プロローグ 日本へ
2nd world:2026
二周目の世界。〈ノアズ・アーク〉艦内。ジュダは艦長室へと向かっていた。イカルス博士と今後の作戦について協議するためである。
(煌美月は絶対に倒さなければ……! 一人の人間の存在で世界が滅びるなどという理不尽があってはならない……!)
今のところイカルス博士が動く気配はない。イカルス博士の予知にはどうしても曖昧さが混じるため、イカルス博士は行動を起こすのをためらっているのだろう。ならばイカルス博士の背中を押すのはジュダの役目だ。
ファウストが世界を滅ぼしたときは、それができなかった。ファウストの暴走が原因で世界が滅ぶのではないかと当たりはついていたが、〈スコンクワークス〉は積極的介入を行わなかったのである。
前の世界が滅亡した際、〈スコンクワークス〉は〈ノアズ・アーク〉を日本近海に移動させて威圧しただけだった。当時の〈スコンクワークス〉は日米双方からの中立を宣言しており、どちらに肩入れしてもパワーバランスが崩れてしまうという動くに動けない状況だったのである。
ファウストだけを討ち取ったとしても、不利になった西日本アメリカ合衆国亡命政権が核を投入し、中露まで参戦した全面核戦争に発展する。当時の〈スコンクワークス〉に単独で中露の核戦力を全滅させる力はない。はっきり言って一周目の世界はイカルス博士をもってしても救いようがなかった。
二周目の世界は今のところ危うい綱渡りに成功している。再び世界を滅ぼすはずだったファウストは進、北極星に敗れ、南極星との戦いと〈スコンクワークス〉による日中戦への介入で進は破壊の運命からはずれた。
ところがここに来てまたも煌美月というダークホースの出現である。終わらないいたちごっこの間にも〈スコンクワークス〉は最終目的に向けて着々と力を蓄えている。なのでいずれは〈スコンクワークス〉が世界を救うこともできるはずだ。
しかし一方で救世に至る前に綱から落っこちるということも充分にあり得る。煌美月に対して、早急に手を打つべきだとジュダは考えていた。にもかかわらず中国への介入以後、イカルス博士は動こうとしない。
「失礼します、ドクター・イカルス」
ジュダはノックしてから艦長室に入る。イカルス博士は椅子に座ってジュダを迎えた。
「ジュダ、そろそろ来る頃だと思っていたよ」
イカルス博士はジュダの焦りなどお見通しのようだ。ならば当然、煌美月を始末する案もできあがっているということである。
「では……!」
ジュダは笑みを浮かべる。きっと出撃の命令が下るのだ。
イカルス博士は説明を始める。
「来月、東京において日本軍の戦勝パレードが行われる……。君にはそれに出席してもらいたい」
独自の判断で中国に介入した〈スコンクワークス〉は、日米に賛同して台湾奪還作戦に参加したことになっていた。戦勝パレードを行うのであれば、声が掛けざるをえない。
「東京でパレードですか。日本人は未だに危機感が足りないのですね……!」
ジュダはそんな感想を漏らす。まだ日本政府の支配が確立しきっていない東京であれば、仕掛けるにはもってこいだ。そんな場所に日本と亡命政権の要人が集まるのである。死にに来ているのだとしか思えない。
「それで私は何をすればいいのですか?」
ジュダは尋ねる。パレードに煌美月が来ることはないだろうが、彼女の厄介な護衛たちは現れるだろう。彼らを排除するには最適の舞台だ。
イカルス博士は即答した。
「何もしなくていい」
「何も……ですか?」
ジュダは怪訝な顔をする。てっきり焔北極星か煌進の暗殺を命じられるのだと思っていた。やる気を漲らせていたジュダは肩すかしをくらった気分だ。
「溢れそうな水は一滴を加えただけで決壊する……。我々が何かをする必要などないのだよ」
「なるほど、ドクター・イカルスには全てが見えているのですね……!」
ジュダが日本を訪れるだけで、事態は動くということだ。いずれにせよ、ジュダはイカルス博士に従うのみである。
「ジュダ、君は一月ほど日本でゆっくり休むといい。ここのところ、根を詰めすぎていただろう?」
確かにジュダは中国での戦役以降、専用GDの改良試験や戦術の練り直しで一日中GDを乗り回すという生活になっていた。これも次に戦ったとき、北極星に勝つためだ。中国で戦死者を出してしまったことに、ジュダは強い責任を感じていたのだ。同じ事を繰り返さないために、妥協はできない。
ジュダはこちらにいるとどうしても仕事のことを考えてしまう。イカルス博士としては、仕事人間化しているジュダを一旦ハワイから引き離して静養させたいのだろう。
「ドクター、私には休んでいる暇など……!」
ジュダは用が済んだらさっさとハワイに帰りたいという旨を主張しようとしたが、イカルス博士は遮る。
「ジュダ、ここは私に従いたまえ。これも必要なことだ」
イカルス博士には、ジュダが仕事に打ち込むことで何か問題が起きることを予見しているのかもしれない。ここまで言われるとジュダも断ることはできない。
「……わかりました」
「日本に行ってわかることもあるだろう……。すでに日本政府には話を通してある。しっかり日本を見てきなさい」
生徒を諭す教師のような笑みを浮かべ、イカルス博士は言った。
「はい……!」
ジュダはイカルス博士の言葉をしっかりと脳に刻みつけつつ、日本行きの段取りを頭の中で組み上げ始めた。