15 厄介者の来訪
『……煌進。今すぐ職員室に来い』
パレードから一週間後の月曜日。普通に登校していた進は突然北極星に校内放送で呼び出された。
「突然どうしたのでしょうか? どうして進さんだけ……?」
進のそばにいたエレナは訝しむような目でスピーカーを見る。今までこんなことはなかった。緊急事態といっても大抵は事前に予測がつくので、別の理由で呼び出されて基地で待機となるのだ。
「とうとう来たか……!」
進は神妙な面持ちで教室を出て、職員室に向かう。きっと進は退学を勧告され、軍務への専念を命令されるのだ。
教室を出るとき、ちらりと視線の端に美月が映った。美月は机に突っ伏して寝ている。最近の美月はいつもこの調子だ。ずっと体調が悪そうだし、機嫌も悪い。
これも進が戦っている現場を見てしまったせいだろう。進はこんなにも美月を心配させている。しかし永遠に続く戦いのレールに乗ったのは、進自身の決断だった。
進が職員室のドアを開くと、自席に座っていた北極星は勢いよく立ち上がる。
「来たか! 行くぞ!」
「え……ちょ、おい!」
北極星はツカツカと進のところまでやってきて、進の手を取る。そしてそのまま進を引っ張って歩き出した。
「俺が退学になる話じゃないのか!?」
「退学!? 何の話だ!? それどころではない! 緊急事態だ!」
北極星の鋭い声で、進は一気に真剣な顔になる。緊急事態とは、いったい何があったのだろう。まさか東北、北海道の軍閥が暴れ始めたのだろうか。あるいは台湾、沖縄で再び中国軍の侵攻が始まったか。
「だったら、跳ぶか?」
進は尋ねた。〈プロトノーヴァ〉の金星級重力炉はこの間の戦争での酷使がたたって不調が続いており、〈スコンクワークス〉による大規模オーバーホールが必要な状態だ。しかし越智が最低限のメンテナンスは行ってくれたため、数度の空間跳躍なら可能だった。
緊急事態であれば、金星級重力炉を潰す覚悟で空間跳躍をするというのも一つの手である。目的地近くの高々度に跳べば、多少ずれても問題ない。位置エネルギーを活かした奇襲から戦場に入っていける。
「馬鹿を言うな。ここからすぐの距離だ」
北極星と進は屋上に出た。屋上からであれば手早く目撃者を最小限にGDを展開できる。北極星は〈ヴォルケノーヴァ〉を呼び出した。
「来い! 〈ヴォルケノーヴァ〉!」
ガラスが割れるように北極星の背後の空間に亀裂が入り、〈ヴォルケノーヴァ〉は姿を現す。北極星は〈ヴォルケノーヴァ〉の掌に乗り移り、首の付け根の搭乗口まで運ばせて乗り込む。
「よし、俺も……! きやがれ、〈プロト……」
そこまで叫んだところで、北極星に遮られた。
『飛ばすぞ、進!』
「は?」
〈ヴォルケノーヴァ〉は進の体をむんずと掴む。そしてそのまま空へと舞い上がった。
「いくらなんでも無茶苦茶だろおおおおおおお!」
〈ヴォルケノーヴァ〉は一気にトップスピードまで加速する。進の絶叫が大空へと響き渡った。
○
〈ヴォルケノーヴァ〉が降りた先は進たちの本拠地、土浦基地だった。〈ヴォルケノーヴァ〉の掌から解放された進は、地面にへたり込む。まさか進を掌に抱えたまま超音速を出すとは。死ぬかと思った。
しかし座り込んでいる場合ではない。北極星が慌てていた理由が進にもわかった。目の前に〈スコンクワークス〉のNo.2、ジュダ・ランペイジがいたのだ。
ジュダの隣には越智が立っていて、地べたに這いつくばっている進に向かって両手を振っていた。一体どういう組み合わせなのかよくわからないが、ただならぬ事態が起きているということだけは確かだ。
北極星は〈ヴォルケノーヴァ〉から降り、ジュダと対面する。
「マーシャル・ホムラ、あなたが案内してくれるのですか? わざわざご苦労なことです。是非日本の最先端のGD技術を見せていただきたい」
ジュダはニコリともせずに言った。ジュダは〈スコンクワークス〉の技術交流特使として、土浦基地の査察に訪れたのである。昨日までは西日本を巡回し、今日から筑波周辺の査察を行うということだった。イカルス博士からの正式な要請であり、日本政府は断れなかったのだ。
北極星が事前に知っていれば、もちろん関係各所に抗議して、ジュダを基地に入れることなど許さなかっただろう。査察自体は問題なくても魂領域と交信するイカルス博士の予知により、風が吹けば桶屋が儲かる式の未来改編が起きる可能性が高いからだ。しかし政府は査察を押し通すため、当日ジュダが土浦基地にやってくるまで北極星に査察の件を知らせなかった。
「フン、私たちは付き添いだ。貴様が無事に査察を終わらせることができるよう、私が同行することになったのだ。ありがたく思え」
