12 進の活躍と美月の覚悟
進はパレードに戻ることにする。〈プロトノーヴァ〉でオープンカーの真上まで飛行し、そこから飛び降りて車上に着地した。北極星とジュダは所定の位置に戻ったらしく、この場にはいない。どうやら何事もなかったかのようにパレードを再開する気のようだ。空から見た限りでは観衆に犠牲者は出ていなかった。
進がオープンカーの上に避難させていた美月は隅っこの方で所在なさげに立っていた。特に目立った外傷もない。無事でいてくれてよかった。
〈プロトノーヴァ〉を転送してから進は敬礼する。
「煌進准将、ただ今戻りました!」
一瞬の沈黙の後、禿頭の男が進に食って掛かる。
「君、我々の護衛を放り出して何をしていたんだ! 君はここにいるのが仕事だろう! 見たまえ、君がせいで私は怪我をしてしまった!」
どこかの大臣と進が記憶している男は禿げあがった頭に血管を浮かび上がらせ、茹でダコのようの顔を真っ赤にして怒り狂う。見れば男は手に擦り傷を作っていた。オープンカーの上で転けたか何かしたらしい。
「申し訳ありません!」
進は謝るしかない。進が要人の護衛より敵と戦うことを優先したのは事実だ。そうしなければ観衆に多くの犠牲者が出ていた。しかし、それでも命令違反は命令違反である。咎められるのは当然だ。
男はヒステリックに喚き続ける。
「グラヴィトンイーターだか何だか知らないが、立場をわきまえたまえ! わ、私の命令一つで、君の指輪を取り上げることができるんだからな!」
「……」
進は黙って男の話を聞くだけだ。何か言い返したりしたら、命令違反の上に失礼である。男のせいでパレードが再開できないという状況であるが、日本の首相やら内閣官房長官はおろおろしているばかりで、一向に男を制止しようとしなかった。
見かねた美月が男を止めようと一歩前に出るが、ここでアメリカ亡命政権のリンドン大統領が美月を追い越して進のところへやってくる。リンドン大統領は青筋立てて怒鳴り続けている男をやんわりと止める。
「その辺にしませんか。彼が動いていなければ、何の罪もない一般市民にもっと犠牲者が出たでしょう」
男は誰にそう言われたのかを理解し、みるみる青ざめる。
「あなたがそう仰るのであれば……」
男はまだ不満げで不承不承といった様子だったが、引き下がる。リンドン大統領に礼を言うわけにもいかず、進は黙って立ち尽くす。リンドンは柔和な笑みを浮かべて進の肩に手をやり、言った。
「ありがとう、君のおかげで皆が助かった」
進は黙って敬礼で返す。進はその動向が世界を揺るがすグラヴィトンイーターで、相手はアメリカ亡命政権の大統領だ。下手な発言をすると、国際問題になりかねない。
「さぁ、こっちへ」
「え……? ちょ、ちょっと待ってください!」
リンドン大統領に背中を押されて進は慌てる。周囲の日米閣僚も大統領のやることに何も言えず、困惑するばかりだ。進はオープンカーの縁へと押しやられ、観衆の前に出ることになる。進は茫然とするが、構わずリンドン大統領は流暢な日本語で演説を始めた。
「皆さん! 彼の活躍により野蛮なるテロリストたちは駆逐されました! 我々が血を流して勝ち取った平和は、この勇敢な若者により守られたのです!」
アメリカ亡命政権の首脳など日本人はほとんど知らないが、リンドン大統領なら皆知っている。かつての敵国にして今の友邦の最高権力者が発した言葉は、観衆の日本人を沸かせた。
リンドン大統領はさらにとんでもないことを言う。
「彼、煌進准将はあの煌守大佐の息子です!」
観衆はさらに盛り上がった。GDパイロットだった進の父、煌守は十年前の戦争において、味方を逃がすために単機でしんがりを務め、敵機の群れに突撃して戦死をしたことで有名だ。実は守が生きており、アメリカ亡命政権に与してスパイ行為を働いたことなど一般人は知らない。
困ったことにまだまだリンドン大統領は演説を続ける。
