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斉天のヴォルケノーヴァ・ノーザンクロス ~異世界からの侵略者~  作者: ニート鳥
斉天のヴォルケノーヴァ・ノーザンクロスⅢ ~代償は、血と痛み~
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6 恋人の時間

 進とエレナが付き合い始めて二週間経過した。進の日常生活に変化はない。


 周囲は皆、「えっ? まだ付き合ってなかったの?」という反応だったし、相変わらずエレナの仕事が忙しいのだ。平日は学校が終わったら即基地に行って新型機の試験で、学校を休んで出勤というのも多くなってきた。休日も仕事仕事で全く時間がない。


 もちろん進も仕事があるので基地には通っている。自分の部屋などあてがわれていないエレナは進の部屋で仕事をするので、顔を合わす機会は頻繁にあった。しかし基地の自室で雑談しながら仕事をするのはいつものことなので、特別な感じはしない。



 その日も進はエレナとともに基地の部屋に籠もり、書類と格闘していた。


 今は新型量産機の試験を優先しているが、〈Xヴォルケノーヴァ〉の計画も同時進行中だ。いよいよ〈Xヴォルケノーヴァ〉が完成しそうだということで、進の仕事も増えつつある。


 越智が用意したパイロットへのアンケートは、デスク上で雪崩を起こしそうなほど山積みになっていて、すぐには終わりそうにない。今日の進は学校を早退して基地に来ているが、夜遅くまで掛かりそうだった。


 エレナの方も似たり寄ったりである。新型量産機の使い心地についての報告書で、エレナの机は溢れかえっている。いい加減紙ベースの報告書などやめればいいのにと思うのだが、越智の要請なので仕方ない。同時にいくつもの報告書を読むには、電子媒体はむしろ非効率なのだそうである。意味がわからない。


 ちなみに軍隊には残業という概念はない。進やエレナは例外だが、基本的に基地で生活しているため、時間に関係なく終わるまでが仕事だ。無断外出もできない。二十四時間いつ事が起きるかわからないので、二十四時間待機するのが当然という風潮となり、二十四時間仕事をするのが当然となるわけだ。


 最初から給与に含まれているので、残業代もない。しかし准将となってしまった進は基本給だけで月五十万以上をもらっていた。さらにGDに乗れば航空作業手当が加算される。他の幹部のように土日休日問わず毎日出勤というわけでもなく、進は学校に通えている。破格の好待遇であり、残業地獄に陥ってもあまり文句はいえなかった。


 エレナも基本給で月十数万はもらっているはずだ。進の半分以下ではあるが、十六歳の少女にこれだけの給与を支払う職場は、夜にしか開かない怪しいお店を除けば他にないだろう。まあ、GDパイロットがまっとうな職業かといわれれば疑問ではあるが。



 恋人同士が同じ部屋で二人きりにも関わらず、お互い机のみに向かう時間が延々と続いた。変わったことといえば、越智が途中で覗きに来たことくらいだ。越智は容赦なく進たちを急かす。


「進君もエレナちゃんもまだなの~? 私、こう見えても忙しいんだけどな~。なんとか今日中に終わらない?」


「量を考えてくださいよ……。絶対終わりません」


 進はため息をつきながら断言した。越智が作成したアンケートは普通にやれば一週間は掛かりそうな枚数だ。手抜きをするわけにもいかないし、いくらがんばっても今日のうちになど、物理的に不可能である。


「しょーがないなぁ~。先にお薬の手配を済ませちゃお~っと。横浜まで運んでもらわなきゃ」


 越智はそうつぶやきつつスキップで出て行った。いったい何がそんなに楽しいのだろう。だいたい、お薬って何だよ。横浜で何をする気だ。


 しかし今の進に詮索する余裕などない。ひたすら手を動かすだけである。



 そうして時刻が九時を回った頃、進はエレナに提案する。


「そろそろ終わりにしないか?」


 進は首をコキコキと鳴らす。ここまで食事もせずにぶっ続けで仕事をしてきたのだ。まだ仕事は終わっていないが、上がってもいいだろう。


「はい、子どもは三人くらいほしいです!」


 エレナは大分疲れているようだ。進は聞こえなかったふりをして「そろそろ帰ろうぜ」と言った。


「では一緒に帰りませんか?」


 エレナの誘いを断る理由もないので、進は承諾した。


「そうするか。今日は何で来てるんだ?」


 進は訊く。進はバスで来たが、エレナには自前の交通手段がある。


「もちろん、バイクですわ」


 エレナは得意げな笑みを見せる。エレナはつい先日、自分のバイクを購入したばかりだった。自慢の愛車で二人乗りして帰ろう、というわけである。


 本来なら公道での二人乗りは免許をとってから一年後でないと許可されない。そのため今年十六歳になったエレナにはできないはずだが、エレナには特務飛行隊時代に年齢をごまかして取得した免許があった。


 北極星に免許を再取得するという話をしたところ、「ただでさえ忙しいのに、そんな手間なことをするな」と北極星は却下する。元帥閣下は免許センターと友好的な話合いをし、電話一本でエレナの免許証は正しい年齢に書き換えられることになった。おかげでエレナと進は、存分に夜の二人乗りを楽しめるというわけだ。



