14 学校
休み時間、進は質問責めにされたが「軍事機密だから」の一言で何とか乗り切っていった。今も銃を持っているし、指輪でいつでもGDを呼び出せるなんてクラスメイトに言えるわけがない。
昼休みが終わる頃には同級生の質問攻勢も落ち着いていた。職員室は保護者からの電話やら取材の申し込みやらでてんやわんやの状況が続いているらしいが、そこまで責任は持てない。進は知らないふりをして普通に授業に出るばかりだ。
しかし何もハプニングが起きず放課後を迎えるというわけにはいかなかった。昼休みが終わってすぐに、事件は起きる。
五時間目は男女別れて体育の授業だった。男子は校庭でサッカーで、女子は体育館でバレーである。進はいつものようにDFのポジションにつこうと後方に走るが、呼び止められる。
「煌、今日はフォワードやれよ。おまえ、今まで本気出してないだろ?」
「えっ? 俺が?」
「テレビ見たぜ~! パイロットなの隠すために手抜きしてたんだろ? あんだけ動けるんだから、フォワードも楽勝楽勝! 次のクラスマッチはうちのクラスが優勝だ!」
クラスメイトはそう言って笑顔を見せる。パレードの様子は生中継されていて、進が戦う姿も一部映っていたのだった。言い逃れは無理っぽい。
「よろしく頼むぜ!」
級友に背中を押され、進は苦笑いしつつ前に出る。まあ、あまりやり過ぎなければ大丈夫だろう。〈プロトノーヴァ〉を展開していない状態で重力子分解を使わなければ、進の身体能力はちょっと運動神経がいい一般人程度である。
進は思う存分最前線を走り回り、一度だけであるがゴールも決めた。体育の授業でこれだけ活躍するのは初めてである。今までは級友に指摘されたとおり、セーブしていた。周囲も皆褒めてくれて、悪い気はしなかった。
前半が終わり、進は良い気分でインターバルに入る。進は級友たちと談笑しながら他のクラスの試合を観賞する。そこに女子が慌てて駆けてきた。
「煌君、大変よ! 美月ちゃんが倒れちゃった!」
「なんだって!」
進は立ち上がり、走り出す。
○
「美月、大丈夫か!?」
進は保健室のドアをガラリと開けて飛び込む。迎えたのは越智だった。
「進君? 待ってたよ~!」
「いや、なんでいるんですか」
進は越智の姿を見て少し冷静になり、質問する。今日、越智はエレナとともに新型量産機の試験をしているのではなかったのか。
「試験が早く終わったから、こっちに来ちゃった。ちょうど人手が足りないって聞いてたし!」
越智はテヘッと笑う。職員室で父兄、マスコミの対応に追われている本来の保険医に代わって、今日は越智が保健室を仕切っているとのことだ。意味がわからない。学校に来ても越智の知的好奇心を満たせるようなものは何もないと思うのだが……。
まぁ、キ○ガイの行動原理を理解しようとしても無駄だろう。それより美月だ。
「それで、美月は……!」
「こっちだよ~」
越智は仕切りのカーテンを開ける。ベッドで美月がつまらなさそうな顔をして寝ていた。
顔色の悪い美月を見て進は青ざめる。進は越智に訊いた。
「先生、美月の容態はどうなんですか!?」
越智はこともなげに答えた。
「単なる寝不足だよ~。少し寝てればよくなる! 絶対!」
美月は目の下に隈を作り、汗でびっしょりと額を濡らしていた。越智は大したことがないと断言しているが、とてもそうは思えない。
進は美月に尋ねた。
「今日はもう早退するか? 俺が学校の車借りて送るから……」
美月は布団にくるまれたまま、不機嫌な表情を浮かべて言う。
「お兄ちゃんは大袈裟なんだから。早く出てってよ」
「いや、でもおまえ顔色おかしいぞ。ちょっと寝てればってレベルじゃねーよ」
美月の顔は土気色で、酷く体力を消耗しているように見える。家に帰ってゆっくり休むべきではないか。
「あのねぇお兄ちゃん。私、昨日目の前で殺し合いを見せられたんだよ? 昨日一睡もできなくて、もの凄く眠いの。それって、おかしいこと?」
美月の言葉に進はうなだれる。もうすでに、進は美月を修羅の道に巻き込んでしまっているのだ。
「……ごめんな。こんな兄貴で」
美月は顔を背けながら言う。
「……いいの。昔から、お兄ちゃんはそうだったから」
○
(ごめんね、お兄ちゃん……)
本当は、昨日眠れなかったなんて嘘だった。昨日は家に帰った後、疲れですぐ布団にダイブし、ぐっすりと眠ったのだ。
