エピローグ+1 水面下での着火
〈ノアズ・アーク〉の艦長室で、イカルス博士は中国から帰還したジュダを迎えた。
「ジュダ、ご苦労だった」
「ドクター・イカルス、申し訳ありません。大事な部下を一人失ってしまいました……」
ジュダはイカルス博士の前で跪く。イカルス博士は沈痛な表情を浮かべ首を振った。
「私は死者が出ることを予知していた。ジュダ、私は知っていた上で君に辛い役目を押し付けたのだよ。しかし、これは必要なことだった……。ジュダ、君のおかげで未来は変わった」
犠牲を払うことで得られた朗報に、ジュダは顔を上げる。
「では……!」
「ああ。破壊の運命は回避された。この世界の寿命は少し延びることになる……!」
イカルス博士は笑顔を見せ、ジュダもほっと胸を撫で下ろす。
「ミスター・カガヤキによる世界の滅亡は回避されたのですね……!」
イカルス博士の予知は、いつも同じ結末で終わっていた。筑波の防衛に失敗した煌進が市内の時間を丸ごと巻き戻そうとするという暴挙に出て、地球を粉々に砕いてしまう。九年前に損傷を受けた〈ノアズ・アーク〉では別の世界に逃れることもできず、〈スコンクワークス〉も運命を共にする。
これを回避するために〈スコンクワークス〉が進を暗殺しようとしても、焔北極星に阻まれる。進も現れる敵に対応して成長する。イカルス博士の予知では成功の見込みはゼロだった。
だからといって正面から総力戦を挑めば、北極星の率いる日本軍を敵に回すことになる。最後はバックアップの差で〈スコンクワークス〉は敗れるだろう。
それでも進と北極星だけならアメリカ軍、中国軍を引き込めば何とかなる。しかし〈スコンクワークス〉が日本を襲撃した場合、流南極星が進の側で参戦するというおまけがつくのだ。
〈スコンクワークス〉側で北極星、南極星に対抗できるグラヴィトンイーターはジュダしかいない。イカルス博士は相応しいGDがないため戦うことができず、他のグラヴィトンイーターでは役者不足である。米中の軍と十二機の専用GDを使った物量作戦で確実に筑波を陥落させることはできても、確実に進を討ち取ることができない。滅亡の引き金を引くことになるだけだ。
一番簡単なのは進がグラヴィトンイーターになるのを阻止することだった。グラヴィトンイーターになる前の進であれば、特務飛行隊の任務中に戦死というシナリオで簡単に始末できた。
だがその場合、GD搭載型重力炉の開発が大きく遅れることになる。〈ノアズ・アーク〉の修復、イカルス博士専用GDの製作という〈スコンクワークス〉当面の目標を達成できない。
世界を変えるため、〈ノアズ・アーク〉も、イカルス博士専用GDも、両方必要だった。特に、イカルス博士は自分の専用GDがなければ身を守ることも覚束ない。何度でも復活はできるが、その度に一つの世界を捨てることになってしまう。しかし既存の専用GDではイカルス博士の力に耐えられず、指輪ははめた瞬間に砕けてしまう。
金星級重力炉を載せた〈プロトノーヴァ〉を日本にわざわざ送ったのは、進が使うのを見越してのことだった。北極星に金星級重力炉を送っても、こちらの意図を見破ってあまり使ってくれない。ファウストに送れば前回のように世界を破滅させる。進でなければ、研究材料にならなかった。
「ドクター・イカルス、それでは我々の未来は開けたのですか?」
ジュダは一番気になっていることを尋ねる。世界の滅亡が回避されたなら、未来から発展型の重力炉が送られてくるはずだ。
「そう思うかね……? 煌進は世界を滅ぼさない。だが、破壊の運命を背負う者がもう一人現れた」
イカルス博士は愉快そうにククッと喉を鳴らす。ジュダは険しい表情を見せる。
「……!」
近い将来日本を追い詰めるはずだったアメリカ亡命政権、中国は今回の戦役で力を失った。〈スコンクワークス〉が仕掛けなければ、当面日本には平和が訪れるだろう。ロシア、朝鮮半島と使える火種はあるが、いくら〈スコンクワークス〉が刺激してもいきなり全面戦争は考えにくい。一体誰が何を起こすというのか。
「うちを出て行った越智君が破壊を引き起こすのでないかと思っていたが、違うようだ……。まあ、彼女も関わっているのだがね……! 去年、送ったご祝儀がよくなかったようだ……!」
イカルス博士はその名をジュダに伝える。
