36 手探りの侵攻
キング少将との協議が物別れに終わってから一時間と経たずして、北極星は機上の人となっていた。
作戦は非常に単純だ。日本空軍が全力で台湾とその対岸を襲撃するというだけである。ただし、均等に戦力は配置しない。
北極星の率いる本隊は右翼に配置し、左翼は抑え程度の小部隊に留める。要は、右翼に戦力を偏重した斜線陣を敷くのだ。左翼が台湾に駐留している部隊と戦っている間に、右翼の主力部隊が南中国を掠めるコースで中国軍を薙ぎ倒し、西側から台湾攻撃に合流するという予定だった。うまくいけば台湾に居座っている中国軍主力は二方向からの攻撃で壊滅するだろう。
北極星は〈疾風〉二個飛行隊とともに中国本土を強襲する。あまり本土の方に深入りするつもりはないが、福建省には台湾、日本を狙う弾道ミサイルの基地がある。日本をターゲットとした弾道ミサイル基地は中国東北地方にもあるため、一ヶ所だけ潰しても日本本土への攻撃が止むわけではないが、できれば破壊してしまいたい。
北極星は周囲を警戒しながらも思考する。
(弾道ミサイルの発射が確認されたのは中国南部だけだ。こちらには都合がよいが、なぜ北方は沈黙している……? 何かが起きているのかもしれぬ)
ひょっとすると、燕京の方で政変が起きているのかもしれない。中国の国家主席、劉凱征は野心家であり、軍の後見を受けて国内の不満をうまく外に向かわせている。しかし劉凱征に反発する勢力が多いのも事実で、それらの不穏分子と劉の側近が結びついているという噂もある。劉が戦争に夢中になっている間に足下を掬われたのかもしれない。
どう転んでいるにしても、北極星は日本に降りかかる火の粉を払わなければならない。燕京で何が起きていようが、まずは目の前の敵を倒すことが優先だ。燕京で政権交代が起きたとしても、新政権が日米との和睦を選ぶ保証などどこにもないのだ。
灯火管制が敷かれた中国本土は驚くほど真っ暗で、北極星は部隊の針路に気を遣うことになる。「黒い渦」の影響でGPSなどは一切使えないのだ。天体や暗視装置が捉える地上の映像を元に、北極星は部隊を予定コースに導く。まずは台湾攻略の拠点となった福建省の空軍基地を襲撃し、できうる限り敵のGDを地上で撃破することだ。
やがて中国軍は日本軍の接近を察知し、照明弾を打ち上げるとともにGD部隊が迎撃に上がってくる。北極星は部隊を指揮して敵の殲滅を狙う。
「爆弾や対地ミサイルは構わぬから全て撃ち尽くせ! GDの撃破が最優先だ!」
北極星は自身も〈ヴォルケノーヴァ〉を操り、次々と中国空軍の主力GD〈猛龍〉を撃墜していく。〈猛龍〉は素体の上に中華風の鎧を着込ませたような外見のGDだ。袖や腰巻きの装甲が長く、大きいことが特徴である。中国が国産できないグラヴィトンドライブやロケットエンジンを守るための措置だった。
〈猛龍〉の機体色は敵を威圧するため黄色で統一されている。鎧を着ているような外見も相まって、高速で突っ込んでくる〈猛龍〉たちは三国時代を駆け抜けた一騎当千の武者たちを思い起こさせた。ある程度は地上で撃破できたが、日本空軍の1.5倍程度が夜の空に上がってきている。
〈猛龍〉はFCSの性能では〈疾風〉に及ばない。レールカノンの有効射程──距離8キロの地点では〈疾風〉が〈猛龍〉に対して一方的に優勢だ。〈疾風〉の射撃は命中し、〈猛龍〉の射撃は全く当たらない。