「進さん、どうぞ」


 駐輪場でエレナは進にヘルメットを渡し、自分もヘルメットを被った。エレナのバイクには進用のヘルメットが常備されている。


 進とエレナは濃い緑色の無骨な車体に跨る。どこからかエレナの父であるトーマスが仕入れてきた、アメリカ軍仕様のハーレーダビッドソンだ。トーマスは「軍用の方が信頼性が高いんだ」と自慢げだった。エレナは気に入っているようで、いつも車体をぴかぴかに磨いている。


 独特の重低音を響かせ、エレナはハーレーを発進させた。ハーレーはグングン加速していき、エレナと進は夜の街を駆ける一陣の風になる。


 車体から置いて行かれそうな加速感を受けて、思わず進はエレナに強くしがみつく。前のエレナが苦笑したのがわかった。吹き付ける風に、Vツインエンジンからダイレクトに伝わってくる振動。どれもGDでは味わえない。


 エレナはあえて北に回り、山の方を抜けるルートを通る。遠回りになるが、タンデムツーリングを楽しもうということだ。ヘッドライトだけを頼りに走る夜の山道は、とんでもないものが飛び出してきそうなワクワク感がある。


 爆音の中でヘルメットまで被っているので、当然会話などできない。しかしエレナが楽しんでいることは、進にも充分わかる。言葉のやりとりがなくても、大切な恋人同士の時間だった。



 一時間半ほど山道を走り、進の家に着いたのは十一時前だった。母が亡くなって以来がら空きになっている車庫にバイクを駐輪し、エレナはヘルメットを脱ぐ。


「よかったらメシ食っていかないか?」


「よいのですか? ご馳走になります」


 送ってもらったお礼に進は申し出て、エレナは嬉しそうに笑う。帰り際、エレナと一緒に帰ると美月に電話をしておいた。美月は進の指示通り二人分の夕食を用意してくれているだろう。……用意してるよね?


 妹が兄の面目を丸潰れにしないことを祈りつつ、進はエレナとともにダイニングキッチンへ向かう。ドアを開くと、鼻をくすぐる香ばしい香りが漂ってきた。


「遅かったな」


「北極星!」


 出迎えてくれたのは北極星だった。北極星はフリルのついた白いエプロンを身につけ、おたまを持ってキッチンに立っている。進は普段、キッチリしたスーツ姿の北極星ばかりを見ているので、とても新鮮だ。グッと来る。


 思わず北極星に見とれる進だったが、後ろにエレナがいることを思い出し、コホンと咳払いをする。それから進は深呼吸をして息を整え、努めて冷静な口調で尋ねた。


「なんでおまえがいるんだよ?」


「うむ、少し用があってな。まさか基地の方に残っているとは思っておらぬから、直接こちらに来たわけだ」


 書類仕事を一切やらない元帥様に、下々の苦労はわからないようだった。進の二倍以上の給料をもらっているのに、仕事量は進の半分以下である。しまいには労基に訴えるぞ。いや、それで職を失えば困るのは進だけれども。こうして世にはブラック企業がのさばるんだなあ。


「美月は?」


 簡潔な進の問いに対して、北極星も簡潔に答える。


「もう寝た」


「寝たのかよ!」


 進はずっこけそうになる。いつもなら進の帰りを待っていてくれているのに、今日はどうしたというのか。遅れてきた反抗期とでもいうのか。


 北極星は美月からの伝言を伝える。


「『女遊びで遅くなるお兄ちゃんなんて待ってられない』だそうだ」


「俺、本当に仕事してるんだけどなぁ……」


 進のがんばりは美月に全く伝わっていないようである。世のお父さんたちにありがちな現象だ。


「よいではないか。代わりに私の手料理が食べられるのだぞ? ま、あり合わせで作ったものだがな」


「お、おう……」


 横目でエレナが微妙な顔をしているのが見えた。さすが北極星、全く空気を読む気がない。


「さっさと席に着け。冷めてしまうではないか」


 北極星に促され、進とエレナはテーブルにつく。メニューはご飯、味噌汁、焼き魚にかぼちゃの煮物という純和風なものである。取り立てて難しい料理ではないが、見た目は完璧だ。かぼちゃは煮崩れせずちょうどいい塩梅に仕上げられているし、魚の焼き加減も軽く焦げ目がつく程度。期待してよさそうだ。


「いただきます」


 手を合わせてから進は料理に箸をつけた。見た目通りに味もいい。くっきりとした味付けであるにも関わらず、調味料そのままという感じでもない。しっかりと「料理」の味が舌に染み渡る。それでいてどこか懐かしい味付けであり、「お袋の味」が進の空腹を満たしてゆく。


 正直、ここまでおいしいとは思っていなかった。前にも北極星の料理を食べたことはあるが、かなり腕が上がっている。ちょっとした定食屋よりずっと上だ。本当に煌家の冷蔵庫に眠っていた食材だけで作ったのだろうか。どんどん箸が進む。進がいつも作る適当な料理とは比べものにならなかった。


 進の食べっぷりに北極星は満更でもない様子である。


「フフ、貴様の母上の味を再現してみたのだ。気に入ってもらえたようだな」


「ああ。滅茶苦茶おいしいよ」


 最後に母の手料理を食べたのはいつだっただろうか。進がしんみりともう戻ってこない日々に思いを馳せた。


 エレナも北極星の料理を褒める。


「複雑な味付けですね……。こんな味付け、私にはできませんわ。隠し味には何を使っているのですか?」


「企業秘密だ。パクられそうだからな」


 エレナと北極星のやりとりに不穏なものを感じたのは進だけだろうか。あまり深入りしないようにしよう。

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