しかし一晩寝たくらいでは、昨日の疲れは回復しなかった。当然である。美月は昨日、胸にグラヴィトンシードを埋め込む手術を受けた後、さっそく指輪を受け取り、GDの試験に従事したのだ。初めてなので勝手がわからず、かなり体に負担を掛けてしまった。
薬物の投与実験も同時に行っている。倦怠感や頭痛がとれないのは、こちらの影響かもしれない。
越智も美月の体を心配して、学校に来てくれた。越智の診察によると、疲労以外に体に変調は見られないとのことだ。グラヴィトンシードが薬の副作用を緩和しているらしい。ただ、色々なことがありすぎて精神的に不安定になっている。
これも、階段を二段飛ばしで力を手に入れるためだ。代償は覚悟している。
○
帰り際、進は応接室の前を通り、怒声を聞いた。
「ですから! 煌さんがいたら、他の生徒にまで危険が及ぶかもしれないと言ってるんです!」
「いや、しかし彼にも教育を受ける権利はあるわけで……。それに、軍の方が警備を派遣しております。戦争も終わったことだし、危険なことなど何も……」
「何が軍ですか! 十年前の戦争を忘れたわけではないでしょう! 軍なんか一般市民を見殺しにするに決まっています! だいたい春にあんなことがあったのも、煌さんがいたからではないのですか!?」
校長と保護者代表が進のことについて話をしているのだった。進がいると、学校のみんなまで危ない。もっともな意見だ。進が狙われて学校が襲われることが100%ないとはとてもいえない。
実際、春にはファウストが校舎に侵入し、銃撃戦をやった。あのときは奇跡的に生徒には死者が出なかったが、生徒に多数の死傷者が出てもおかしくなかった。
今は進のポケットマネーで警備員を増強しているが、充分に安全が確保されているとは言い難い。はっきり言えば警備員の増強など、学校への言い訳に過ぎないのだ。本気でテロリストが襲撃してくれば、せいぜい拳銃くらいしか装備していない警備員が何人いても同じである。
(俺は……ここにいるべきじゃないんだろうな)
パレードでは美月が殺されそうになった。進がいると、学校の皆も殺されてしまうかもしれない。
進はそっと応接室から離れた。
落ち込みながらも進は靴箱へ向かう。今日も仕事のため基地に行かなければならない。あまり気分は乗らないが、早く帰らなければ。
しかし進が靴箱から靴を出したところで、話しかけてくる人物がいた。
「煌君、今帰り?」
「ん? そうだよ」
声の主は同じクラスの女子、内牧湊さんだった。あまり話したことはないが、ショートカットのかわいらしい子である。確か吹奏楽部所属だ。
「煌君……ありがとうね」
内牧さんにいきなり礼を言われ、進は困惑する。
「なんだよ、いきなり」
内牧さんは説明してくれる。
「煌君って、中国にも戦いに行ったんだよね? 私のお兄ちゃんも、中国まで飛んでたの。お兄ちゃん、煌君が来てくれて助かったって。煌君が来てなきゃ、死んでたかもって。だから、ありがとう」
確かに第305飛行隊に内牧という名字のパイロットはいた。あまり話したことはないが、進とも顔見知りだ。まさか妹が同じクラスにいるとは思っていなかった。
「いや、俺は特別なことをしたわけじゃないから……」
進は勝つために全力を尽くすという、軍人として当然のことをしただけである。結果、多くの味方と日本国民を死なせずに済んだ。
「それでも、嬉しいの。お兄ちゃんが、ちゃんと帰ってきてくれたから」
そう言って内牧さんははにかんだ。進は照れ笑いを浮かべるしかない。内牧さんはさらに続ける。
「だから、学校辞めちゃダメだよ! 煌君は悪いことをしたわけじゃないんだから。むしろ、人に感謝されるいいことをしたんだからね!」
「えっ……」
言葉を失う進に、内牧さんは言った。
「ごめんね、さっきの、聞いてたの。PTAの人が、煌君のこと悪く言って……煌君、思い詰めてたみたいだから」
「……!」
どうやら内牧さんは、応接室前で進が立ち聞きしていた場面を見ていたらしい。進は苦笑いして頭を掻く。
「余計なお世話かもだけど、学校での煌君、いつも楽しそうにしてる。煌君がいると、エレナちゃんや美月ちゃんも楽しそう! 煌君は自分の気持ちに正直にならなきゃだと思うよ! じゃあまた明日、学校で!」
照れくさくなったのか内牧さんは口早に言い残して、駆け足で去っていた。進は遠くなっていく内牧さんの背中をどこか遠い国の出来事のように見送った。
……俺はここにいてもいいんだろうか?




