38 vsジュダ
宇宙空間で弾道ミサイルの迎撃を続けていた進だが、あるときからミサイルの発射がパッタリ止まった。次のミサイルを準備しているのかとしばらく進は警戒していたが、どうにも様子がおかしい。夜の中国大陸で瞬く光点が、まるで墨でも落とされたかのように一定の間隔でぽっかりと消えていくのだ。
北極星がマイクロブラックホールで攻撃をしているのかと疑ったが、いくら〈ヴォルケノーヴァ〉でもここまでの連続攻撃はできない。日本軍、アメリカ軍のどんな兵器を使っても無理だ。中国軍が内ゲバで核の撃ち合いをしたなら爆発の炎や煙でわかる。進の眼前で展開されている光景は、どう考えてもブラックホールの重力による破壊だ。
全世界で連続重力爆撃ができる組織は〈スコンクワークス〉しかない。〈スコンクワークス〉の専用GDが相手では、いくら北極星でも危ない。
幸い、中国軍の弾道ミサイル基地は〈スコンクワークス〉の攻撃で壊滅したようだ。状況はわからないが、進は彼らとの交戦に備えて北極星と合流するべきだろう。そこまで考えた進は地上に戻り、空間跳躍を繰り返して北極星の所に駆けつけたというわけだ。
「だったら俺が撃っても正当防衛だな!」
進は黄色い専用GD──〈ノーヴァ・ジェネシス〉に向けてレールカノンを撃つ。重力子の密度から見て重力炉を搭載しているGDは〈ノーヴァ・ジェネシス〉だけだ。〈ノーヴァ・ジェネシス〉を潰せば残りは何とかなる。
『全く、躾がなっていない犬というのは迷惑ですね……。戦闘になったら困るのはあなた方でしょうに』
〈ノーヴァ・ジェネシス〉のパイロット、ジュダ・ランペイジは進に嘲笑を浴びせ、前面にブラックホールを展開する。進が放った砲弾はブラックホールに粉砕され、ジュダには届かない。ジュダはそのままブラックホールで仲間を包み、別の場所へとジャンプする。
『六時の方向だ! 全軍、針路を東へ! 台湾に向かうのだ!』
即座に北極星が反応し、重力の変動から敵の出現位置を予測して部隊に伝えた。すぐに北極星が示した方向に四機の専用GDが現れるが、北極星は無視して部隊を台湾に向かわせる。
日本軍の目的はあくまで中国空軍の殲滅だ。今も友軍は台湾で戦っているのである。〈スコンクワークス〉など今はどうでもいい。
とはいえジュダたちに後ろから撃たれるリスクを排除する必要もある。日本軍を追撃できないように、誰かが〈スコンクワークス〉を食い止めなければならない。
『進、私たちでやつらを潰すぞ! 稲葉、後は任せた!』
北極星の命令に進も稲葉さんも応える。
「了解!」
『任せてくれ!』
稲葉さんは部隊を先導して台湾に向かい、進は北極星の後方について専用GD軍団に正面から突っ込む。
『無駄だとわからないのですか……?』
ジュダは再びブラックホールを展開し、空間転移する。行き先は稲葉さんたちの側面だ。無防備な側面から攻撃を受ければ、日本空軍は壊滅的な損害を受けるだろう。しかし進たちにはジュダを追撃する手段がある。
「跳ぶぞ、北極星!」
『頼むぞ、進!』
北極星は減速して進と速度を合わせ、手を握る。進は〈プロトノーヴァ〉の金星級重力炉をフル稼働させ、ブラックホールを生成した。
〈プロトノーヴァ〉が空間転移できる距離は重力炉の性能差、パイロットの実力差があるため〈ノーヴァ・ジェネシス〉ほど長くはない。しかし進は接近した二機を転移させるだけでいい。一方、ジュダは間隔を空けて編隊を組んだ四機を転移させているので、相応に大きなブラックホールを作る必要があった。ジュダは一人なら進よりずっと長い距離を跳べるが、仲間を連れてであれば跳躍可能な距離はかなり小さくなる。
そのため進と北極星はジュダたちに引き離されることなく、すぐ後方に出現することができた。敵は〈ノーヴァ・ジェネシス〉を中心としたV字の陣形を敷いて、台湾に向けて飛行する日本軍に接近しながらも周囲を警戒している。ご丁寧に梯子状の高度差までつけたフィンガー・フォーだ。どの角度から攻撃を仕掛けても発見され、対応されてしまうだろう。
『小細工なしで行くぞ! 荷電粒子ビームカノンを使え!』
「了解だ!」
