7 新たなる任務
食事が終わってから、北極星は思い出したように話を切り出す。
「そろそろ用件を済ませるか……。進、東京での戦勝パレード開催が決まった」
進は首をかしげる。
「戦勝パレード……? 東京で? 東京は未だにガタガタだろ? なんでそんなことするんだ?」
東京は今になってもなお瓦礫の山で、多少は人が戻ったようだが往事の賑わいにはほど遠い。崩壊したインフラの復旧が停滞しているのだ。貧弱な電気と水道では大した人数が住めるようにはならない。
治安も悪かった。ゲリラやテロリストは軍が掃討したが、それでも相当数が地下に潜伏し、機会を伺っている。また人が増えたことにより詐欺師の類が土地建物を不当占拠したり、ありもしない事業をでっち上げて金を騙し取ったりという事件が頻発していた。暴力団も警察組織が貧弱なのをいいことに幅を利かせている。
どうして東京がこんな状況で放置されているのかといえば、力を入れてやる理由がないからである。もう東京は政治の中心ではないのだ。まさか今の状態で筑波に移転している官公庁を戻すわけにもいかない。
加えて、ここ十年東と西が断絶していたことで、今の東京は流通の拠点からもはずれている。北海道や東北からの物資は、陸路だと一旦宇都宮に集積してから筑波をはじめとする北関東の諸都市に輸送される流れが確立されていた。海路なら日立や鹿島など直接茨城県に到着だ。
今の東京は残念ながら、かつての大都市の面影さえもない打ち捨てられた地域だった。なぜわざわざ東京でパレードをしなければならないのか。
北極星は進の疑問に答える。
「だからこそ、だな。お偉い方はパレードをやることで、東京は健在だとアピールしたいのだ」
今は手の施しようがない状態の東京であるが、いつまでもこのまま放置するわけにはいかない。統一日本の首都にふさわしいのは、東京以外にないからである。
これからの日本に求められるのは、かつてのアメリカ亡命政権の支配地域──西日本の掌握だ。いっそ関西か中京に首都を置くという手もあるが、大坂を首都とするアメリカ合衆国亡命政権に近すぎる。今は講和が成立しているが、いつまた手切れとなるかなど誰にもわからないのだ。かといって札幌や仙台は西日本に遠すぎるので論外である。当地の軍閥も健在だ。
西日本を見据えると候補に挙がるのは筑波と東京だけであるが、筑波より東京の方がずっといい。かつての交通網を復旧すれば政治経済の拠点として十全に機能する。筑波が東京に勝るのは要塞都市であるが故の防衛力だけだ。それも東海道を整備して戦力を配置すれば充分にカバーできる。
「もっと他にやるべきことがあると思うけどなぁ」
パレードなどやらなくても、本当に東京を復興すればいいだけではないか、と進は思うが、上には上の事情があるのだろう。どのみち進には関係ない話である。
そんな進の考えを見透かしてか、北極星は告げた。
「何を他人事のような顔をしているのだ? 貴様も参加するのだぞ?」
「俺が参加してどうするんだよ……」
進は本心から言った。進がいても変に若いので悪目立ちするだけである。今までこういった行事の類に参加したことは一度もない。北極星は重々承知のはずだが、ならばなぜ進にお声が掛かるのか。
「政府首脳がグラヴィトンイーターの護衛をつけろと求めているのだ。そうでなければ安心できない、と」
北極星の言葉を聞いて、進はならパレードをするなよ……と思った。中身が伴っていないことを政府首脳は誰よりも認識しているのだ。反対意見も少なからず出たはずである。しかし決定事項が覆ることなど、ほとんどないのがこの世界だ。
北極星は自分がパレードの指揮を執らなければならないので、偉い人に張り付くのは不可能である。北極星の代わりにSP的な役目を、進が果たさなければならない。非常にプレッシャーの掛かる仕事だ。今から胃が痛いが、進に断る権限はない。
「……わかった。そのうち詳細な日程を教えてくれ」
進は観念して運命を受け入れる。ひょっとしたら臨時で手当てが出るかもしれないと、前向きに考えよう。お金が貯まったら車を買って、いつもバイクに乗せてもらっているお礼に、エレナを助手席に乗せるんだ……。
「日程はまだ決まっていないが、貴様にはやることがある。進、要人警護用の装備をととのえろ。貴様、まだ安物の拳銃しか持ってないであろう?」
北極星はそんな装備で大丈夫か? といらない心配をする。いざとなれば〈プロトノーヴァ〉を呼び出せば済む。大丈夫だ、問題ない。
進がそう主張すると、北極星はやれやれと息をついた。
「屋内などではGDを呼び出せない場合もある。第一、貴様の古いマカロフはいつ暴発するかわからぬ。貴様は少し危機感を持て」
そこまで言われたら仕方ない。確かに進のマカロフは最近部品の噛み合わせが悪くて、そろそろ寿命かなと思っていたところだ。面倒だが装備を更新することにしよう。
「基地にちょうどいいのあるか?」
進が質問すると、北極星は胸を張って答えた。
「あるわけがないであろう。基地の守備隊でさえ装備が行き渡らないのだぞ?」
「だよなぁ……」
進は嘆息する。空軍の個人火器は非常に貧弱だ。高価なGDに予算のほとんどが注ぎ込まれるからである。もちろん基地の防衛も重要な任務なので、毎年予算は確保している。しかし大抵年度の途中でGD用の予算に流用されて消えてしまう。いざ有事になれば陸軍から融通してもらえるという見通しあっての蛮行であった。
捜せば旧式の装備は見つかるかもしれないが、多分弾がない。弾薬不足には十年前の戦争で悩まされたはずだが、ほとんど実戦経験のない空軍の基地守備隊は全く堪えていないのだった。今でも昔の陸軍のように「たまに撃つ 弾がないのが 玉に瑕」という状態のままである。
よって進がまともな装備を揃えようと思えば、自費で購入するしかない。思わぬ痛い出費である。
ここでエレナが手を挙げる。
「進さん! よろしければお父様に相談してみましょうか? お父様なら、安くていい武器を仕入れられますわ!」
それは犯罪ではないのだろうか。だが、安価に格好がつく程度の銃器を買えるならありがたい話だ。
北極星もエレナの父に頼ることを勧める。
「うむ、楠木トーマス氏なら間違いないであろう。その道で名の知れた男であるからな」
どの道だよ。エレナの父親はマッコイ爺さんの親戚か何かか? 進には商売より殴り合いの方が得意そうな海兵隊上がりのマッチョマンにしか見えない。
「仕事は一段落ついていますわ! 是非、明日にでもうちにいらしてください。その……今度は私が夕飯をご馳走しますから!」
エレナにそこまで言われたら進も断ることはできない。
「わかった。楽しみにしてるよ」
期待と不安で若干顔を引きつらせながら、進はそう返事をした。