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斉天のヴォルケノーヴァ・ノーザンクロス ~異世界からの侵略者~  作者: ニート鳥
斉天のヴォルケノーヴァ・ノーザンクロス ~異世界からの侵略者~
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5 命拾いした後で

 〈ヴォルケノーヴァ〉がアメリカ軍のGDを撃墜して悠々と去っていくのを呆然と見送った後、組織の手引きで進はなんとか茨城県内へと帰還することに成功していた。諜報部が救援に来てくれたのである。進は朝方には生きて筑波の土を踏むことができた。



 西日本アメリカ合衆国亡命政権との戦争は、新生日本の領土に大きな傷跡を残した。東京を始めとする南関東一帯はアメリカ軍との激しい市街戦で瓦礫の山。追い打ちを掛けるように南関東を大地震が襲った。ただでさえズタズタだった南関東のインフラは完全に崩壊し、箱根や秩父などの非武装停戦ラインを拠点にGDまで装備したゲリラ、テロリストが跋扈するという始末だった。


 結局、政府は東京の復興を諦め、遷都を決意した。現在、日本の首都となっているのは、冷戦時代に東京の後詰めとして建設された要塞都市、茨城県筑波市である。東北や北海道という案も出されたが、地方では停戦に不満を持つ軍人たちが半ば軍閥と化し、一触即発の状況だった。中央政府のコントロールが完全なのはもはや北関東だけであり、北関東で最も防衛体制が整っているのが筑波だった。



 家に帰ると美月はすでに起きていた。


 美月は朝食を食べながら進に尋ねる。


「お兄ちゃん、また朝帰り? 彼女でもできたの? まさかエレナちゃんじゃないでしょうね……?」


 美月はジト目で進の顔を覗き込む。進はあくびをしながら言った。


「勘弁してくれ。昨日は寝てないんだよ……」


「お兄ちゃん、やっぱりエレナちゃんと何かあったの……?」


 般若の如く顔を歪める美月に、進は嘆息しながら答える。


「バカ、そんなわけないだろ。仕事だよ。昨日言ったじゃねぇか」


「そうだよね~お兄ちゃんはシスコンだから彼女なんかいないよね~」


 美月はうんうんとうなずく。シスコンなどという不名誉な称号をもらった記憶はないのだが。


「バカなこと言ってないでさっさと学校行け。遅刻すんぞ」


 進はそう言って寝室に向かおうとする。少し眠りたい。


「お兄ちゃんは行かないの?」


 美月が尋ねる。進は疲れた顔で答えた。


「昨日寝てないんだよ……。今日は休む」


「これじゃ去年までと変わらないじゃない。せっかく一緒の学校なのに!」


 美月はそう言って顔を膨らませる。進は一言言ってやりたい気分になって声を荒げる。


「あのなぁ、俺は仕事があるけどおまえは学業が本分なんだ。馬鹿なこと言ってないで、さっさと学校に行け。授業についていけなくなったらどうするんだ」


「私はお兄ちゃんに養ってほしいなんて言った覚えないよ!? 私もバイトするから、お兄ちゃんは仕事を減らして……」


 進は美月の言葉を遮って怒る。


「何がバイトだ! そんなの絶対許さないぞ! 俺はおまえを絶対大学に行かせるって決めてるんだ! 母さんなら絶対そうしたからな! だから俺は今日は休む! 仕事に備えてコンディション整えるのが俺には一番大事だからな!」


「お兄ちゃんのバカ!」


 美月に心ない罵倒を浴びせられながら、進はダイニングキッチンを出た。



 進の仕事は日本空軍特務飛行隊のGDパイロットだった。


 特務飛行隊は空軍の秘密部隊で、非武装停戦ライン内のゲリラ掃討や機密物資の輸送など、正規軍が表立ってやれない任務を担っている。身分が保障されず、しかもパイロットなので危険性は高いが、給料も相応に高い。母を亡くしたばかりで金策に苦しむ進にとっては、最高の職場である。あと二、三年勤務できれば、美月の大学進学資金も作れそうだった。


 普段は日本政府が表立って軍事力を展開できないことになっている非武装停戦ラインでの任務が多いが、今回はなんとハワイまで出張った。内容は、アメリカで「黒い渦」の監視を続けている異世界人勢力〈スコンクワークス〉から『指輪』を受け取り、GDで筑波まで搬送するというもの。進の方は失敗し、ベテランの稲葉さんが指揮したもう一方も『指輪』は行方不明らしい。昼までには今後の活動について連絡が入るだろう。



