3 告白
放課後の屋上、北極星は唐突に尋ねてくる。
「なあ、進。私が付き合ってくれといえば貴様はどうする?」
「なんだよ、いきなり……」
北極星の言葉に進はぎこちなく笑う。北極星とエレナの間で板挟みなんて、考えたくもない。
「ここには貴様と私しかいないのだ。さっさと答えろ」
北極星はポッキーの箱を握ったままの進の手を両手で包む。進は胸のドキドキを抑えられない。自分の顔が赤くなるのがわかった。
進は正直に回答する。
「……わからない」
多分進は北極星を大事にしたいと思う一方、エレナのことも捨てられないと思う。優柔不断すぎてどうしようもないが、ほいほいとどちらかを選ぶなど不可能だ。
北極星はやれやれと嘆息する。
「貴様がエロ魔人のくせにへたれなのを忘れていたな……。では質問を変えようか」
そう言ってから北極星は爆弾を投下した。
「貴様は私と体を重ねることができるか?」
北極星の直接的な表現に進は一瞬硬直した後、顔を引きつらせて叫ぶ。
「おまえいきなり何言ってるんだ!?」
動揺しまくっている進に対し、北極星は余裕さえ感じさせる笑みを浮かべて、返答をうながす。
「どうなのだ? さっさと答えろ」
「軽々しくできるとかできないとか答えられる話じゃないだろ……」
進はため息をつきながらなんとかそれだけ言う。進が純情すぎるのかもしれないが、いろいろ段階をすっ飛ばしすぎである。できる理由もできない理由も思いつかなかった。
完全に北極星のペースだ。進の灰色の返答を予想していたのだろう、北極星は間髪入れず次の質問を進に投げかける。
「では春のように私のグラヴィトンシードは暴走していたとしよう。貴様は私を治療するために私の中に精を注いでくれるか?」
「……そういうことなら仕方ないだろうな」
理由を提示されたなら進が迷う必要はない。北極星のパートナーとしてやるべきことはやる。
「ほう……私とするのは、進にとって仕方がないことなのか?」
楽しそうに北極星は言う。そんなことを言われても困る。進は何も返すことができず黙って頭を掻いた。
「へたれの貴様を問い質しても仕方ないから、次に移らせてもらおう。ならば貴様以外に私と性的ないかがわしい行為が可能なグラヴィトンイーターがいるとしよう。誰でもいいが、貴様より強くてかっこいい男だ。貴様はそいつに私を譲るか?」
他の男、と聞いた瞬間、進は脊髄で反射する。
「ふざけんな! 北極星は俺のものだ!」
進以外が北極星に触れるなんて、とても許せない。昔から成恵は男に対してはシャイだった。進以外とそういうことをするなんて北極星は嫌だろう。北極星のパートナーは進の役割だ。誰にも渡さない。
そもそも進以外に北極星のことがわかる男がいるというのか。進と北極星はお互いおむつがとれていない頃から一緒にいたのだ。北極星は自分の内面をなかなか外に晒さない女である。進だって北極星の全部がわかっているとはいえない。でも、進なら感じることはできる。いくつの平行世界を捜しても、時空を遡ってみても、北極星と同じ方を向いて走れるのは進だけだ。
声優は皆処女だと信じて疑わない紳士のように感情を爆発させてから、進ははたと我に返る。
「……あれ?」
「なるほど、それが貴様の本音か」
北極星は顔を真っ赤にする進を見て、満足げに笑う。進はまんまとはめられたようだ。
「え~っと、これは、その……」
進はどうにか言い訳を試みるが、言葉が出ない。酸欠の金魚のように口がパクパクと動くだけだ。
「優柔不断な貴様のことだ、どうせエレナにも同じように思っているのだろう?」
「……」
図星だったので進は何も言えない。
北極星はクスリと笑って、空を見上げる。いつの間にか夕陽は完全に沈んでしまい、すっかり暗くなっていた。星空のカーテンがバレンタインの夜を飾り付けている。
北極星は両の親指と人差し指をくっつけて小さな窓を作り、夜空を覗く。
「もしも空をこうやって写真や絵に切り取ったとして、それは空の全てを映しているといえるか?」
北極星は唐突に問い掛け、進は常識に従って答えを出す。
「そりゃあ、無理ってもんだろ」
そんな小さな平面に空を全て映すなどできるわけがない。たとえ屋上に大の字になって寝っ転がったとしても、空の全てなんて見えないだろう。空はそれくらいに広いし、捉えどころがない。
「貴様はそういう男だと私は思っている。だから貴様を受け止められるのも私だけだ。最後に貴様は私のところに戻ってくる」
北極星は強い確信を持って断定する。進が北極星には自分しかいないと思っているように、北極星も進には自分しかいないと思っているのだ。ならばエレナは……。
「だから進、貴様はエレナのところに行け」
「え……?」
進は耳を疑う。てっきり北極星はエレナとの関係をスッパリ終わりにしろと言うものだと思っていた。
「私が貴様にエレナと別れろとでも言うと思ったか? 私はそんな小さな女ではないぞ」
