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斉天のヴォルケノーヴァ・ノーザンクロス ~異世界からの侵略者~  作者: ニート鳥
斉天のヴォルケノーヴァ・ノーザンクロスⅢ ~代償は、血と痛み~
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0 ジュダⅡ

1st world:2011


 体の震えが止まらない。十六歳の誕生日を迎えたジュダは、両親とともに自宅の地下室で息を潜めていた。


 地下にまで無遠慮に地上の喧噪は飛び込んでくる。銃声、爆音、叫び声。地下室への電気はとうの昔に途切れて部屋は真っ暗だ。爆撃の度に地球がひっくり返ったのではないかと思えるくらいに部屋全体が揺れる。


 なぜ、原理主義者ともテロリストとも無関係だったこの国は戦火に包まれているのか。答えは政府が発表した木星級重力炉の建造計画にあった。


 石油業界の重力炉建造への反発は大きく、国中で反対デモが頻発した。政府は警察や軍を動かして、デモを鎮圧する。今まで十二分に豊かだったので誰も気にしてなかったが、この国は未だに王制国家だ。政治は全て王族が取り仕切るし、批判は一切許さない。重力炉への反発に民主化要求が重なり、事態はさらに大きくなった。


 ここに、イラクやシリアで好き放題をやっていた原理主義者どもが加わる。原理主義者たちは反政府勢力に武器の横流しを始めたのである。


 流れてきたのが小銃程度なら、なんてことはなかった。軍が過激派を鎮圧して終わりだ。原理主義者たちも曲がりなりにも近代化しているこの国で支持を得るのは難しいため、何もできなかっただろう。


 ところが反政府勢力に渡った武器には、小銃どころか戦車やGDまでが含まれていた。それもロシア、中国製の安物などではなくアメリカ製の最新鋭のものだ。原理主義者たちはイラク戦争で誕生した新生イラクを襲撃して、配備されていたアメリカ製の兵器を奪っていたのである。


 政府軍は各地で敗退し、反政府勢力は勢いづいた。調子に乗った過激派勢力は原理主義勢力を国内に引き入れるという暴挙に出て、この国はもう滅茶苦茶である。原理主義者たちは武力を背景に各地で行政を掌握し、古臭い神の教えに従った統治を始めつつあった。


 頼みのアメリカは決して介入しようとしない。重力炉の建設で石油の需要が減少し、シェールガスの採掘まで始まった今、中東の安定はアメリカの課題ではなくなってしまったのである。むしろアメリカからすれば武器を売ることができるので、中東の混乱はありがたい。



 こうしてジュダたちが住む首都近郊まで過激派と原理主義者の軍勢は迫り、ジュダたちは空爆から逃れ地下に籠もっているのだった。


 運転手のアザムとメイドのチャンティはとうの昔に帰国した。政情不安と世界的なエネルギー政策の転換でこの国の通貨価値は暴落し、外国人労働者が働く意味が無くなったのだ。父の会社も潰れ、家はまだ手放していないものの家財道具のほとんどは売り払われた。治安悪化もあってジュダは高校に進学できず、かといって就職もできない宙ぶらりんだ。


 唯一の希望は東の砂漠で建造が始まっている重力炉だろう。中東では初となる重力炉が完成すれば状況が好転する見通しが立つ。重力炉の恩恵で雇用が創出され、外貨を獲得でき、食えない危機感から始まった熱狂は静まるはずだ。十六歳の浅はかな考えであることは薄々気付いてはいるが、他に希望はない。


 今のジュダたちにできるのは嵐が過ぎ去るのを待つことだけだ。しかし戦火は自然現象とは違い、気まぐれにジュダたちを見逃したりはしない。高い塀に囲まれ、広い庭を持つランペイジ家の屋敷は必然的に略奪の対象にされた。


 一際大きく屋敷が揺れる。地下のジュダにはわからなかったが、庭にGDが降り立ち屋敷の屋根を剥がしたのである。がらんとした屋敷を見て、GDパイロットはスピーカーで地上のろくでなしどもに報告する。


『おい! 何もないぞ!』


 小銃を持ったろくでなしたちは、やはりろくでもないことを言い出す。


「どこかに誰か隠れているかもしれん! 探し出せ!」


 ろくでなしたちは土足で屋敷に上がり込み、やがて地下室への入り口を見つける。ジュダたちが隠れている部屋の扉が開いた。


「男は殺せ! 女は捕らえろ!」


 悲鳴を上げる暇もなかった。リーダー格の簡潔な命令に従い、ろくでなしどもは小銃を乱射する。父と母はジュダをかばってとっさに銃弾を受け、絶命した。


「嘘でしょ……!?」


 父と母の生暖かい血を浴びて、ジュダは呆然とつぶやく。あまりにあっけなさ過ぎる。ジュダが浴びた血は暖かいのに、父と母の体からは急速に体温が失われていた。


 ろくでなしどもは父と母の遺体を無造作にどけて、ジュダの手を掴む。


「おい! 子どもがいるぞ!」


「離せ!」


 ジュダは抵抗しようとするが、みぞおちを銃床で殴られ、あまりの痛みにうずくまる。息ができない。独りでに涙が溢れる。


「この肌の色……! 異教徒か……!?」


 ろくでなしたちはなめ回すようにジュダの全身を見る。


「違う、私は……!」


 ジュダはろくでなしの言葉を否定しようとするが、再度殴られ、黙らせられた。


「異教徒ってことでいいだろ。異教徒なら俺たちの所有物だ。高く売れる」


 ろくでなしは、ろくでもないことを考えているようだった。発砲を指示していたリーダー格が同意する。


「そうだな……。俺たちは東の重力炉をぶっ壊したんだ。少々のことは許されるだろ」


 希望だったはずの重力炉を破壊するとは、なんということを。この国はもう終わりだし、ジュダも終わりだ。この国は原理主義者が支配する辺境の田舎国となり、ジュダはこれから奴隷として売り払われる。ジュダを待っているのは過酷な労働に売春強要だ。漠然と描いていた穏やかな未来はもうどこにもない。


(どうしてこんなことになるんだよ……)


 この国の民は暴れるのではなく、政府の協力すればよかったのだ。そうすれば政府がたとえどんなに失敗していたとしても、今よりはマシな状況だったはずである。誰も彼もが簡単な理屈を理解できず、暴力に訴えた。なぜ、人は理性に従うことができない?


 そう思いながらジュダ自身、自分の内からふつふつと湧き上がる怒りを抑えられなかった。


 この世界は間違っている。いつかこいつらを皆殺しにしてやる。父さんと母さんの仇は絶対に討つ。こいつらは絶対に許さない。


 どうしてこの世界はこんなにも理不尽なのだ? なぜ抵抗することも許されない?


 縄を掛けられながらジュダは泣いた。

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