内牧さんが、何やら兄と話していたところを。進は満更でもない感じで鼻を伸ばしていて、美月は非常にむかついた。内牧さんは進に退学しないようにという話をしていたようだが、無責任だ。だって内牧さんは、いざこういうことになっても何もできないのだから。


「お兄ちゃんのためなら関係ないわね……!」


 一切の感情を放棄し、美月は〈Xホッパー〉に射撃を命じた。テロリストたちは呆然としたまま美月のクラスメイトと一緒に蜂の巣にされていく。


「とどめっ!」


 〈Xホッパー〉は血を流して地面でのたうち回るテロリストとクラスメイトに手榴弾を投げつける。彼らに逃れる術はない。特製の手榴弾は大爆発を起こし、命という命を吹き飛ばした。



「クレイジーよ! あんなの聞いてない!」


 生徒ごと敵を葬った美月を見て、マリーは絶叫した。いったい日本政府は何をしたのだ。人間を化け物に改造する方法でも開発したというのか。


「よそ見するな! 死ぬぞ!」


 スキンヘッドのリーダーが声を張り上げた。今、マリーたちは体育館の影に隠れて敵のロボット兵士の攻撃を凌いでいるところだ。マリーたちは軽機関銃の弾幕でなんとかロボット兵士の接近を阻止しているが、やられるのも時間の問題である。生徒を人質にした部隊を惨殺した機体がこっちに回れば挟み撃ちにされるからだ。


「もうあれと戦ってるだけじゃどうしようもないでしょ……!」


 マリーはそうつぶやいて打開策を考える。体育館の中には、煌進の妹がいた。ロボット兵士たちを操っているのは彼女で間違いない。煌進の妹、煌美月を倒せばロボット兵士たちは止まるはずだ。


「リーダー、こうなったらあんただけでも脱出してあれを使ってくれ!」


 仲間の一人がそんなことを言い出す。リーダーはためらいを見せた。


「あれは確かに切り札だが、しかし……!」


 マリーはたまらず口を挟んだ。


「んなこと言ってる場合じゃないでしょ! 何もせず私たちに死ねっていうの!? それこそゴメンだわ!」


「だが、あれを使えば俺が皆を殺すことになってしまう!」


 マリーの言葉を遮るようにリーダーは叫んだ。マリーも負けじと叫び返す。


「敵に殺されるよりはマシよ! 私がこの場は何とかする! だからあんたはあれを使いなさい!」


「くっ……! わかった……!」


 リーダーは苦渋の決断を下し、戦線を離脱するべく校庭の外へ向かう。すぐに敵のロボット兵士も動き始めたが、仲間たちは全力でリーダーを援護する。リーダーは塀を越えて脱出に成功した。リーダーが切り札をあの使ってくれれば、どんな化け物といえどただでは済まないはずだ。逆転にはこれしかない。


「さて……私もこんなところでくたばっていられないんだから!」


 マリーはロボット兵士に狙われるリスクを冒して瓦礫の山から飛び出し、体育館の中に飛び込んだ。そこにいたのは背中からチューブを垂らした美月である。照準をつけている時間が惜しい。マリーは美月に向けて、小銃をフルオートで撃った。

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