〈疾風〉のレールカノンで〈猛龍〉は次々と被弾し爆炎を上げるが、撃墜には至らない。〈猛龍〉の爆発反応装甲が砲弾に反応して爆発し、威力を減殺しているのだ。日米のように高水準の複合装甲を作れない中国でも、このちょっとした工夫でレールカノンに耐えられる。爆発反応装甲では一回きりしか砲弾の貫通を防げないが、レールカノンは砲身冷却のため毎分一発しか射撃できない。アウトレンジからの攻撃を凌いで、〈猛龍〉たちは〈疾風〉に接近戦を挑む。
接近戦では数が多い〈猛龍〉が有利だ。〈猛龍〉は76ミリショットカノンや30ミリショートリコイル砲を四方八方から〈疾風〉に撃ちまくる。
「接近戦に付き合うな! ヒットアンドアウェイに徹するのだ!」
北極星の声に反応し、〈疾風〉たちはチャフやデコイをばらまきながら距離をとろうとする。数に勝る〈猛龍〉たちは包囲陣を敷こうとするが、北極星があえて前に出て、〈ヴォルケノーヴァ〉の火力と機動性で陣形をズタズタに切り裂いた。
包囲さえされなければ数の優位などあってないようなものだ。北極星は〈疾風〉を三隊に分けて散開させ、交代でアウトレンジからのレールカノン射撃を行わせる。レールカノンの三段撃ちだ。日本空軍は接近戦に持ち込もうと殺到する〈猛龍〉を絶え間ない射撃で七面鳥撃ちにした。
すぐに中国軍は壊滅し、北極星率いる日本空軍主力は続いて福建省の西、江西省の空軍基地を目指す。途中で弾道ミサイル基地にも攻撃を仕掛ける予定だ。不気味なほどに作戦は順調だった。北極星は専用回線で連れてきている稲葉と通信する。
「稲葉、気付いているか?」
『ああ。中国軍の抵抗があまりに弱すぎる』
稲葉の返答で北極星は自分の疑念が間違っていないという確信を深める。
空軍は陸軍や空軍より遙かに早く動ける。前線基地が襲われたなら、他の基地から即座に援軍が駆けつけないとおかしいのだ。なぜ中国空軍は援軍を出さないのだろうか。
『燕京で政変が起きたか、罠が張られているか……』
稲葉は予測し、北極星も考える。
燕京で劉政権が倒れたというなら、今の中国軍は指揮系統が崩壊した烏合の衆ということになる。新政権が軍を掌握する前に徹底的に南中国を荒らしておくべきだ。
罠であれば北極星たちを中国内陸に誘い込み、包囲殲滅する作戦だろう。撒き餌で大盤振る舞いし過ぎている気もするが、中国軍はこちらを過大評価しているのかもしれない。アメリカ軍が参戦していればこちらは今の1.5倍の戦力を投入できたのだ。日本軍としては当初の予定通り深入りをせず、適切なタイミングで針路を台湾に向けるだけである。
「うむ……。いずれにせよ、私たちがやることは変わらぬ。引き際を見誤らぬようにするだけだ」
泥棒でも夜道は怖い。とにかく南中国、台湾の中国空軍に打撃を与えられれば作戦目標は達成できたといえる。いくら戦果が期待できても、何の情報もない状況で中国本土に留まり続けるのは得策ではない。慎重な判断が求められそうだ。
○
途中の弾道ミサイル基地を破壊した後、日本軍は江西省の中国空軍基地に到達し、呆然とする。江西省の基地は炎上し、滑走路には大破した〈猛龍〉の残骸がいくつも転がっていた。
いったい誰がこんなことをしたのか。レーダーには何も映っていない。北極星は進軍を停止させ、オープンチャンネルで呼びかけた。
「私の目はごまかされぬぞ。姿を現すがよい、〈スコンクワークス〉」
『さすがはマーシャル・ホムラ。ばれてしまっては仕方がない……』
雲の中から、四つの光が北極星たちの高度まで降りてくる。灰色のマントで身を覆った機体から放たれる威圧感は、完全に専用GDのものだ。
「貴様か、ジュダ・ランペイジ……!」
北極星の眼前には〈スコンクワークス〉の主力が展開していた。