進は北極星の指示通り、射程圏内に入ると同時に荷電粒子ビームカノンを撃ち込む。今回持ってきたのは土浦基地に転がっていた旧バージョンの荷電粒子ビームカノンだ。三発しか撃てない切り札であるが、強敵相手に出し惜しみしても仕方ない。砲身から白い光が吐き出されてジュダを襲うが、ジュダは陣形を崩すことなく冷静に対応する。
『GDはグラヴィトンイーターの体と同じ……! ミスター・カガヤキ! 私とあなたではグラヴィトンイーターとしての格が違う! あなたでは私に傷一つつけることができないでしょう!』
進の照準は正確だった。高速、高熱のビームは〈ノーヴァ・ジェネシス〉を直撃する。しかしジュダは余裕さえも感じさせる仕草で両腕を前にやり、編隊全員をすっぽり覆う大きさのブラックホールを作成し、ビームを防御してしまう。
『構うな! 撃て!』
北極星はそう指示しながら単機で猛然と敵編隊にまっすぐ突進する。進がビームカノンを撃っている間、敵はブラックホールで防御しなければならないため、反撃も回避もできない。進は気合いとともに二射目を放った。
「うおおおおっ!」
周囲の重力子を光の柱はブラックホールに吸い込まれ、全くダメージを与えられない。
『ミスター・カガヤキ! あなたが撃てるのは後一発だ! 私たちの勝ちは揺るぎそうにありませんね!』
地球に害を為すことがないよう、ジュダは周辺の重力子を極限まで薄くしてブラックホールの重力を遮断していた。その上でジュダはこれほどまでの大きさのブラックホールを維持し続けている。北極星が春の戦争で空母艦隊を攻撃するために作ったものと比べればずっと小さいとはいえ、進には逆立ちしても真似できない芸当だ。確かに進とジュダではグラヴィトンイーターとしての格が違う。
だが、進は一人で戦っているわけではない。北極星がジュダたちに近づいていた。
『ジュダ・ランペイジ! 貴様のその奢りが仇となるのだ!』
『マーシャル・ホムラ! 重力炉を持たないあなたの機体では何もできませんよ! あなたは絶対に私には勝てない!』
ジュダの言う通り、北極星はブラックホールを作れない。そのため相手の攻撃を防御することはできないし、ジュダたちが空間転移をすれば追跡できない。それでも北極星には勝算があった。
『戦場では絶対などない! 貴様は新しい玩具に夢中になりすぎなのだ!』
北極星は叫ぶ。進は引き金を引く。その瞬間、ジュダたちの盾となっていたブラックホールは重力を失い、消滅した。ジュダは驚く暇もなく、回避命令を出す。
『なっ……! 総員退避!』
蜘蛛の子を散らすように回避機動をとり始める専用GDたちを掠めて、強烈な熱波と光波が通過した。直後にプラズマ渦流が発生し、どうにか射線から逃れた〈スコンクワークス〉の専用GDを襲う。
なぜ、いきなりジュダたちを守っていたブラックホールは消えてしまったのか。北極星は全く難しいことはしていない。
ジュダがブラックホールを作成した手順はこうだ。まず機体の重力炉からエネルギーを作り、そのエネルギーを重力子に再変換して局地的に重力子の密度を高める。そこにさらにエネルギーを加えてヒッグス粒子を励起させて質量を作り、ブラックホールの核とする。回りくどいが自爆しないために必要な手順である。しかしエネルギーから重力子を作るより、ただ重力子を分解するだけの方が簡単だ。
北極星はジュダが作ったブラックホールの重力子を分解し、無効化したのである。重力子を分解してエネルギーにするという、グラヴィトンイーターが生来備えている力を使ったに過ぎない。近づくことさえできれば、進にだってできる。
そうしてエネルギーを得た北極星はブラックホールのコントロールをジュダから奪い、ブラックホール本体を宇宙に投棄してしまう。ジュダが作ったブラックホールがいきなり消滅するという事態はこうして起こされたというわけだ。
『クレイジーだ……! マーシャル・ホムラ、一歩間違えればあなたも死んでいた……!』
ジュダはうなる。さすがに〈ノーヴァ・ジェネシス〉は作りが違うのか、ビームの余波であるプラズマ化した大気程度では墜とせないようだった。ひょっとしたら進の荷電粒子ビームカノン対策で装甲に何か施していたのかもしれない。〈ノーヴァ・ジェネシス〉は機体の各部を焦がしながらも健在だ。