北極星は目を爛々と輝かせて言う。北極星は本気だ。
「逆だ。貴様はエレナと付き合え。もっと大きな男になれ。そうでなければ私とは釣り合わぬ」
「滅茶苦茶だな……」
進は笑うしかなかった。まさか二股を奨励されるとは思っていなかった。
「二股ではないぞ? 今の貴様では私を満足させられぬと言っているのだ。貴様は私に振られたのだ」
北極星はフフンと得意げな顔をする。北極星の顔を見ていると、進が悩んでいたのがバカみたいだ。
進は箱からポッキーを一本取り出し、豪快に囓って飲み込む。
「ありがとな。決心がついた」
進は北極星に背を向け、校舎に戻る。北極星は後ろから声を掛けた。
「強くなれよ、進」
当然だ。
進は階段を駆け下りる。北極星は進に聞こえないようぼそりとつぶやいた。
「進、ちなみに私は処女だぞ」
○
進はエレナを捜す。教室にはいなかった。進の家で待っているのかもしれない。そう考えながら校舎を出ると、エレナはあっさり見つかった。エレナは校門の柱に背中を預け、進を待っていてくれたのである。
「エレナ!」
「進さん、お待ちしておりましたわ」
不安げな顔から破顔一笑、エレナはパァッと明るい顔を見せて、進のところに駆け寄る。エレナの手には赤い包装紙と白いリボンででラッピングされた小さな箱。エレナのことだ。チョコは手作りで、ラッピングも自分でやったに違いない。
「進さん、これ……」
エレナは少し頬を赤らめつつ進を見上げ、そっとチョコレートを渡そうとする。進は静かにエレナの手を押しとどめた。
「進さん……?」
エレナの表情に不安の影が差す。進はエレナを安心させるために努めて笑顔を作る。そして、指輪をはめている左手を天にかざした。
「きやがれ、〈プロトノーヴァ〉!」
進の影から白亜の巨人が身を起こし、進の背後に跪く。さすがのエレナも驚きに目をみはり、後退る。
「進さん、いったい何を……?」
「乗ってくれ」
進は〈プロトノーヴァ〉を遠隔操作で操り、自分とエレナを首の付け根の搭乗口に運ばせる。戸惑いながらもエレナは進の言う通りにしてくれた。
GDのコクピットはそう広くない。進はエレナを膝の上に座らせた。
「どこに行くのですか……?」
エレナは尋ねるが、進はニッコリと笑みを返して言った。
「エレナ、目を閉じていてくれ」
進の言う通り、エレナはそっと目を閉じた。
進は〈プロトノーヴァ〉の推進器に火を入れ、一心不乱に真上へと上昇させる。やがて〈プロトノーヴァ〉は高度100キロを超えて宇宙に到達。それでも進はスラスターを全開にし続け、高度1000キロまで上昇した。
「もういいぜ」
進はエレナに目を開けるよう言った。そして、コクピットのモニターに外の風景を映す。
「これは……」
エレナは息を飲んだ。モニターに映っているのは周囲の星空と眼下の日本列島だった。
星の海に囲まれた日本列島には都市の光が瞬き、豆電球でイルミネーションを施されているかのように見える。このちっぽけな島々で、確かに人々が生きている。そう実感させてくれる風景だ。
進はエレナに言う。
「見せたかったんだ。俺が知っている中で、一番綺麗な景色だったから。こんなモニター越しで申し訳ないけど」
進はパイロットなので脳内に直接投影される鮮明な画像を見られるが、エレナには粗い映像しか見せられない。非常に残念だ。
「いえ……ありがとうございます……」
エレナはモニターの画像に見入る。エレナに喜んでもらえて、進も嬉しかった。
そして進は膝の上のエレナをぎゅっと抱きしめ、告げる。
「俺はエレナのことが好きだ。でも、迷ってる。一つは、俺と一緒にいるとエレナが危険なんじゃないかってこと」
「進さんのために死ぬのであれば、私は受け入れます」
エレナのまなざしは真剣だ。ならば進は、何があってもエレナを全力で守ろう。
「もう一つは……その、非常に言いにくいんだけど……」
進がこの期に及んで口籠もっていると、エレナが先手を打ってくる。
「焔元帥のことでしょう?」
「あ、ああ……」
「気にしていないといえば嘘になります。ですが、進さんが私のそばにいてくれるなら、私には些細なことです。そういうところも含めて、私はあなたを好きになったのですから」
エレナはそう言ってはにかんだ。進が決めきれないことくらい、エレナは百も承知だったのである。エレナはその上で、進がエレナを選んだことを喜んでくれた。
「私だけしか目に入らなくなるよう、進さんの愛を勝ち取って見せますわ。なので今は許します。受け取ってください……」
進はエレナが差し出したチョコレートを受け取る。不器用に包装された、手作りのチョコレート。エレナの気持ちが伝わってくるようで、とても嬉しい。愛されているという実感が沸いてくる。
「ありがとう、エレナ」
「いつか私だけのものになってくださいね、進さん」
エレナはそう言って進の頬に口付けた。エレナの笑顔が愛おしくて、進はいっそう強くエレナの体を抱いた。