 進は指輪を奪った北極星とかいう成恵にそっくりな女の顔を思い出しながら、ベッドに倒れ込む。


 どこかで聞いたような名前だが、思い出せない。妙な名前なので、今までに会ったことがあれば覚えていてもいいはずなのだが。


 彼女は本当に成恵ではなかったのだろうか。焔北極星の顔は、記憶の中の成恵にとてもよく似ていた。自信満々な吊り目はそっくりだったし、成恵は九年前も童顔だった。髪の色だけは違うが、成恵がそのまま美しく成長すれば、焔北極星になると断言できる。


 あの尊大な喋り方も、成恵そのものだ。成恵は誰に対しても少し古風で威圧的な喋り方をしていた。成恵が普通の女の子みたいな喋り方をしたのは、進と別れる直前だけだった。


「『私は、星になりたい』か……」


 寝返りを打ちながら進はそう漏らす。焔北極星なる女も、意味はよくわからなかったが自分は星だと言っていた。成恵がなりたいと言っていたのも、星は星でも北極星だ。


「また空で会えたのかな……」


 進はつぶやく。


 成恵の最後の言葉は「空で、また会いましょう」だった。この言葉は二通りに解釈できる。一つめは、天国でまた会おうということ。二つめは、成恵が夢だったGDパイロットになって、同じくパイロットになった進と再会しようという解釈だ。


 正直、後者がかなりの牽強付会であることは進も自覚している。しかしそう考えでもしないと耐えられないほど、成恵がいなくなってしまったという事実は、進にとって重いものだった。


 物心ついたときからずっと成恵は進のそばにいて、どこへ行くのも一緒だった。今でも元気に進を引っ張る幼い成恵の姿を、進はありありと思い出せる。


「黙って私についてこい!」


「背中は任せた、進」


「進はやはり私がいないとだめだな」


 成恵がいなくなって、進はずっと心にぽっかりと穴が開いたようだった。当たり前のものが消えてしまった喪失感に、成恵を助けられなかった悔しさ、成恵を見捨ててしまった罪悪感。進ができることは何一つなく、成恵がパイロットになって進を待っているという自分勝手な妄想にすがるしかなかった。


 紆余曲折あって、なんとか進は正規軍ではないにしてもGDパイロットになることができた。そして、成恵らしき人物と再会できた。


 幸せなはずなのに腑に落ちないのは、北極星と名乗る成恵らしき彼女が進の呼びかけに何の反応も示さず、そして北極星がグラヴィトンイーターだったからだろう。


 〈ヴォルケノーヴァ〉を扱えたからには、焔北極星なる女がグラヴィトンイーターであることは確定だ。いったいどういう経緯で成恵は進のことを忘れ、グラヴィトンイーターになったのか。考えても考えても答えには辿り着けなかった。



 いつの間にか眠ってしまっていたようだ。


 携帯電話の着信音に、進は目を覚ます。メールである。


『「カンテラ」に飯でも食いに行こうぜ』


 発信者は笠原敬とあるが、もちろん友達などではない。組織からの呼び出しのメールだった。「カンテラ」というのは市内にある喫茶店の名前であるが、こちらは場所を示す暗号だ。進は身支度を整えて出かける。



 会合場所は進の自宅から歩いて十五分ほどの、小さなアパートの一室である。いつも通り暗号を言い合ってから中に入る。中にいたのは稲葉さんにエレナ、それに数名の事務担当者、整備担当者だった。


「エレナ! 体は大丈夫なのか?」


 エレナも何事もなかったかのように座っていた。


「ご心配をおかけして申し訳ありませんでした。もう大丈夫です。進さんこそ、お怪我はありませんか?」


 エレナに気遣われ、進は「俺なら大丈夫」と伝えた。結局仲間に引き渡すまでエレナは意識を失ったままだったので心配だったが、エレナも大丈夫のようだ。


「煌君、よく無事だったな」


 稲葉さんにもねぎらいの言葉をかけられる。進は部屋の中を見回し、稲葉さんに尋ねた。


「パイロットで残ったのは……俺たちだけですか?」


「残念ながらその通りだ」


 稲葉さんは声色を寸分も変えずに言った。


「そうですか……」


 肩を落とす進に、稲葉さんは淡々と事実を告げる。


「十六機のGDのうち十五機が大破、私の機体も修理に時間が掛かる。パイロットは五人戦死、十人行方不明だ」


 行方不明といっても、洋上で行方不明になられては探す手段がない。実質戦死だった。


 特務飛行隊がこのくらいの損害を出すことは珍しいことではない。基本的に特務飛行隊は使い捨てだからだ。損害が出てもまた補充すればいい。上層部はその程度に考えて旧式の機材しか寄越さず、充分な訓練を行う予算や場所もない。