北極星はノーリスクでジュダのブラックホールを潰したわけではない。北極星はブラックホールに介入できる距離まで近づく必要があった。つまり北極星は進のビームに巻き込まれるリスクを冒してジュダに接近し、ブラックホールを無力化した。
『貴様にはできない。私にはできる。それだけのことだ』
北極星は敵GDの首根っこを掴んで盾とし、プラズマ化した大気によるダメージを防いでいた。哀れ盾にされた〈エヴォルノーヴァ〉は黒焦げになっており、北極星が手を離すと空中分解しながら地面に落ちていく。この分だとパイロットは生きてはいまい。
『まだやるか? 貴様らが引くというのなら見逃してやってもよいぞ?』
北極星はレールカノンをジュダに向けて威嚇しつつ、休戦交渉を始める。北極星は〈スコンクワークス〉と戦うために中国まで飛んできたわけではない。中国軍を殲滅するという本来の目的が最優先だ。
しかしジュダはキザに笑って痛いところを突く。
『フッ……! マーシャル・ホムラ、やれば困るのはあなたたちでしょう』
〈スコンクワークス〉のNo.2に、はったりは通用しないようだった。進は「クソ……」とコクピット内で小さく呟く。
限界を迎えているのは北極星ではなく進だ。荷電粒子ビームカノンは三度の連続射撃により砲身が煙を噴いて融解し、使用不能である。〈プロトノーヴァ〉の金星級重力炉も数度に渡る最大稼働でどこか故障したのか、調子が悪い。相手は一機減ってもまだ三機残っている。このまま戦いが続けば、負けるのは進と北極星だ。
『試してみるか……?』
北極星はあくまで強気な態度を崩さない。認めてしまえば交渉にならないので当然である。北極星はジュダが作ったブラックホールの重力子を分解してそれなりにエネルギーも得ているため、まるで無根拠というわけでもない。さて、ジュダはどう出るか。
ジュダは矛を収めることを選んだ。
『いいでしょう。ここはあなた方に花を持たせてあげます。〈プロトノーヴァ〉の金星級重力炉が壊れてしまうのは我々としても面白くないのでね』
「……!」
重力炉の調子まで見抜かれていると知り、進は背筋が冷たくなる。進には〈ノーヴァジェネシス〉の重力炉が今どういう状況下など、さっぱりわからない。グラヴィトンイーターとしての力量差をひしひしと感じる。
『マーシャル・ホムラ! ミスター・カガヤキ! せいぜい私たちの役に立ってください! 私たちにとってあなたたちが有益である限り、あなたたちの命は保証しましょう!』
お互いの利害は一致していた。進と北極星はこの戦いを切り抜け、中国軍との戦闘に戻りたい。ジュダは極限状況における重力炉の稼働データを収集したいが、あまりやりすぎて〈プロトノーヴァ〉の重力炉が破損すると困る。
自分の機体で試行しろと進は言いたいが、ジュダほどの実力者だと適当な相手がいないのだろう。北極星に重力炉を渡すのは何をされるかわからないので論外だ。気分屋で、誰と戦ってもいっぱいいっぱいの進がモルモットには最適だった。
ジュダは仲間を集めてブラックホールを作成し、いずこかへと去っていった。とりあえず当面の危機を凌ぎきってホッとする進だが、まだ戦いは終わっていない。進は北極星から通信を受け、兜の緒を締め直す。
『進、我々も台湾方面に向かうぞ』
「ああ。空間転移は使うか?」
通信機の向こうで北極星は首を振る。
『いや、これ以上〈プロトノーヴァ〉に負担を掛けるのは危険であろう。稲葉たちならやってくれているはずだ。普通に飛んで問題なかろう』
進の空間転移は把握している場所にしか跳べないが、台湾など進は行ったことがない。台湾を目指すとすれば、目視できる限界にワームホールの出口を作るという作業を繰り返すことになる。GDの速度で飛行するなら、あまり変わらない気はする。
「了解だ。行こう!」
進と北極星は台湾上空へと駆けつけ、中国軍との戦闘に参加した。〈プロトノーヴァ〉は荷電粒子ビームカノンも金星級重力炉も使用不能という状態だったが、中国軍の〈猛龍〉が相手ならスペック差だけで勝てる。
大陸側から台湾を包囲するという北極星の戦術により中国軍は横合いから殴られる形となり、まともに抗戦できず壊滅することとなった。夜明けにはアメリカ軍のキング少将が海兵隊の投入を決断し、台湾は日米の勢力圏へと奪還された。




