35 盾と矛
進を乗せた〈プロトノーヴァ〉はガトリングレールカノンを抱えて上昇を続け、宇宙空間に到達した。定義の上では地上100キロから宇宙空間だが、弾道ミサイルは地上1000キロを通過する。進はその高度まで上がり、ガトリングレールカノンを南西の方向に構えて弾道ミサイルに備えた。
緊張で動悸が速まり、タッチパネルを操作する指が震えた。大丈夫、まだミサイルの発射はない。
進が大きく息をついたそのとき、何かが機体にぶつかり、機体が揺れる。まさか敵の迎撃を受けたのだろうか。重力の影響を遮断できるGDなら理論上、この宇宙空間まで上がるのも不可能ではない。
慌てて機体を調べて、すぐに進は原因をつきとめた。スペースデブリが当たったのだ。
もう少し高度を上げれば人工衛星が密集している軌道であり、今進がいる地上1000キロ地帯でもスペースデブリは周回している。装甲が施されている〈プロトノーヴァ〉はデブリが命中しても即墜落ということはないが、精神衛生上非常によろしくない。進は落ち着かない待機時間を過ごすことになった。
やがて日は沈み、夜の帳が降りる。進は機体を調整し、日本列島上空からずれないように飛行を続けていた。かなりの長丁場になりそうなので、進は水や食料もコクピットに持ち込んでいる。進は味の薄いビスケットを頬張りつつ、監視を続けた。
そうして数時間が経った頃、ついにコクピットに警報が鳴り響く。早期警戒衛星が、弾道ミサイルの発射を捉えたのだ。
早期警戒衛星は「黒い渦」の影響を受けず生き残っていた。センサーも電波ではなく熱に反応するものなので、「黒い渦」の影響を受けない。
早期警戒衛星は赤外線センサーで弾道ミサイル発射に特有の熱反応を感知し、〈プロトノーヴァ〉にデータを送る。赤外線センサーの性質上、早期警戒衛星で弾道ミサイルを追尾し続けることはできない。あくまで早期警戒衛星は発射の瞬間を捉えるだけだ。ここからは進の仕事である。
進は〈プロトノーヴァ〉のレーダー出力を全開にして、電波を早期警戒衛星が伝えた方角に集中する。この高度ならレーダーも「黒い渦」の影響を受けない。
六発の弾道ミサイルが日本に向かって飛翔していた。目標はどうやら筑波だ。核弾頭を積んでいるかどうかはわからないので、全て迎撃するしかない。進はガトリングレールカノンによる射撃を行う。
越智が開発したガトリングレールカノンのコンセプトは単純で、多砲身化すれば砲身冷却で射撃できない時間をなくせるというものだ。しかしレールカノン本体に冷却装置を組み込んだため大型化してしまい、取り回しが難しい。本来ならとても空戦に使える代物ではないのだが、今回の任務には最適だ。毎分六発の発射速度なら弾道ミサイルにも対応できる。
高速でも回避機動をとらない弾道ミサイルなら、ガトリングレールカノンの最大射程からの射撃でも撃破できる可能性があった。距離300キロから進は射撃を始めれば、秒速5キロの弾道ミサイルが進の位置を通過するまでちょうど一分だ。進はレールカノンを六発撃ち込める。
ガトリングレールカノンの六連射で、進は四基の弾道ミサイルを撃破した。撃墜された弾道ミサイルがオレンジ色の尾を引いて、流れ星のように地上へと落下していく。
核爆発は起きない。核弾頭は爆縮レンズを使って正しい手順で起爆しないと、爆発しないのだ。当然レールカノンは核弾頭の起爆装置を粉々に破壊して、核弾頭を無効化していた。放射性物質が塊のまま外に放り出されることにはなるが、核爆発を起こすよりはマシというものだ。
やはり最大射程だと精度が落ちる。進はガトリングレールカノンを左手で保持したまま右手で72ミリショットカノンを抜き、接近してきた弾道ミサイルを迎撃する。ショットカノンの弾幕は一基の弾道ミサイルを破壊した。残り後一基だ。
弾道ミサイルは燃料を使って最大高度まで上がり、そこから自由落下で目標を目指すため楕円の軌道をとる。自由落下の際に弾頭を複数放出し、目標に炸裂するという寸法だ。弾頭放出の際には本命とともにデコイやチャフを一緒にばらまくため、迎撃は困難になる。弾頭放出前に潰さなければ。
進はショットカノンを構えて加速し、弾道ミサイルと交錯するように飛行した。目標をロックして、トリガーを引く。心臓が止まりそうなほどの緊張で、奥歯がぎりりと音を立てる。進の放った砲弾は弾道ミサイルを貫いた。一瞬遅れて爆発が起こり、ミサイルに接近しすぎていた〈プロトノーヴァ〉は爆風を受ける。
コクピットは激しくシェイクされ、鼓膜が破れそうな程の轟音が脳に響いた。進は歯を食いしばって耐えながら、機体を立て直す。そのとき、今まで気に留めてもいなかった眼下の光景が目に入った。
暗闇の中でぼんやりと浮かび上がる日本列島。都市部では無数の光が瞬いている。人工の光は夜の闇をものともせず、人の営みを進に伝えた。進は今、この光を守るために戦っている。
「絶対に、負けられない……!」
進はつぶやき、すぐに来た第二波の迎撃に移った。
○
中国軍がついに日本に向けて弾道ミサイルを発射したという情報が入ったのは、午後十時頃のことだった。沖縄入りしていた北極星は即座に九州のアメリカ軍本営と連絡をつなぎ、攻勢に出ることを訴える。
「キング少将、事は一刻を争う。弾道ミサイルが日本本土に向けて発射された。あなたが言うように守りを固めて待っている場合ではない。いずれ本土が中国の飽和攻撃に対処できなくなる」
キング少将の答えは変わらなかった。