 それでいて今回のような過酷な任務を与えられるのだから、必然的に死傷者は多くなる。進は今まで運が良かったから生き残っているだけだった。


 最初は帰ってこない戦友が出る度に胸を痛めていた進だが、最近はすっかり慣れてしまっている。そのことが怖く、複雑だった。


「上は指輪の奪還を求めています」


 事務担当の言葉に稲葉さんは考え込む。


「う~む、とりあえず指輪がどこに行ったか特定する必要があるな。進君、君の方はどうなったんだ? アメリカ軍にとられたのか?」


「それが……変な女にとられたというか、何というか……」


 進はややこしいことになりそうなので、成恵のことは伏せて事情を説明する。


「それで、その女の身元の手掛かりは?」


 稲葉さんの質問に進は答えた。


「焔北極星、と名乗っていました」


 部屋で話を聞いている面々がざわめく。


「? 皆さん知ってるんですか?」


 進は首をかしげ、尋ねる。


「知ってるも何も、うちの大ボスだよ」


 メガネの整備担当が壁に下げられた写真を指す。空軍唯一の元帥の写真が貼られていて、その下に焔北極星という名前が書かれていた。


「ああ、そうか」


 進は得心がいった。名前を聞いたことがあるわけである。確か先の大戦で箱根の百機撃墜をはじめとして、華々しい戦果をあげた女傑だ。「女帝(エンプレス)」の通り名で知られている。しかし、それだとおかしなことになってしまう。


「でも、どう見ても十代後半ってところでしたよ」


 九年前の戦争の英雄がティーンエイジャーでは辻褄が合わない。若すぎる。進は理由に心当たりがあったが、とりあえず事実を伝えた。


「偽物の可能性が高いな」


 事務担当の言葉に稲葉さんは、


「……いや、おそらく本人だ。とりあえず諜報部に回しておいてくれ」


 と真面目な顔で言った。どうして断定できるのか進にはわからなかったが、追求しても仕方ない。代わりに進は訊く。


「稲葉さんの方はどうだったんですか?」


「私の方は東京だ。東京までアメリカ軍が追いかけてきて、やられた」


 もう一つの指輪を積んだ僚機は稲葉さんとともに東京上空を飛行していたところ、アメリカ軍のGDに追いつかれて撃墜されたという。


「機体は爆散したから、アメリカ側も回収できなかったはずだ」


 稲葉さんの言葉に、進は尋ねる。


「日本の正規軍はスクランブルしなかったんですか?」


「なかった。昨夜は電波状態がかなり悪かったから、捉えられなかったんだろう」


 稲葉さんの答えに、進は顔を伏せた。


 「黒い渦」がアメリカに現れて以来、世界の電波事情は極端に悪くなった。「黒い渦」が強烈な電波やら放射線やらを放ち続けているせいだ。レーダーはせいぜい三十キロほどしか映さなくなり、ちょっと離れると無線さえ通じなくなる。


 このことは日常生活にも影響していて、例えば携帯電話を持っていても、これでもかとばかりに基地局を増設した筑波市以外ではほとんど通じない。有線の通信機器に頼らざるをえないが、治安が悪化した故の断線に悩まされているのが現状だ。


 日本の正規軍も関東近辺にはレーダーサイトを多数用意し、哨戒機も飛ばし続けているが、それでも電波状況次第では警戒網の穴ができてしまうこともある。運悪く稲葉さんたちは電波の空白地帯に迷い込み、運良く敵は稲葉さんたちを捉えられたらしい。全く不運という他ない。


「とりあえず、『焔北極星』を名乗った女を洗ってみましょう。パイロットの三人はしばらく休んでもらって結構です」


 事務担当のチーフはそう言って場を閉め、事務班を働かせ始めた。こうなっては進は邪魔者でしかないので、帰宅することにする。


 それにしても東京とは、面倒なことになった。もしゲリラの支配地域に落ちていたら、回収のために戦闘になる。ひょっとしたらパイロット班が出向くことになるかもしれない。予備のGDは一応残っていたはずだ。予備機といっても故障した機体を予算不足で放置してあるだけだが、パーツを掻き集めて修理すれば一機か二機くらいは蘇るだろう。


 そんなことを考えながら歩いていると、気付けばうつむき加減になっていた。こんなザマでは成恵に笑われてしまう。これではいけないとふっと顔をあげて、進は固まった。


 背中まで流した微妙に整っていない紅の髪に、細い顎。ピンと伸びた睫毛に真っ直ぐ前だけを見ている目。元気が有り余っているような、精気が溢れ出ているような、そんなオーラを纏った女が、目の前にいた。


 女は進を見て言う。


「探したぞ、煌進」


「お、おまえは……」


 成恵にそっくりだった昨日の女、焔北極星が進の前に姿を現していた。

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