「半年前の戦争で、中国軍の撃った核ミサイルを迎撃したのも煌進准将です! 彼は危険を顧みずにGDで宇宙空間に上がり、全ての核ミサイルを見事に撃ち落としました! 彼こそが日本と合衆国を救った勇者の中の勇者です!」
「煌准将バンザイ!」「日本バンザイ!」「アメリカ合衆国バンザイ!」。誰が音頭を取っているのか、そこかしこで万歳の声が上がる。進はオープンカーの上で顔を引きつらせるばかりだった。
○
「ほんと……お兄ちゃんってば無茶苦茶なんだから」
兄の活躍を思い出しながら、美月は独りつぶやく。グラヴィトンイーターとしてのパワーをフルに使い、進はアクション映画の主人公のような活躍でみんな救ってしまった。凄いと思う反面、あんなことを繰り返していては命がいくつあっても足りないとも思う。
「やっぱり私が、しっかりしなきゃ……」
そのためには力が必要だ。そして力を得るために、美月は東京に来ていた。
軍による戦勝パレード終了後、美月は越智の手引きで横浜に移動していた。かつて非武装停戦ライン内にあった横浜であれば、軍や政府の目も届きにくい。なので美月にグラヴィトンシードを与えようという越智の勝手な行動も露見しづらいというわけだ。
美月は今、かつて病院だったというこぢんまりとした建物にいる。美月は崩れかけの診察室で、丸イスに座らされていた。越智が到着次第、処置が始まる予定だ。
部屋には消毒用のアルコールの臭いが充満していた。処置のために汚い診察室の中で、診察台だけが綺麗に掃除されている。何かの実験のためなのか、ごちゃごちゃとした計器が机の上に所狭しと並べられていた。
しばらく待っていると、越智はやって来た。
「美月ちゃん、お待たせ~!」
越智にはいつものように緊張感など全くない。これだけ自然体で処置を行ってくれるなら、成功は間違いないだろう。越智は目の前の玩具に飛びつく子どものようにすぐ本題に入る。
「美月ちゃん、まずこれを読んで。承諾できるなら、処置を始めるよ! 承諾できないなら、処置はできない!」
越智の簡潔な要求を聞き入れ、美月は渡された書類の束をさっと読んだ。そこに書かれている内容に、さすがの美月も顔をこわばらせる。
「下記の薬物の投与について了解する……。メチルフェニデート、カリプラジン、炭酸リチウム……。これって……?」
「そこに載ってるのは、全部精神科で処方される薬。私はその薬の作用で、美月ちゃんの感情を操れる」
越智の説明を聞いて、美月は越智がやりたいことを理解した。グラヴィトンイーターは感情を昂ぶらせることでその力を何倍にも増幅できると聞いている。なので感情を操ることができれば、誰よりも強いグラヴィトンイーターを作ることができるはずだ。
越智はどこまでも本気の声色で言う。
「美月ちゃんが嫌なら、断ってくれていいんだよ? お薬には副作用がつきものだし、グラヴィトンイーターの体にどんな作用があるか、私にもわからないもん。でも、薬が嫌なら私は美月ちゃんをグラヴィトンイーターにはできないな~。リスクとリターンが見合わないもの」
美月は力がほしいなら、越智のモルモットになることを許容するしかない。他に美月をグラヴィトンイーターにできる人間はいないのだ。
覚悟を決めて、美月は返答した。
「私はお兄ちゃんの力になるためなら、どんなリスクも受け入れます。越智さん、私をグラヴィトンイーターにしてください」
よく考えれば、越智が薬を投与するのは渡りに船だ。美月は、進や北極星のように戦う技術を身につけてなどいない。ただグラヴィトンイーターになるだけでは、進の足手纏いなのだ。薬で強くなれる可能性があるなら、受けない手はない。
「オッケー! いい返事ね! そしたらそっちの診察台に寝転んで。大丈夫、痛くしないから!」
越智は満面の笑みで無造作にメスを手に取った。これで美月も進の力になれる。美月は越智に身を任せた。