『今はまだそのときではありません。昼間の戦闘で疲れもある。中国軍の消耗を待つべきです。ここで無理をして台湾を取り返しても、ピュロスの勝利にしかなりません。守りに徹して、沖縄の確保を優先すべきでしょう』
短距離弾道ミサイルや巡航ミサイルの飽和攻撃で中国軍は台湾を占領し、次は沖縄への攻撃を始めていた。北極星の率いる日本軍の到着で沖縄の制空権は取り返したが、台湾には上陸した中国陸軍がひしめいている。確かにキング少将の言う通り、攻勢に出て勝ったとしても損害が大きい。
しかし北極星もここは譲れない。
「日本に核攻撃が行われるのを看過するわけにはいかぬ。何も海兵隊を動かして台湾を奪還せよと言っているのではない。夜襲で決戦を強要して、中国の空軍戦力を壊滅させるのだ」
台湾総攻撃の素振りだけを見せても、中国軍は反撃してくるだろう。そこで中国空軍のGDを殲滅すれば、停戦の可能性が出てくる。中国が目的を達成するのが困難になるからだ。
戦争が外交の延長である以上、どの陣営にも目的というものが存在する。中国の目的は言うまでもなく台湾、沖縄の占領だ。日本本土も視野には入れているだろうが、まずは南西の島々を手中に収めなければ話が始まらない。
だとするなら中国の空軍戦力を徹底的に叩けば、中国は戦う意味を失う。空軍なしに台湾、沖縄を維持することなどできないからだ。陸軍は広い国土からいくらでも徴兵して補充できるし、海軍が壊滅しても民間船を挑発すれば上陸作戦は不可能ではない。しかし空軍だけは補充が利かない。
日米の空軍戦力なら中国空軍に数は劣っているが、質では圧倒的に勝っている。日本列島で九年間鎬を削った経験は、パイロットの質や機体性能にしっかりと反映されていた。
同じ距離からレールカノンを撃ち合えば、中国空軍のGDは日米のGDの半分以下しか命中弾を出せないだろう。光学機材に頼れない夜間ならその差はさらに開く。戦えば大きな損害が見込まれるのは事実だが、勝てないほどの差ではない。
そして北極星としては、たとえ大損害を被っても勝てればそれでよいと考えていた。北極星の目的は敵軍の殲滅だからである。台湾を失うのは計算に入っているし、最悪の場合沖縄を放棄しても構わない。政治家どもは怒るだろうが、いたずらに本土を危険に晒すより遙かにマシである。
いくら中国が大国であっても、失ったGDをすぐに増産することなどできはしない。中国にはグラヴィトンドライブや推力の大きいGD用ロケットエンジンを国産する能力がないからだ。
現在、中国空軍のGDに使われているグラヴィトンドライブ、ロケットエンジンは全てロシア製のものだ。持ち前の財力でグラヴィトンドライブやロケットエンジンを掻き集めても、回復には時間が掛かる。日米はその間に態勢を立て直せばいい。
アメリカ亡命政権との講和条約によって、日本の目的はすでに達成されているのだ。西日本の大部分は、日本に返還されることとなる。政治家たちはこの条件に喜んで飛びつき、アメリカ亡命政権と対中共同戦線を張ることも了承してしまった。
『核攻撃? それは考えすぎでしょう。こちらにも核はあります』
キング少将は楽観的な見通しを示す。北極星は尋ねた。
「ならば東日本が核攻撃を受けたとき、アメリカ軍は核で反撃するのか?」
『もちろん、大統領の命令があれば』
キング少将はさらりとかわして言質を取らせない。この通信は記録しているが、あまり意味はなさそうだ。
結局のところ、アメリカもすでに目的は達成しているのである。筑波を陥落寸前にまで追い込んだことで亡命政権の消滅はなくなった。中国軍もただちに日本列島へと侵攻できる戦力はないため、当面本土は安全である。日本軍を引き込んだことで沖縄の堅持も確実になったといっていい。核を使われても抵抗の必要はなく、沖縄と台湾の割譲という妥協案を通すだけだ。
キング少将は東日本への核兵器投下は都合がよいとさえ思っているだろう。亡命政権の存続のためには、海を隔てた中国の増長などどうでもいい。地続きで西日本の大部分を手に入れる見通しの日本が弱ってくれればありがたい。今行っている中国との戦争など、消化試合のようなものだ。日米は同床異夢の状態だった。
キング少将の魂胆を見透かしているからこそ、北極星はこう言うしかない。
「ならば日本軍だけでも台湾に仕掛けさせてもらおう」
『そうですか。ならば合衆国軍は九州、沖縄の守りを固めましょう。安心して出撃してください。〈スコンクワークス〉が中国にグラヴィトンイーターを送り込んだという情報もあるので、お気をつけて』
「うむ。吉報を待っているがよい」
〈スコンクワークス〉が怪しげな動きを見せているという情報は北極星の耳にも入っていたが、ここで動かず負けるわけにはいかない。中国軍に専用GDが加わっているなら派手に動いてもいいはずだが、今のところ中国空軍におかしな動きはなかった。まだグラヴィトンイーターは来ていない。〈スコンクワークス〉が介入してくる前に決着をつけるのがベストだ。
冷戦時のアメリカが構想したソ連との核戦争計画は、核の応酬をしつつ二十四時間で停戦にこぎつけるというものだった。長引けば、それこそお互いが消滅するまで戦うことになってしまう。
今回の場合、戦争が長引いて地図から消えるのは日本だけだ。進が東日本を狙う中距離弾道ミサイルを防いでいる間に、北極星が停戦への道筋を作るしかない。北極星はすぐに天幕を出て、作戦開始を宣言した。