「煌美月を排除しなければ、この世界に未来はない……!」
○
土浦基地。資料やら機材やらで足の踏み場もない狭い研究室。瓶に詰められたグラヴィトンシードを見て、越智はニヤニヤと楽しんでいた。
「回収できたのはラッキーだったな~。これで美月ちゃんをグラヴィトンイーターにできそう」
海の底に沈んでいた南極星の〈エヴォルノーヴァ〉は酷い状態だった。推進剤に引火して爆発を起こしたおかげで四肢は一つ残らずちぎれ飛び、コクピット内まで黒焦げという有様である。中の南極星は即死していて、遺体はバラバラになった上で炭化。見るに堪えない悲惨な状況だった。
当然、南極星のグラヴィトンシードは宿主と運命を共にしている。南極星にはファウストのように死の間際、グラヴィトンシードを別次元に飛ばす余裕はなかったのだろう。もう南極星の意志はこの世界のどこにもない。
ところがすぐに海に沈んだおかげか、〈エヴォルノーヴァ〉に搭載されていたグラヴィトンシードは焼けずに残っていた。このグラヴィトンシードは美月に与えていいだろう。検査の結果、美月はどの候補者よりもグラヴィトンイーターとしての適性が高かった。グラヴィトンシードの定着は間違いなく成功する。
ただしグラヴィトンシードを取り込んだだけでは、美月はグラヴィトンイーターにはなれない。グラヴィトンイーターへの進化を誘発するため、美月のための機体が必要だ。
「美月ちゃんのための機体、考えておかなくちゃね……!」
腹案はいくつもある。北極星にばれないように事を進めるのは至難の業だが、北極星が戦後処理にてんやわんやの今ならやれる。
専用GDを今すぐ用意するのは難しいが、不可能ではない。進の〈プロトノーヴァ〉が先の戦役で大活躍したおかげで、データは充分に集まっていた。次期試験機の研究用ということで、グラヴィトンシードも〈スコンクワークス〉を通じて北極星には内緒で確保してある。要素技術検証用ということで一機くらいはでっちあげられそうだ。
「できあがるまで、どれくらい掛かるかな……。さぁ、何をやらせてあげようか……。楽しみだなぁ……フフフ」
進も北極星もやりたがらない試験をいくらでもやらせられる。例えば、グラヴィトンイーターと精神の関係。精神にメスを入れる試験は、イカルス博士でさえやっていない。感情を昂ぶらせることで力を発揮するグラヴィトンイーターの精神をもし操作できるなら、何よりも強いパワーとなる。
越智は遠足前の子どものように高揚する心を抑えられなかった。
以上で第2章は終了となります。
ぶっちゃけると、全くプロット通りに書けませんでした。当初の予定では第2章は、日米の激戦の末、南極星に敗れた進が捕虜となり、大坂に連れて行かれて次章に続く、というストーリーでした。そして第3章で進は大坂の状況を知って南極星と和解し、海戦も含めた対中国戦をじっくり書くという構想です。しかし書いている間に進、北極星と南極星が和解するのは無理だと感じ、北極星が南極星を殺してしまうというストーリーに急遽変更しました。
いっそ全ボツにしようかとも迷いました。例えば南極星が目覚めることなく〈スコンクワークス〉に拘束され、進と北極星が南極星を助けるためイカルス博士との決戦に挑むという筋書きなら、この章がまるまるなくても綺麗に纏められます。
ですが南極星との対決を避けた場合、結局最後が灰色決着になります。戦いが終わった後、エレナも含めて三人の誰を選ぶのか曖昧にしたまま、平和になってめでたしめでたし。ラストシーンは三人に追いかけられる進、といったところでしょう。王道な感じになりますが、この物語がこの終わり方でいいのか。私が書きたかったのはこのラストシーンなのか。
そう考えたとき、行く所まで行くしかないと思いました。人はわかりあえないというのもこの物語のテーマの一つです。正義のヒーローの物語というだけでなく、泥臭く血生臭い人間の物語としてこの物語を完結させるためなら、むしろ南極星を殺した方がいい。
というわけでこれからも後味が悪い方向に行きます。王道を理解できないクリエイター気取りの馬鹿がやることなのかもしれませんが、もう少しお付き合いいただければ幸いです。
次回からはテロとの戦い、憎しみの連鎖編です。いっぱい人が死ぬ予定です。明日から始めます。