北極星は鼻を鳴らした。進も北極星の隣に立ち、精一杯キリッとした顔をする。ジュダが事に及べば、二人がかりで叩き潰すという姿勢を見せているのだ。
ジュダを威嚇する北極星、進とは対照的に、越智はいつものように頭が空っぽな感じで、フレンドリーに宣言した。
「もういいかな? それじゃあ土浦基地見学ツアーにしゅっぱ~つ!」
今回、案内人は越智だった。〈スコンクワークス〉のご機嫌を取るために、政府は開発部門の責任者が案内することを厳命したのである。
普段の越智なら余計な仕事ということで嫌がりそうな気もするのだが、どういうわけか越智はノリノリだった。越智は〈スコンクワークス〉出身である。かつての仲間に研究成果を発表できるのが嬉しいのかもしれない。
まず越智はジュダを陸軍の開発エリアに案内し、新型のロボット歩兵システムをジュダに見せる。
「GDの技術を応用して開発したの! ちょっと不格好だけど、歩けるんだよ!」
倉庫の中を、マネキンのような体型の黒いロボットたちがぎこちなく歩く。はっきり言って不気味な光景だ。耳障りなモーター音が不気味さに拍車を掛ける。
「プロフェッサー・オチ、これは何の役に立つんですか?」
誰もが疑問に思うことを、ジュダは突っ込んだ。赤ちゃんでもあるまいし、ちょっと歩けるだけで大喜びしても仕方ない。戦いに使うのなら複雑な地形を走り回るくらいのことはできなければ困る。介護等のお手伝い用としても、こんなノロノロ運転では邪魔なだけだ。
「ジュダちゃんはわかってないな~。この子たちは百メートルを十秒で走れるんだよ~。それ!」
越智が手元のリモコンを操作すると、ロボットたちはガシャンガシャンとやかましい金属音を響かせつつ、倉庫の中を走り始める。しかし狭い倉庫を走っても、すぐに壁に突き当たるだけだ。ロボットたちは全く減速することもなく、次々と壁に激突して機能停止した。AI特有ともいえる融通のきかなさと状況判断のまずさが全開である。
「センサー系は改良が必要みたい! AIも全然だ~! う~ん、地上で無人は難しいね~! もっとシステムをコンパクト化しないとだね~!」
越智はあっけらかんと言って、ジュダは無表情にロボットたちを眺める。進と北極星は黙ってため息をついた。複雑な電子機器は例外なく「黒い渦」の影響を受ける。この環境では実戦に耐えるAIを作るのは至難の業だ。前時代に登場しようとしていた無人戦闘機などは作られる気配さえない。
ちなみにこのロボットたちは、一台百億以上の値段だという。出所はもちろん国民から徴収した税金である。科学の進歩には犠牲がつきものだった。
しかし越智も冗談のような研究ばかりしているわけではない。本命はしっかり別にあった。一向は飛行場に出る。飛行場の真ん中にドンと立っているその機体を、越智は紹介した。
「ジャ~ン! これが日本空軍の次期主力GD、〈飛燕〉だよ!」
「これがエレナが乗ってた試験機かぁ……」
進は感嘆の声を漏らす。
〈疾風〉を一回り小さくしたようなその機体は、試験機であるため派手なトリコロールカラーに塗られていた。機体自体は〈疾風〉より小型化されているが、バックパックから伸びる兵装を吊り下げるための翼は〈疾風〉のものを流用している。そのため小さな機体に大きな翼を背負っているように見える。
そして〈飛燕〉と〈疾風〉、最大の相違点は頭部のアンテナだ。〈飛燕〉の頭部からは二本の巨大なアンテナが後ろに向かって伸びている。
「見ててよ~!」
越智はまた謎のリモコンを取り出し、操作する。試作型〈飛燕〉はふわりと浮き上がり、のろのろと空を飛び始めた。
越智は自慢げに言う。
「すごいでしょ~! このリモコンだと大して遠くまで行けないけど、遠隔操作できるんだよ?」
「そうですね」
感情が籠もらない声でジュダはうなずいた。ラジコンと同じではないか。何がすごいのだろう。
進の疑問に答えようともせず、越智はペラペラと喋り続ける。
「当然プラズマステルス機能はつけてるし、進君が試験してた次世代ハイパワーレーダーも搭載しているのよ! 出力系統の効率化でレールカノンの威力は今までの1.2倍まで上がったし、今は出力不足で無理だけど、将来的には量子テレポーテーション通信で……」
いっそう加速していく越智の話を、北極星は遮った。
「その辺にしておけ。後は資料でも渡しておけばよかろう……」
北極星としてはさっさとジュダを基地から追い出したいのだろう。そんな北極星の意図を見抜いてか、ジュダは申し出る。
「説明だけではわからないことが多すぎますね……。よろしければ、〈飛燕〉に乗せてもらいたいのですが?」




